Oh, bother!2

麦わらの一味と隻眼の女





優しいひとたち


皆が解散して甲板に出ていく中、私はダイニングに残っていた。もうとっくに冷めた紅茶が残っているカップの底を見つめ、頭の中を整理する。
こんな遠く空の上まで飛ばされてしまったからには、海軍本部に帰るためにも地上に戻ることが先決だ。せめて海兵の一人もいないこんな空の上でさえなければ、最寄りの海軍支部に身を預けて、どうにでもなったのに。私はしばらくの間、この船にお世話になる他に選択肢はない。海賊船、だけれど。クザンさんたちが知ったら怒るだろうなあ。…でも、ここの人たちは、なんだか。


「お待たせしました、プリンセス。即席だけどパンケーキでもどうぞ。お口にあうといいな」
「わ、うわあ!すごい…!!」


声をかけられ、流れるような動作で目の前に置かれたパンケーキ。フルーツとクリームがふんだんに乗っていて、すごくオシャレで美味しそうだ。即席で作ったとは思えない。


「私にですか?食べても、いいんですか?」
「もちろんさ。ぜひ食べて欲しいな」
「で、ではっ、遠慮なくいただきます!」


ナイフとフォークで切り分け、ぱくりと一口頬張る。ふわふわ、ふかふか。ほんのり甘い生地に、クリームの甘さが乗っかって最高だ。思わずうーんと声を漏らして頬を抑えると、クスッと笑われた。


「随分幸せそうに食べるんだね、作った甲斐があるな」
「だって、海軍にはこんなに美味しいスイーツなんてありませんから!こんなオヤツが食べられるなんてこの船の人は幸せです」
「褒めすぎだよ。あ、俺はサンジって言うんだ。この船のコックだ、よろしくねユナちゃん」
「よろしくお願いします、サンジさん!」


初対面の時のハイテンションは何処へやら、紳士的でかっこいい人じゃないかと考えを改める。もぐもぐと必死に食べていると、冷めただろ、と紅茶を淹れなおしてくれた。気が利くところも紳士的だ。
サンジさんはそれから、私の向かい側に座ってにっと笑った。


「さっき、いきなりすぎて頭が追いつかないって顔してた。あんまり思い詰めない方がいい。何か困ったら、何でも相談していいからね。俺でよければ力になるよ」
「……、はい。ありがとうございます」


やっぱり、ここの人たちは。私は考えたことを口にしてみた。


「この海賊団は、皆さんとても優しいんですね。見ず知らず、どころか海兵もどきな私なのに。海賊とは思えないくらいに優しい」


ぱちくり、と片目で瞬きを繰り返すサンジさんはふっと笑った。


「そうかな。君が良い子だからさ」
「私は普通ですよ。皆さんが優しすぎるんです。…私は皆さんに謝らないといけません。海賊というだけで、悪いことばかりしている乱暴な人たちだという偏見を持っていたんですから。全くの見当違いでした」


最初はすごく怖かったけど、なんてことはない、本当に優しい人たちだった。だからちょっとだけ、罪悪感があった。私は完全に、怯えていたから。


「普通は誰でもそう思うさ、海賊の認識って世間ではそういうものだろ?ましてや、ユナちゃんは海軍にいたんだからなおさらだよ。もちろん、野蛮な奴らも海賊にはたくさんいるからね」
「でも…あなたたちは、違います。…とんでもないところにきちゃったって思いましたけど、むしろ、ここに落ちてきて良かったかもしれません」


そう言ってはにかむと、サンジさんは嬉しそうに笑ってくれた。いずれは別れるとしても、今度こそ敵同士になってしまうとしても、今はこの船の皆と仲良くなりたい。そう思った。


「食べ終わったら、そろそろ甲板に行かないかい?せっかくの空の冒険だ、楽しまなくちゃな」
「…そうです、ね。行きます!」


サンジさんと話して、少し気持ちが軽くなった気がする。うじうじしていたってしょうがない。パンケーキを食べ終えて食器を片付けると、サンジさんとダイニングを後にした。





甲板に出ると、そこは辺り一面雲の海。やはりここは空なのだ、と思い知らされる。まだにわかには信じられないが、ここまで来たら受け入れるしかない。それにしても、本当に凄いところに飛んできたものだ、と突っ立っていると、船首に座っていたルフィさんが振り向く。


「お!ユナとサンジが出て来たぞ!」
「ルフィ、今はどこに向かってるんだ?」


サンジさんがルフィさんに聞くと、楽しそうに笑って遠くの雲を指差した。


「見ろ、あそこ!滝みたいな雲があるだろ?あそこに行ってみることにしたんだ!」
「なるほどな、それが良さそうだ。そこに上へ登る何かがあるかもしれねェし」
「なあ、ユナ!お前も早く空島行きたいよな〜!」


あまりにも楽しそうに言うものだから、私もつられて微笑んだ。


「…そうですね。実はすごくワクワクしてるんです!」
「にしし!そうだよな!」


よっしゃー!取り舵いっぱーい!と叫ぶルフィさんに、もうしてるよ!!と叫ぶゾロさんが顔を覗かせた。私と目が合うなり、ふいっと顔を背けてしまった。ゾロさんは他の皆さんに比べると警戒心が強いようだ、きっと私はまだ警戒されている。気になって、ゾロさんの方へ行ってみることにした。何か手伝えることがあるかもしれないし。居候の身で何の手伝いもしないのは、ちょっと肩身が狭い。


「ゾロさん」
「……お前か。何だよ」
「何かお手伝いすることはないかと…」
「何もねェよ。ルフィ達と雲でも見てろ」
「そういうわけにもいきません、船に乗せてもらっている身ですし。何かしていないと落ち着きませんので」
「めんどくせェな。ねェもんはねェ」
「…そうですか」


会話が途切れ、沈黙してしまう。何というか、気まずい。何か会話を、と話題を考えていると、あることを思い出した。


「コビーさん、という人に聞き覚えはありますか?」
「コビー?」


聞き返したゾロさんは眉をひそめる。あれ、知らないのかなと不安になる。確かコビーさんは、ルフィさんとゾロさんのおかげで海兵になれたのだと言っていたと思うのだが。勘違いだったろうか、と思ったとき、ゾロさんが話し出した。


「コビーって、あの…弱虫のコビーか?」
「弱虫、ではないと思いますが。多分その方です。私、友達なんです」
「ヘェ…!そういや海兵だよな、あいつ。元気にしてるか?やっていけてんのかあの弱虫」


少し声のトーンが高くなった。表情も緩み、口角を上げる。ホッと少し安心して話し始めた。


「元気ですよ!素直でかわいい好青年です。訓練の後も夜遅くまでトレーニングしたりして、すごく頑張っているんです、きっとすぐ昇進できます」
「へェ。あいつ頑張ってんだな」


懐かしむような笑顔。こんな表情も出来るんだ、と見つめていると、すぐに元どおりのしかめっ面に戻ってジロジロ見んなと言われてしまった。
そしてふと気になっていたことを聞いてみる。


「ゾロさんは刀を三本使う剣士なんですよね?二本は両手に持つとして、三本目はどうするんです?」
「口にくわえる」
「え、それって戦えるんですか?すごいですね!」
「別に驚くことでもねェだろ」


ゾロさんはさらりと言うが、驚かないほうがおかしい。口でくわえて戦うだなんて、普通無理だろう。


「一度見てみたいです、ゾロさんが戦ってるところ!」
「…戦闘のときは、見たくなくても見れんだろ」
「え?……戦闘?」
「あァ。さっき、得体の知れねェ奴に奇襲された…空島の治安がいいとは限らねェ。…そういや、お前戦えんのか?」


ゾロさんの言葉にたらりと汗をたらす。よく考えれば、当たり前だ。海賊なのだし、戦闘だって日常茶飯事…なのかはわからないが、少なくないはず。私はどうすればいいのだろう、戦うのか、否か。怖いが、戦えないことはない…はずだ。修行の成果を生かせれば、有る程度は攻撃出来るはず。しかし、左眼の能力を明かしていいのか。どれだけ気のいい人たちだろうと、彼らは海賊。明かすわけにはいかない。


「た、…戦えません…」


後ろめたさから肩を落としてもごもごと言うと、だろうな、とため息をつかれた。


「…仕方ねえな。もしもの時は、おれの所に来い」
「…え?守ってくれるんですか?」
「居候に死なれちゃ後味悪いだろうが」


ゾロさんの言葉に、くすりと笑ってしまった。ぶっきらぼうながらも優しい。なんだか、スモーカーさんに似てるな、なんて思った。笑ってしまったところを、ゾロさんにじとりと睨まれる。


「……何笑ってんだよ」
「すいません、なんだかんだ優しいんだなあと」
「はあ?…あんまり馴れ馴れしくするな、まだ俺はお前を信じてねェんだからな」
「でもその割りには、突き放したりしないんですね」
「……お前が思ったよりアホそうだからな」
「アホそうって何ですか!……じゃあ、もしもの時はお願いします。頼りにしてますね」


にっこりと笑うと、ゾロさんは渋々といった様子でため息を吐いた。嫌そうだが、なんだかんだ言ってちゃんと守ってくれるのだろう。多分そういう人だ。
ゾロさんがいてくれるなら安心だ、まあ戦闘するような事態にはならないだろう、なんて思っていた私は甘かった。

あんな事件が待ち受けているなんて、この時は予想だにしていなかったのだ。



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