君と一緒に | ナノ 10、古びた書庫に妖精







ずっと屋敷に居るばかりでは退屈だと竹中半兵衛に申し出てみると、城の近くにある書庫ならば自由に見て良いと許可を貰った。





「そうだね……あの書庫にあるものなら君が見ても構わないものばかりだ、紛失さえしなければ自由に読んでも良いよ。兵法に関する書物も多いし、暫くは退屈しないだろう」



そう言ってくれた竹中半兵衛に、書庫の場所を教えて貰い早速行ってみる事にした。屋敷から出てそう遠くはない場所、城寄りの場所にその書庫はあった。

書庫の扉をゆっくりと開けて、そっと中を覗いてみると書物独特の匂いがした。紙と墨が混ざり合ったような、なんとも言えない匂いだが、苦手な匂いではなかった。




「……?」


そっと、開いた書庫の扉から中に入ってみると、日の光で中は見渡しやすいが、書庫の中は埃や塵が目立った。あまり使われていない書庫なのだろうか、あまりの埃っぽさに咳き込んでしまった。しばらく換気しておいた方が良いだろうと、書物の扉を片方だけ開けておいた。



しかし、埃っぽい。


これは暫く……いや、かなり書庫の手入れがされていないのだろう。掃除がされた形跡もない。この中で書物などゆっくり読める筈もなく、私は屋敷に一度戻り、屋敷に居た女中から掃除道具を一式借りた。




「よし」


汚れても良い着物に着替えてから、長い髪を一つに結び上げ、口布を付けたあと、借りて来た掃除道具を手にして書庫の床や棚を一つ一つ綺麗に磨いて行った。箒を使って塵を外へと払い、棚のあった乱れた書物もまとめて崩れを直した。

ひたすらに地道な作業だったが、なんとか埃っぽかった書庫はさっぱりと綺麗になった。おかしいな、私は此処に書物を読み来たというのに、どうして掃除をしているんだろう。書庫に来たというのに、書物はまだ何も読んでいない。




ただ綺麗に掃除をしただけだ。







「(まぁ、綺麗になったし良いか……)」



掃除道具を片付けようとしていると、書庫に誰かいる事に気が付いた。掃除に集中していて気が付かなかったが、書庫の中には白い頭巾を被り、同じく白の口布をした男の人が棚にある書物を読んでいるようだった。

誰だろうか?そう思い、ふと眺めていると、向こうもこちらに気が付いたのか、目線をこちらに向けて来た。白い頭巾の男は目元しか見えていなかったが、その異様な見た目に目が離せなかった。




「やれ、珍しい……人がおったのか」

「あ、えっと……」

「その様子だと、ぬしが此処を掃除したのか」

「まぁ……埃や塵が酷かったので」

「ヒヒッ、左様か」


白い頭巾の男は、読んでいた書物を棚に戻して杖をつきながら私の方へゆっくりと歩いて来た。男をよく見ると、目元には包帯が巻かれており、手にも包帯がぐるぐると巻かれている事に気付いた。何かの病だろうか?まるで本に出てくる妖のようだ。いや、きっと人間だろうけど、男の異様な雰囲気に思わず警戒をした。






「ぬしはどこぞの女中か、いやカンシン、働き者な女中もおるものよなァ」


意外と背が高い白い頭巾の男は私を見下ろし、じろじろと見ているようだった。




「しかしなァ、此処はぬしのような者が入って良い場所では無い、掃除は褒め称えるが、此処に立ち入った事は黙秘しておこう、速やかに立ち去るとヨイ」

「え、嫌です」

「……」

「私は此処にある書物を読みに来たんです、ゆっくり読めるようにとここまで掃除をしたのに、すぐ立ち去れなんてあんまりじゃないですか」


さっさと掃除道具を片付けて待ちに待った書物を読みたいのに、どうして立ち去らなければならないのか。






「はて……ぬし、字が読めるのか?」

「はい?字くらい読めますよ、いくつに見えるんですか?」


恐らく私より年上らしいので敬語で話してみたが、この失礼な白頭巾男は一体誰なんだろうか。豊臣の兵、にしては落ち着きがある、ならば豊臣の政務官のような人だろうか?そんな気がする。





「此処はぬしのような女が来るとこでは無いが、ふむ、字が読めるのか」

「女は書庫に来てはいけないのですか?」

「そうではない、此処にあるものは戦や戦術、軍記に関わるものばかり、字が読めたところで、ぬしが読めるものはありはせん」

「確か……兵法書があるんですよね?軍記には興味ありませんけど、研究された戦略や戦術などの用兵に関する学問書があれば読んでみたいですね」

「……兵法、と」


白い頭巾の男は私をじろりと見ていた。私はその視線を無視し、掃除道具を持って一度屋敷へと片付けに向かった。そしてすぐに書庫に戻って来ると、白い頭巾の男はまだそこにいるようだった。

そして書庫に戻ってきた私を見つけると、とある書物を私に渡してきた。




「ぬし、此れが読めるか?」

「軍政学?戦術において実践的な知識を集積させたものですか、面白そうですね」

「……ほう、興味があると?」

「ああそうだ、軍配兵法書を読んでみるようにと言われていたんです、此処にありますか?」


何やら白い頭巾の男はこの書庫に詳しそうだったので聞いてみると「待ちやれ」と言われ、待っていると書物を渡してきた。







「戦において戦術の指揮、またはこれまでの戦の過去の戦史を紐解き、普遍的な原理原則に注目した理論的な内容を記した書物になっておる、しかしこれを読むというのか……」

「これが?そうですか、ありがとうございます」


書物を受け取り、紙をめくり内容を読んでいった。確かにこれは北条には無かった内容だ、此処まで繊細に、丁寧に書かれたものも珍しい。白い頭巾の男はなんともまぁ、明確な書物を選んでくれたものだ。

もしや兵法に詳しいのだろうか?




「……ぬしは、それらの理解が出来るのか?」

「理解?んー、理解が出来ているのかは分かりませんが、この戦術を、戦の場面を頭の中で描いてみるんです。そしてこの場面での戦術の動き方、兵の動き、指揮のとり方が細かく映し出されますよ」

「映し出す……と?」

「戦を上から見ているようなものです」

「ヒヒッ、器用なコトよ……」

「んー……」

「如何したか?」


兵法を読んでいると、やや難解な言い回しが度々出て来た。理解に苦しんだ私は、ふと白い頭巾の男を見た。もしやこの人なら……?





「あの、此処なんですが」

「はて?」


読んでいた兵法書の難解なところを指で白い頭巾の男に伝えると、落ち着いた低い声で内容を教えてくれた。意外にも男の教え方は分かりやすく、遠慮なくほかにも分からないところを聞いてみるとすんなり教えてくれた。見た目は妖しいが、実際のところ頭の良い、優しい人なのかもしれない。

白い頭巾の男は私がすいすいと読み進めていくのが面白いのか、これもあれもと読んでみるとヨイ、と書物を渡してきた。こんなにも読みきれるだろうか?しかし、これだけ書物があれば暫くは退屈しないで済みそうだ。ちゃんとあった場所に戻すのなら、書庫から持ち出しても良いと白い頭巾の男は言った。遠慮なくそうさせて貰った私は、男から渡された書物を屋敷でゆっくり読むことにした。





「あ、そういえば貴方様のお名前は……」

「なに、名乗る者でも無い」

「でもこんなにも兵法にお詳しいなんて、名を聞けば私も分かると思うのですが」

「ヒヒッ、聞かぬ方がヨイ時もあろう?」

「しかし」

「ぬしはまずその兵法書を全て読み、理解する事を勧めよう。ぬしのその頭なら問題もなかろう」

「……分かりました」


白い頭巾の男は名乗るつもりはないらしく、男もまた私の事を聞こうともしなかった。しかしまたどこかで会える気がした。きっと男は豊臣に仕える武人だろう、こんなに兵法書に詳しいところを見ると、軍師かそれともそれに近い政務官か、竹中半兵衛に聞いて見ればすぐに男の正体が分かるかもしれないが、あいにく竹中半兵衛が屋敷に戻ってくる気配はない。

また一週間後くらいに突然帰ってきたりするだろう。病は大丈夫なのだろうか?竹中半兵衛の病を知る者は全くおらず、命を削って無理をしている事も誰も知らない。そんな竹中半兵衛を心配しないという方が無理だ、私にも人の心というものがある。捕らわれ、無理矢理に夫婦にされてしまい不満はあるものの、薬は飲んでいるのか?病は大丈夫なのか?そう思ってしまうのだ。



一体、どれだけの書物を読んだ頃に、

竹中半兵衛は帰って来るのだろうか?



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