4、彼女に求めているモノ








「やぁ、」

「……。」


私はどこで間違ったのか、たまには中庭で本を読もうとしたのが間違いだったのか。けど今日は図書室に行く気分ではなかったし、寮の談話室はうるさいし、自分の部屋に行けばシルヴィアが新商品の化粧品を勧めてくるし。この人通りが少なく静かな中庭のベンチは意外と隠れた場所にある為、私のお気に入りの場所だというのに。そもそも何故、彼は私が此処にいると分かったのだろうか。



そう考えていたが、彼の前で冷静でいられたのは凄いとどうか褒めて欲しい。





「何か用かしら?」

「あれ? いつもの笑顔で迎えてくれないの?」

「……。」


いつもの私の笑顔が嘘だと知った上でわざわざ言ってくる彼は相当嫌味な奴だと私は確信した。もはや推測ではない、確信である。


そして彼は断りもなく隣に座った。






「学校の人気者がこんな所にいていいのかしら」

読んでいる分厚い本から目をずらさずに隣にいるリドルにそう言ったが、彼は立ち上がる事なく私の方を見ていた。




「僕が人気者? ははっ、この外見と嘘っぱちで安い優しさに騙されている女の子達が騒いでいるだけでしょ」

「……相変わらずの猫被りね、私の事もその顔で騙しに来たのかしら?……あら、いつ貴方は私に優しくしてくれるのかしらね」


本のページをめくりながら、彼に聞いた
。ふと少し強い風が吹いたので長い髪を手で軽く押さえた。




「いいや、初対面で嘘の笑顔だとバレた時点で君に優しくするつもりはないし、騙すつもりもない。それにあの笑顔って意外と疲れるんだよ?」

「ええ知ってるわ、私も貴方の真似をして笑顔を作ってみたから」

「やっぱりあれって作ってたのか、いやでも素晴らしい笑顔だったよ。既に生徒の何人かは君に魅力されている。嘘っぱちの君にね」

「貴方に言われるなんて光栄だわ。これからも演じてみようかしら。おかげさまで友人が増えたわ」

「僕はその友人の一人に入っているのかな?」

「……。」


読んでいた本から目を離して、こちらに笑顔を向けているリドルの方を見た。





「ねえ貴方、ひょっとして私と友人になりたかったの?」

「うーん? そうなのかもしれない」

「そうは見えなかったわ」

「君はスリザリンの優等生と友人になる気はない?」

「……その嘘くさい笑顔をやめてくれるかしら、まぁいいわ友人になっても。頭の良い人は嫌いじゃないからね」

「良かった、そういえばアブラクサスは君の事をユンと呼んでいたけれど僕もそう呼んでも?」

「別に構わないわ、ヴィンセントという名は好きではないから」


名家と言われたり、有名な一族のお嬢様だと言われたり、誰も私を「ユン」としては見てくれない。

けど、ヴィンセント家だから薬学に詳しいだろう……というのは、正直違うとは言えない。幼少の頃から周りや手の届く場所には大鍋や名の知らない薬草や魔法薬学に関する本でいっぱいだった。それに私は絵本代わりに薬学の本を読んでいたらしく、魔法薬学にハマるのにそう時間はかからなかった。最近では読むよりも実際に作ったり、実験する方が楽しくなってきている。けど長年研究室に引きこもっている父に比べたら私の実験好きは可愛いものだと思う。




「気に入っていないのか?」

「名前なんて呼び名さえあれば何でもいいわ、ヴィンセントだからこうしろああしろっていうのは嫌ね」

「……そうか」

笑顔をぱたりとやめた彼は、静かなこの空間を楽しんでいるのか穏やかな顔になった。







「じゃあユンはさ」


さっそくユン、と呼んできた彼は私の方を向いた。静かに本を読ませる気はないのだろうか。




「ユンは何がしたい? ホグワーツに来て、何を学びたいんだい?」

「……何がしたいか、そういえばそんな事を初めて聞かれたわ。ダンブルドア教授は好きな事を好きなだけ追究しなさいと言ってはくれたけれど」

「いつも難しい本ばかり読んでいるし、最近は魔法薬学の教室を借りて何かを作っているんだろう? 君がしたい事って一体何?」

「……。」

「……えっと」


黙り込んでしまったユンに、リドルは聞いちゃいけなかったのかな、と困っていた。





「……未知」

「え?」

「未知なるモノへの探求、私はそれを知りたい、まだ誰も知らないその先を」

「……未知? またざっくりした回答だね。もう少し詳しく教えてくれない?」

「不死よ」

「……何だって?」



「不死」と答えると、リドルは険しい顔付きになった。どうせ優等生の彼は笑うんだろうと思っていたがそうではないらしい。





「私がずっと追い求めているモノ、それは【不死への探究】よ」

「……君は」

「何かしら、どうせ貴方の事だから童話の読み過ぎだと言いたいならそうはっきりと言えばいいわ」

「君は素晴らしいっ!」

「……は?」


リドルは私の両手を掴んで来た。そのせいで持っていた本は地面に落ちてしまった。栞を挟んでいないのにどうしてくれるんだと彼に言いたかったが、彼の嬉しそうな表情を見て言葉が出なかった。




「……リドル、貴方」

「ユン、君は不死があると思うか? 実現出来ると思うかい? 死は訪れるものだという常識を覆そうと考えているのか!」

「否定は出来ないわ、私はそれを探しているのよ。だから私は全て知りたい、世界の理から、人類の神秘まで全て。常識? 知らないわそんなの。私が非常識を常識に変えてやるわ」


ぎゅうぎゅうに握られた手を、痛いから離してとリドルに言うと彼は素直に離してくれた。




「僕は君のその探究心はとても素晴らしいと思う、君は闇を恐れないどころかその奥を探ろうと、知ろうとしている」

「……。」


彼の言葉を聞き流しながら、地面に落ちた本を拾った。何故リドルがこうも高揚しているのかは全く以って理解出来ないが、私のしたい事を全面的に否定されなかった事には密かに喜びを感じた。そういえばこのリドルの嬉しそうな顔が誰かに似ていると思ったが、ようやく誰なのか分かった。





「……まるでカロンね」

「カロン?」

「いえ、忘れて頂戴」

「?」


リドルはキョトンとしていたが、私は彼にカロンを紹介する気も教える気もない。



「(さてと……)」


銀の懐中時計で時間を見ると、そろそろシルヴィアの相手をしてあげないと彼女は不貞腐れてしまいそうだなと思い、そのまま中庭から出ようとした。





「ユン?」

「ねぇ、リドル」

「なんだい?」

「友人になるのは良いけれど、私の邪魔をしたら許さないから、それに私は貴方を目的の為なら利用するかもしれないわ、それでも私と友人になってくれるのかしら?」


真似事である嘘っぱち笑顔をリドルに向けると、何故か彼は笑った。



「君の邪魔をするつもりはない、けど利用されるのは御免だね。それに僕が君の思い通りになると思った?」

「貴方ってそういう人なのね」


嘘っぱちの笑顔は疲れるのでぱたりとやめて、リドルに向かってわざとらしくため息をはいた。そして中庭から出て学校の中へと進んだ。









「やっぱり君はスリザリンに来るべきだよ、どんな手段を使ってでも目的を遂げる狡猾さがある、それに……」


本を抱えて廊下を歩いていると、ついて来たのかリドルが隣を歩いていた。




「嫌よ、スリザリンには貴方がいるでしょう」

「……それはどういう意味かな?」

「ところでリドル、貴方いつも一緒にいるアブラクサスはどうしたの?」

「アブラクサス?さぁ、彼はいつも僕と一緒にいるわけじゃないからね。用事でもあるんだろう」

「そう」

「……ところで君とこうやって一緒にいると凄く視線を感じるよ、やっぱりユンは人気者だね」

「何を言っているの? この視線はみんな貴方を見ているのよ、私じゃないわ」



廊下を歩いていると、生徒達はチラチラと私達の方を見ていた。一体何が珍しいというのだろうか。きっと隣にいるやけに顔の整ったリドルのせいだろう。彼の外見は誰が見ても美男子そのものだ。それに加えて謙虚な優等生で、人付き合いも話術も悪くない。そして年頃の少女達は彼に胸をときめかせている。なんとも人を惹かせるのが上手い男だ。






「……貴方に学ぶ事は多いかもしれないわね」

「そうかい? 僕は優秀なユンに何を教えてあげられるのかな」

「その笑顔を参考にさせて頂くわ」


ユンは長い黒髪をなびかせながら、にっこりと笑ってリドルにそう言った。真似をしているうちに笑顔が癖になってきている気がした。










二人でしばらく話しながら廊下を歩いていると、私を探していたらしいシルヴィアと出くわした。「やっと見つけましたわ!」と相変わらずお上品な言葉使いで私に寄ってきた。




「あら? リドルと一緒でしたの?」

何故、ユンはリドルと一緒にいるの?というシルヴィアの疑念が聞こえてきた気がした。




「そこでたまたま出会ってね、魔法薬学の話をしていたの、彼の勉強法はとても参考になったわ」


さらりと嘘を吐いて、にっこりとシルヴィアに言うと「そうなの?」とあっさりと信じてくれた。これはきっとリドルが学校公認の優等生だからだろう。

シルヴィアに出会うとリドルは「じゃあまたね」と、ずっと私について来たわりにはあっさりと身を引いて何処かに行ってしまった。













「ねぇ、アブラクサス」

「何でしょう、我が君」


リドルはスリザリンの談話室でアブラクサスと話をしていた。




「今日、ユンと話をしたんだ。彼女はとても勉強家だね」

「……そうですか、私はパーティでしか彼女とお会いしていませんでしたが、そのような一面もあったのですね」

「ねえアブラクサス、君から見て彼女はどういう人だ?」


リドルはアブラクサスにしか聞こえない声量で静かに聞いた。






「……彼女は、器量良く、とてもお優しく、上品で……」

「僕は君の気持ちが知りたい」

「……!、あの、その」

「アブラクサス」

「……彼女は綺麗で、とても魅力的な人だと思います」

「そうか」

「……我が君、私は決して彼女に好意など!」

「……別にそこまで聞いていないけど、まあいいや」


初めて見た時から、ユンという彼女にはなんだか気になっていたけれど、まさか僕が求めているモノと同じだとは思わなかった。

彼女はとても便利な道具になりそうだ。不死への探求心はとても素晴らしい、是非実験台にしてあげよう。もしかしたら彼女は未知なるその先を求めているのかもしれない。




「彼女は良い駒になりそうだ」

「……我が君。」







(僕が彼女に求めているモノは、何だ)




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -