3、似た者同士の貴方
9月1日
ようやく来たこの日に私はため息が出た。大広間には新入生らしき小さな子供達が入ってきた。それを何故か私は奥にある教授達が座る長テーブルの魔法薬学の教授の隣に座りながら眺めている。
いやいや、何故私は此処にいるんだと不機嫌そうな顔をしていると魔法薬学のスラグホーン教授が
「君は編入生だからね、今しばらくは私の隣で我慢してくれるかい?」
と爽やかな笑顔で言ってきた。この教授の笑顔はあの黒い瞳の彼とは大違いだった。流石、スラグホーン教授は教鞭をとっているだけある。そういえばあの美少年の名前はなんだったか。
図書室を案内して貰ってから何度か会話らしいものをしたが結局私は名乗っていないし彼の名前も聞いていない。
「……。」
教授の隣にいるせいか、新入生の子供達や在校生の視線が凄く痛い。「あの子は誰だ?」「スラグホーン教授の子供?」など疑惑の言葉が聞こえてきた。
「ほーう、ほうほう、聞いたかいMs.ヴィンセント? 君は私の子供になったらしい」
ほーうほうほう! と笑うスラグホーン教授だが、何が面白いのか全く分からなかった。何も答えずに在校生の方を眺めていると、黒い瞳のあの彼と目が合った。向こうも私に気が付いたのか笑顔で軽く手を振ってきた。
「……。」
ふいっと彼を無視して、新入生が今行っている寮の組み分け儀式の方へ向いた。次々と新入生達は寮が決まり、寮のテーブルの方へ向かって行った。そういえば私はどの寮に入るんだろうか。
勇気果敢なグリフィンドールか
愚直で心優しいハッフルパフか
古き賢きレイブンクローか
狡猾なスリザリンか
「Ms.ヴィンセントは編入生だから最後に組み分けをするよ」
「分かりました」
スラグホーン教授にそう言われ、私は大人しく組み分け儀式を眺めていた。
大人数の新入生達が全て組み分けされ、
校長が編入生がいる事を生徒達に告げた。
ああ、私の事か。と
私は校長に呼ばれてふと思った。
「新しくホグワーツの仲間となる彼女の名前はユン・ヴィンセント!さぁMs.ヴィンセント!組み分け帽子の方へ!」
「……。」
校長に言われ、スラグホーン教授の隣の席から立ち上がり中央にある組み分け帽子の所へ向かった。
「(へぇ、やっと彼女の名前を知れた。ユン・ヴィンセントというのか)」
ふっ、と黒い瞳の少年は彼女の名前を知り笑顔になった。そして彼女が組み分けの椅子に座る様子をずっと見ていた。
「リドル、あの子はすごい美人だな」
ふと隣にいた同級生が自分に話しかけてきた。「そうだね」と答えれば彼は「あの子、スリザリンに来ないかな」と言っていた。
「そうだね、是非とも彼女はスリザリンに来て欲しいよ」
「ヴィンセント家といえば純血貴族の名家だ、きっと彼女はスリザリンになるだろな」
「純血貴族?」
「なんだリドル、知らないのか? ヴィンセント家といえば魔法薬の新薬開発に特化している有名な魔法科学者の一族だ。ほら去年の魔法薬学の教科書にもヴィンセントの名前があっただろう」
「……へぇ、そうなんだ。じゃあ彼女はヴィンセント家のお嬢様って事かい?」
そう聞くと「そうなるな」と彼は答えていた。謎めいた彼女の事を少し知れた。
優等生ぶってこの笑顔をしているわけではないが、僕の本心まで見透かされたようなあの碧眼を持つ彼女は気になっていた。けどただの高飛車なお嬢様なら放って置くけどね。
そしてその彼女の頭の上には
組み分け帽子が被らされていた。
【やぁ初めまして、ヴィンセント家のお嬢さん!】
「初めてまして、帽子さん」
【ヴィンセント家の生徒がホグワーツに来るのは久しぶりだ! さぁお嬢さんはどの寮へ行きたい? 父親のように狡猾にスリザリンに行きたいか、それとも母親のように賢くレイブンクローへ行きたいか】
「あら、帽子さんは私の両親に詳しいのね」
【うーむ、どちらにするか、ここはやはりスリザ「レイブンクローにして」
帽子が高々と「スリザリン」と決める前にユンは声を出してお願いをした。
【しかし、お嬢さんはスリザリンに向いていると思うが】
「スリザリンは嫌、レイブンクローにして頂戴。私は学識や未知なるモノを求めてホグワーツに来たのよ、狡猾さなんて持ち合わせていないし、持っているものは新たな知識のみよ。知性以外に興味無いわ」
【そうか、ならば
レイブンクロー!】
レイブンクローだと帽子が決めて、ユンはレイブンクローの長テーブルの方へと進んだ。「ようこそ!レイブンクローへ!」とレイブンクロー寮の生徒達に歓迎されて戸惑ったが、あの黒い瞳の彼の真似をしながら笑顔で「よろしくお願いします」と言った。
席に着くと、ネクタイの色がレイブンクローのカラーに変わっていた。そして隣にいた金髪の女の子が話しかけてきた。どうやら同学年の生徒らしい。
「シルヴィア・ルイスよ。シルヴィアと呼んでも構わないわ、これからよろしくね」
「ええ、よろしくシルヴィア」
お嬢様らしい喋り方のシルヴィアはやはり貴族ルイス家のお嬢様のようだ。
ヴィンセント家に同じ歳の娘がいると知ったのは今日が初めてらしい、シルヴィアの大人しめでゆっくりとした喋り方でとても話しやすかった。
レイブンクロー寮の生徒としての学校生活は悪くはなかった。
初めて受けた魔法の授業もブランクもなく自宅学習のおかげで付いて行けたし、ただ初めて見る生物には流石の私も興奮した。触れてはいけないと教授に言われているのにも関わらず「触れたらどうなるのだろう」と思い触ろうとしてシルヴィアが必死に私の手を止めたりと、色々とあったが学校生活は退屈しなかった。
レイブンクローの寮は同学年のシルヴィアと二人部屋になり、たわいのない話をしたり一緒に勉強をしたりと実はわりと楽しんでいたりもする。
……と言ってもあまり人と関わりたくはないので一人で行動する事が多い。
「次はスリザリンとの合同授業ですわ」
「スリザリン? 合同だと何か悪い事でもあるの?」
シルヴィアと共に魔法薬学の授業へと向かっていたが、シルヴィアは顔色悪くため息を吐いていた。
「スリザリンは何かとレイブンクローを下に見ていますの、それに彼らは純血主義でマグル生まれやハーフを酷く差別し、侮蔑したりと私はあまり好意的ではありません」
「純血主義ね……」
「授業中でも何かとレイブンクローの悪口を言ったり、横槍を入れて来たりとどこが誉れ高き魔法使いなのでしょう」
「もしかしてスリザリンって嫌われてるのかしら」
「もしかしなくても嫌われてますわ、特にグリフィンドールとは因縁の仲ですし」
寮単位での仲の悪さをシルヴィアに教えて貰い、地下にある魔法薬学の教室へと入った。もう既にレイブンクローの生徒やスリザリンの生徒達が席に座って談笑していた。しかし双方が近付く事はなく、お互いに離れて座っていた。
「(これは……分かりやすい)」
シルヴィアと共に後ろの方へ座り、本当にお互いの寮は仲が悪いんだな、と思った。
しかし、スリザリンの生徒が何人か教室に入ってきた時、レイブンクローの女子生徒達が数人バッと視線を入り口の方へ向けていた。
何かと思い、視線に釣られるように入り口の方を見ると、あの黒い瞳の彼がそこにいた。
「……。」
「ユン、一つ言い忘れていました。レイブンクローがスリザリンの生徒を嫌っているのは事実ですが、ああいう風に例外も居たりするのですよ」
例外、というのはきっと黒い瞳の彼の事だろうか。レイブンクローの女子生徒数人は彼をまるで恋する乙女のように見つめていた。
「なるほど、彼女達はとても分かりやすいから助かるわ」
「全く、みんなリドルの顔に惑わされているのよ」
と言いつつもシルヴィアも
彼の方を見ているようだった。
「……シルヴィア、貴女」
「ち、違うわユン! 私はリドルを見ているんじゃないわ! 勘違いしないで!」
「じゃあ誰を……」
再び視線を彼の方へ向けると、彼の隣にいる銀色が目に入った。プラチナブロンドの長い髪を横に流して結んでいる彼を見て、なんとなく事情を把握した。
「なるほど」
「ちち、違うわユン! 私はアブラクサスの事なんて見て居ないわ!」
「ああ、やっぱり彼はアブラクサス・マルフォイなのね」
「え? ユン、アブラクサスと知り合いなの?」
「何度かパーティで会っているわ、マルフォイ家とはよく会う機会が多くてね」
「そ、そうなの……」
「けど、まさかシルヴィアがアブラクサスに恋しているなんてねぇ」
そう言うと、シルヴィアは真っ赤な顔をして机の上に突っ伏した。彼女からしたらかなり恥ずかしい事だったようだ。
再び彼らに視線を向けると、何故か彼らはこちらに向かって来るようだった。何故私達の方に来るのかは分からなかったが周りの女子生徒達の視線が痛い事だけは分かった。
「初めまして、Ms.ヴィンセント」
「初めまして」
どこが初めましてなのだろうか、彼とはもう何度も会っているし会話もしている。けど名前は知らないのでとりあえず彼に合わせて返事をしてみた。
ついでに彼がいつもしているような嘘くさい笑顔を加えて。
「それと、久しぶりですねアブラクサス。お元気でしたか?」
「ええ、変わりなく」
彼の後ろにいたアブラクサスに話しかけると、黒い瞳の彼は驚いた顔をしていた。
「君達は知り合いなのかい?」
「ええ、昔パーティなどで会っていました」
「……。」
「ところで私に何の用かしら?」
にっこり笑って聞いてみると、目の前の彼も同じように笑顔になった。(ちなみにシルヴィアは真っ赤な顔をしてアブラクサスの方を見つめていた)
「「 噂」の編入生と挨拶をしておこうと思って、初めまして僕の名前はトム・マールヴォロ・リドル。リドルでいいよ」
「私の名前は知っていると思うけどユン・ヴィンセントよ。ところでどんな「噂」があるのか教えて下さる?」
「例えばアイスブルーの眠り姫とか、かな」
「私が今まで眠っていたと? 馬鹿馬鹿しいわね」
「みんな編入生の君を珍しがっているんだよ、気に障ったのならば謝ろう」
「いいえ、貴方が教えてくれなければ知らなかった事よ、気にしないでリドル」
にっこり笑ってみると、リドルの表情が一瞬固まった気がしたが、気のせいだったのかいつもの笑顔に変わっていた。
授業が始まる時間が近付き、リドルとアブラクサスは自分の席へと戻って行った。
何故わざわざ彼は挨拶などしてきたのか。
「はぁ、アブラクサスかっこいい」
「……。」
隣にいるシルヴィアは魔法薬学の授業が終わるまでずっと恋する乙女モードだった。その為、彼女を乙女モードからなんとかするのにリドルについて考える暇もなかった。
(初めまして、似た者同士の貴方)
← ∵ →