11、彼女の事を考えてみた
いつも通り、いつも通り、
今日は今朝からスリザリンやレイブンクローの女子生徒に囲まれて、いつも通りの朝の挨拶をした。まぁいつも通りの笑顔を向けてあげれば彼女達は花が咲いたかのようにぱぁっと嬉しそうな表情をしていた。それもいつも通り、きっと僕もいつも通り笑っているはず。
僕がいつも通りに笑顔で優しく接していれば、女子生徒や同級生は僕の思う通りに動いてくれる。教授達でさえも演技力に騙されて僕を見た目通りの優秀な生徒だと思っている。他人を惹かせ、手に入れた人脈というのはこうも簡単に広がり、そして人というのはこんなにも簡単に操る事が出来るのかと僕の中にある闇がこつこつと深く染まっていった。
何も変わってなんかいない。
いつも通りの毎日だ。
今日も明日も僕は人を惹き寄せて、僕という存在を広げて知らしめ、そして寄ってきた人を僕の為に使い利用させてもらう。
「その為に、僕は彼女も手に入れようとしたんだよアブラクサス」
「……彼女、ですか」
「うん、彼女はとても魅力的だ」
そう、「彼女」だ。
長い黒髪に
透き通るような綺麗な碧眼。
普段から陽に当たっていないのか、彼女の肌はとても白い。まぁ美少女とか同級生は騒いでいたけど彼女の容姿は確かに美しいと僕もそう思う。
それに有名なヴィンセント家の一人娘。
魔法薬学の教科書や、有名な魔法薬学の分厚い本の著者はほとんどがヴィンセント家の魔法薬学者だ。当たり前のように彼女も血筋なのか魔法薬学が得意で、その域は上級生が習う調合のはるか先までに達している。彼女は材料から調合まで幅広く着眼点が良く、魔法薬学の教授のお気に入りだ。きっと彼女は上級生が書くレポートよりも最高の評価を得る事が出来ているだろう。
それに彼女はきっと僕が欲しがっているモノについて大きく貢献してくれるだろう。
そう、「不死の体」について
その為には、彼女を手に入れて利用しなくてはいけない。僕の思い通りに動かし、必要な情報を得る。
「アブラクサス、僕はユン・ヴィンセントが欲しい」
「え?……え!?」
「そんなに驚く事かい?」
「も、申し訳ありません……」
「けどユンはなかなか僕に惹かれてくれないんだ。彼女はとても警戒心が強いし、まるで隙がない」
「我が君は……ユンの事だいぶ気に入っておられるようですね」
「うん、絶対に手に入れたい」
「女性なら困らないでしょうに」
「違うんだよアブラクサス、彼女はそこら辺にいる女とは全く違う、特別なんだ。彼女のような人は他にはいない」
「特別……ですか」
「どうやったら仲を深められるかな」
「十分に、仲がよろしいのでは? お二人は仲睦まじいと噂する者がほとんどですよ」
「仲睦まじい? そんなの見かけだけの仲だろう。手に入れたとは程遠い……それらは僕のモノになったとは言えない」
「……。」
「いいかいアブラクサス、僕はユン・ヴィンセントの全てが欲しい。仮面を被った彼女なんてなんの価値もない。僕は全部だ、彼女の全部を手に入れる、彼女の中身さえも、知識も技術も、感情すらも、全てだ」
彼女が持っているホークラックスの情報、彼女の父親が研究している「不死」と「ホークラックス」についての情報、そしてヴィンセント家が持っているであろう力を全て利用する。
僕なら可能だ、そうさせてみせる。
「我が君をそんなにもユン・ヴィンセントの事を、ならばいつかは彼女と結婚するおつもりなのですね」
「は? 結婚?」
「違うのですか?」
「確かに僕の膨大な魔力とヴィンセント家の賢さが合わされば、遺伝子的にも強い子が出来そうだけど」
「とてもお似合いだと思います。しかしユンはどうして我が君に惹かれないのでしょう?」
「さぁね。一緒にいる事も多いし、彼女の父親に会わせてくれると約束してくれたから、彼女との仲を深めるにはあと少しだと思うんだよ」
「……父親に? 会う?」
アブラクサスはリドルの「父親に会う」という言葉を聞いて思わず、カップに注いでいた紅茶をこぼしそうになった。
「え、あの、お二人は、もうそこまでの仲だったのですね」
「ん? いや、そんな仲じゃまだ物足りないんだって、全部手に入れるまで僕は諦めない」
「(我が君は一体彼女をどうしたいのですか)」
自分にはどうする事も出来ず、このまま二人を見守るしか出来ないアブラクサスは、「ユンがどうか我が君を愛し、お二人がずっと共にいられますよに」と心の中で願っていた。
「ねぇ、アブラクサス。女性って何を貰ったら嬉しいんだろう」
「!?」
今度こそ手を滑らせてカップを床に落としたアブラクサスは、驚いた顔をしたまま口をパクパクさせてリドルを見ていた。
「何してるのアブラクサス」
カップが割れた音を聞いて呆れているリドルは「レパロ」と杖を振って割れたカップを元どおりにした。アブラクサスはハッとし、紅茶がこぼれて濡れている床を拭いていた。
「我が君は、じょ、女性に何か贈られるのですか?」
「うん、ユンに」
「!?」
やはり我が君はユンの事を!と、アブラクサスは何でもいいから自分が彼にアドバイス出来ないか必死に考えた。
「あ、我が君はいつも女性から贈り物をたくさん頂いていますから、それらを参考にしてみては?」
「え、あの毒入りの菓子をユンに贈るのかい?」
「毒入り!?」
「知らなかったの? 彼女達は好意で手作りのクッキーやケーキを僕に贈ってくるけど中にはどう見ても失敗しているであろう愛の妙薬が入ってたり、自分の髪の毛が入っていたりで散々だよ、よくもそんなものを僕に贈ってくるよね。本当に僕に好意があるのか疑ってしまうよ」
怪しかったからネズミにクッキーを食べさてみたら気持ち悪いくらいに懐いてきたり、体を痺れさせて動かなくなったり、もし知らずに食べていたら危なかった。
「それ以来、菓子類は受け取っても食べないようにしているんだ、全部捨ててるよ。なんなら今度、お菓子を貰ったらアブラクサスにあげようか?」
「……いえ、遠慮しておきます」
流石にアブラクサスも、リドルに恋する女子の必死さに引いたのか顔が若干引きつっていた。
「贈り物ならアクセサリーとかはどうですか?」
「クリスマスにスリザリンカラーのネックレスを彼女に贈ったよ。それなり高価な物をね。まぁアレは皮肉を込めて贈ったモノだったけど痛い出費だったよ。女性にプレゼントを贈ったのは初めてだったけどもうしないよ」
案の定、ユンがあのネックレスを付けている姿は一度も見た事がない。はははっ、それでこそユンだ。僕の事が好きでたまらない女子生徒だったら、例え他寮のカラーのアクセサリーだろうと気にせずに喜んで身に付けるだろうね。
けどそんな女なんてつまらないじゃないか。
「きっと僕が何を贈ってもユンは身に付けてくれないだろうね」
「そんな事は」
「いいや、きっとそうさ。例え高価な物をたくさん贈ったとしてもヴィンセント家のお嬢様なら、宝石なんていくらでも見慣れているだろうし手に入れる事が出来る、それにユンは宝石類に対してそんなに興味もないだろう」
彼女にはどちらかといえば、分厚い調合書や魔法省から非難されている赦されない実験をした学者が出版した本(絶版モノ)とかに興味を示すだろう。
「そうですね、ならば物ではなく、気持ちを伝えてみてはどうでしょう?」
「気持ち?」
「ええ、我が君がユンに対して想っている事を言葉にして贈るのです、バレンタインも近い事ですし、ユンにバレンタインカードを贈ってみてはいかがですか?」
「バレンタイン? 何を言っているんだいアブラクサス、バレンタインはカップルのイベントだろう? 僕とユンは恋人同士ではないし、だいたい僕はバレンタインカードなんて一度も贈った事がない」
「いえいえ! 最近ではバレンタインカードは好きな相手や特別な相手に贈っても良いのですよ、友人同士でも仲の良い相手には贈っているそうです」
本来はカップルがお互いの愛を深める為に、カードや贈り物を贈り合う日となっていたが、最近では男性から女性に愛の告白をする日としてバレンタインカードを贈るのだとアブラクサスはリドルに説明をした。
「男性から女性に贈ると言われいますが、近年ではどちらからでも贈り合うようになっていますね。我が君もバレンタインには女性から贈り物を多くされていたのではないですか?」
「……ああ、なるほど。あれはバレンタインの日だったからやけにプレゼントが多かったのか、名前の書いていない手紙やカード類は読まずに燃やしていたから気付かなかったよ」
「(燃やし……?)」
アブラクサスはあえて聞こえなかったフリをした。そしてリドルにバレンタインカードを贈ってみては?と提案をした。
「カードを贈ったとしてあの馬鹿真面目なユンは喜ぶかい? クリスマスも楽しんでいなかったように見えたし、イベント事は苦手なのかもしれない」
「ではあえて、贈り主の名を記さずにバレンタインカードを贈ってみましょう」
「名前を書かずに? それじゃあ誰から贈られたのか分からないじゃないか」
「それで良いのですよ、女性は誰か分からないから胸を躍らせて、誰からカードを贈られたのか察するのです、とても美学ですよね」
「贈り主を記さないのが美学? よく分からないよ」
けどアブラクサスがそう言うなら、試してみるかな。ピンク一色で気分が悪くなりそうなバレンタインのイベントに参加するというのは気が引けるけど。優等生でもイベントに参加するのは別に悪い事ではないから構わないか。
「でも一つ問題が」
「なんだ?」
「ユンは我が君だけではなく、他の男性からもバレンタインカードをたくさん貰いそうな気がするのです」
「……。」
確かに。
ユンはあの外見に合わせて、編入生という事もあり彼女のミステリアスな雰囲気に好意を持っている男達は多い。性格はそこまで悪いわけじゃないし、友人も多い方だろう。マグルや純血など差別をしない彼女だから、人が寄ってくる。マグル出身と仲良くするなんて、実に気に食わない。
「ならどうすればいいんだアブラクサス、カードを贈っても意味がない」
「ではカードと一緒に花を贈りましょう」
「もう全部君に任せるよ、花には詳しくないからね」
「……そうですねぇ、想う気持ちを花言葉にして贈りましょうか」
「……。」
花には全く興味がな……詳しくないリドルはアブラクサスに全て投げる事にした。
「どんな花にしましょうね」
「なんでもいい」
「では我が君、ユンに似合う色は何色でしょう?」
「緑と銀」
即答でリドルはユンに似合う色はスリザリンカラーだと言い放った。それに対してアブラクサスは「……それは流石に」とスリザリンカラーはやめておきましょうと言った。
「他にないですか? ユンに似合う色は」
「うーん」
ユンに、似合う色?
「……青?」
「青色ですか?」
「なんとなく、ユンには青が似合うと思った、彼女はレイブンクローだし、何より瞳が青い」
「確かに彼女の瞳は碧眼でしたね、分かりました。では花は私に任せて下さい」
「ありがとう、アブラクサス」
「!?」
「……。」
お礼を言ったらアブラクサスはとんでもなく驚いていた。今日はなんだか驚いてばかりだなアブラクサス。
……それにしても、ユンに贈り物がしたいなんて僕らしくもない。けど手に入れたいと思ったのは事実だし、それがたまたまユンだっただけの事。全く以って面倒だけどこれも目的を果たす為さ。
その為なら、
僕はいくつでも仮面を付けて
人を欺こう。
(きっとこれは恋なんかじゃない)
← ∵ →