10、この気持ちに名前はない




「ねぇ、ユン」

「何かしらシルヴィア?」



いつも通り朝食を大広間の寮のテーブルで食べていると隣にいるシルヴィアが恐る恐る私に話しかけてきた。彼女はあまり食べていないようだけれど食欲でもないのだろうか。






「私の気のせいでなければ、リドルがさっきからずっとユンの事を見ているんだけど……貴女、彼に何かしたの?」

「……。」


リドルからねっとりとした視線を先ほどから感じてはいたが気付かないふりをして、あえて無視をしていた、私は彼に何かしたのだろうか? いや全く思い出せない。


私は一体何をしたんだ。






「ねぇ、謝ってきたら? どことなくこちらを睨んでいるようにも見えるし、リドルのあんな表情を見たのは初めてだわ。早めに仲直りしたらどう?」

「リドルと喧嘩した覚えはないわ」

「けど、リドルに話しかけているアブラクサスがずっと無視されていて、とても可哀想だわ。アブラクサスがあんなにも必死に、きっとアブラクサスもユンと喧嘩したリドルを心配しているんだわ、だって彼はとても優しいから」

「ふふっ、相変わらずアブラクサスしか見えていないのねシルヴィア。もう貴方達付き合っちゃえばどうかしら?」

「や、やだユンったら! 私とアブラクサスが恋人同士に見えるだなんて!」

「いや、そこまで言ってない」


私の発言に恥ずかしがって赤面しているシルヴィアを横目に、ちらりとリドルの方を向いて見ると、私の方を見ていたリドルと目が合った。ぱちっと目が合うと彼は私から視線をそらして、話しかけきたアブラクサスと何か話をしているようだった。明らかに不機嫌そうだ






「……。」


こちらをずっと見ていたくせに、目が合った途端に目を逸らされるとなんだか嫌な気分になった。何か私に言いたい事や、気に食わない事でもあるのだろうか。それならば面と向かって言ってくればいいのに。言って貰わないと分からない事だってあるもの。




「ねぇ、やっぱりユンが何かしたんじゃないの?」

「そうね、私もそんな気がしてきたわ。けど何も思い当たる節がないのよ。どうしましょうシルヴィア、私はリドルに何をしたのかしら?」

「そうね。とにかく一度、彼とちゃんと向き合って話してみるといいわ。このまま喧嘩したままだと仲直りする機会を失ってしまうわよ」

「わかったわ」



シルヴィアに言われて頷いた。軽く朝食をとり、かぼちゃスープを飲み干した私は、午前中の授業が始まる前に、大広間から出ようとしているリドルを呼び止めた。





「リドル、少しいいかしら」

「……アブラクサス、先に行っていてくれるかい」

「はい」


一緒にいたアブラクサスを先に行かせ、リドルは自分を呼び止めてきた私を見た。




「……ユン」

「おはようリドル、少しお話をしない?」

「いいよ、僕もちょうど君と話がしたいと思っていたところだ」


お互いにニコニコと笑顔で会話をしていると、私達を見ている他の生徒達が微笑ましそうにしていた。「やっぱりあの二人は」みたいな会話が聞こえてきたが、悪いけれど私とリドルの間に恋愛関係などは一切ない。友人としてなら大歓迎だが、私は恋愛に大事な時間を使うつもりはない。






「ここは人が多いから場所を変えよう、そうだな、君と二人きりになれる所がいい。君もそう思うだろう? 僕と同じ気持ちだと嬉しいな」

ずいっと私に近付いて、そっとリドルは私に呟くように言った。彼の台詞が聞こえていたのか近くにいた女子生徒達は頬を染めていた。




「そうね、場所を変えましょう」


私よりずっと背の高いリドルを見上げてそう言うと、リドルは「こっち」と私を人気の少ない場所まで案内してくれた。

廊下の端の方まで来ると、彼は杖を振って人避けの呪文と防音の呪文をかけた。そこまでして彼が私に話したい事とは一体何なのか。







「それでリドル、私は貴方に何か気に食わない事でもしたのかしら? 思い当たりが無いから是非教えて欲しいのだけど」

「え、君が? 僕に何をしたんだ?」

「その様子だと、貴方は怒っていないようね。貴方からの視線をずっと感じたから、喧嘩でもしたのかとシルヴィアに言われたのよ」

「怒っていないよ、僕達は喧嘩なんてしてないだろう?」

「そう、じゃあリドルが私を見ていたのは勘違いだったのね、シルヴィアに喧嘩はしていないって言っておかないと、彼女……心配していたから」


という事は、あの時はたまたまリドルと目が合っただけで、シルヴィアも何か勘違いをしていたのかもしれない。










「たまたま目が合うなんてよくある事だもの、余計な憶測で貴方を呼び止めてごめんなさい」


「目が合う? そりゃそうだろう、僕は君を見ていたよ」

「……え」


何を言うかと思えば、リドルは私としっかり目を合わせて、私の手をがしっと握ってきた。細長く綺麗な彼の指は私の指に絡めてきた。




「リドル、この手は何かしら」

「ユン、君にお願いがあるんだ」

「リドル、顔が近いわ」

「君にしかお願いが出来ないんだ、聞いてくれないかユン」

「一応聞くけど、何かしら」


目の前にある、やたら整った顔を見上げて彼の黒い瞳を見つめた。私の瞳の色とは違う漆黒、じっと見つめていると吸い込まれそうな魅力がある、恐ろしくも綺麗な瞳だ。


そんな彼からのお願いとは一体何なのか。







「君の父親に、会わせてくれないか?」

「……父親?」


真剣な表情で何を言い出すのかと思えば、彼は私の父親に会いたいと言ってきた。アルフ・ヴィンセントに会いたい理由とは一体。





「ねぇリドル、私の父に会いたい理由って」

「アルフ・ヴィンセントが研究しているホークラックスを知りたいんだ」

「ホークラックス……」


やはりリドルは父が研究している情報を知りたがっているようだった。それにしてもホークラックスなんて一体どこで知ったのだろう。





「リドル、誰から聞いたのか知らないけど、ホークラックスを知ってどうする気?」

「君はホークラックスについて知っているのか?」

「顔が近いわリドル、離れて」


それと、
いい加減に手を離してくれないかしら。

遠くから見れば、リドルに迫られているように見えなくもない、というかそうとしか見えないのではないだろうか。ただでさえ噂になっているのだからもう少し距離感というのを考えて欲しい。人避けの呪文が効いているようで良かった。

もし誰かに私達の姿を見られたら、言い訳するのが大変そうだ。




「どうなんだ、君はホークラックスについて何を知っている? どこで知った?」

「父の研究室に忍び込んだ時にホークラックスについて書かれた父の日記を読んだ事があるわ」

「日記?」

「内容は全部は覚えていないけど残酷なやり方だった覚えがあるわ、けどホークラックスを知るのはおすすめしない」

「君の見解はどうでもいい。僕は君の父親に会い、ホークラックスを知りたい。もしくはその日記とやらを手に入れたい、お願いだユン、アルフ・ヴィンセントに会わせてくれないか?」

「……私の父親は変わり者だから、リドルを嫌な気分にさせるかもしれないわ」

「という事は、会わせて貰えるのか?」

「構わないわ、けど会えるかどうかは保証出来ない、それでもいいなら」

「構わないさ!」


リドルはユンの手をぎゅっと握ったまま、ぐっとユンに近付いた。





「(彼のこの綺麗な顔に、数多くの女子生徒達は恋い焦がれているのよねぇ)」


端正な顔立ちに、頭ひとつ分高い身長、裏のないような穏やかな笑顔。(ほとんどは嘘っぱちの笑顔だろうけど)

けど残念ながら、目の前にいるリドルに私の胸はちっともときめかない。顔が良いのは分かるとして、恋とか憧れるとか私には到底、理解出来そうもない。





「ところでリドル」

「なんだい、ユン」

「そろそろこの手を離してくれない?」

「ああ、ごめん」

「ついでにもう少し私から離れてくれる?」

「君は相変わらず、なかなか僕に惹かれないね」

「どういう意味かしら」

「僕はそれなりにこの顔に自信があったんだけど、君はちっとも僕に惹かれない」

「リドル、腰に手を回さないで。離れてと言ったでしょう?」


ローブ越しにリドルは私の腰に手を回してきた。抱き寄せられ、リドルの顔がまた近くなり、頬にはリドルの手が添えられていた。




「何のつもりかしら」

「僕って結構、たくさんの女の子から好意を持たれる方なんだけど、ユンは僕の事をどう思ってる?」



落ち着いた声色でリドルはユンを抱き寄せたまま呟いた。第三者から見れば二人はどう見ても逢引をしている恋人同士にしか見えないだろう。






「そうね、ここは雰囲気に飲まれて貴方に好意があると言った方がいいのかしら?

「おかしいな、やっぱり君はどうやっても僕の事を好きにならないんだね」

「当たり前でしょう、だって私は貴方の事を好きじゃないもの」

「好きになればいいのに」

「リドルを? 好きに? 私が?」

「そう、僕を」

「無理ね」

「うわ、随分とハッキリ言うんだね、少しは考えたりしてくれないか?」

「私はいつかリドルを好きになる時が来るのかしら? 全く想像がつかないわ」



顔が良くても、ちっとも惹かれない。リドルは私の好みではないのか、それとも私自身が恋愛事に興味がないのか。






「愛だの恋だの言っているよりも、勉強しているほうが私は何倍も惹かれるし楽しいわ」

「君を手に入れようとする男達は苦労するね、君はとんだ悪女だ」

「私が男を惑わしているとでも? 人聞きが悪いわ。異性に興味がないだけよ、今の私にとって恋人は何の価値にもならないわ」


けど、もし私の知らないような未知なる世界や知識を豊富に持っている人がいたら私は惹かれてしまうかもしれない。でもやっぱりそれさえも私が惹かれるのは知識という事なのだろうか。





「僕は君を手に入れる事は出来なさそうだ」

「あら、まるで自信があったみたいな言い方ね」


リドルは抱き寄せていた私の体を離して、距離を取った。抱き寄せても、顔を近付けても、何も反応しない私を面白くないと判断し諦めたようだ。





「自信というか、僕はユンに興味があったからね。それに君はとても魅力的だから、手に入れたいと思うのは男として当たり前だよ」

「そろそろ行かないと授業が始まってしまうわ」

「……。」



ユンはリドルの話をスルーして、自分の懐中時計で時間を確認していた。長話をしてしまったようで授業開始はすぐだった。






「話の続きはまた後でしましょう」

「……そうだね」

「ねぇリドル」

「なんだい」


先ほどユンに台詞をスルーされたのが悔しかったのか、リドルは少々不貞腐れていた。もはやその表情に作り物の笑顔はなかった。





「ねぇリドル、また二人で会えるかしら?」

「……二人で?」

「ええ、貴方と二人きりで話がしたいわ」

「ああ、勿論いいよ」

「ありがとう、じゃあねリドル」

「ちょっと待ってユン……」

「何かしら?」

リドルは立ち去ろうとするユンをすかさず呼び止めた。




「どうして僕と二人きりで話したいなんて言ってくれるんだ?」

「ホークラックスや「不死」の話を誰かに聞かれては困るでしょう? 優等生の貴方がホークラックスに興味があるなんて噂が広まったら困るもの、この話をする時は二人きりでしましょう」

「そうか、そうだね」

「もう質問はないかしら?」

「……どうしたら僕は君を手に入れられるんだろうね」

「ふふ、貴方らしくない質問ね」

「……。」

「私は誰かのモノになる気はないけれど、貴方と一緒にいるのは嫌いじゃないわ」

「だったら」

「ねぇリドル、そんなにすぐ欲しいモノが手に入ったら面白くないでしょう?」

「……!」

「じゃあねリドル、貴方も授業に遅れないようにね。あと異性を口説く時は本当に好きな人にするものよ」




ユンはリドルにそう言って、廊下の来た道へと戻って行った。







「参ったな……」



最後まで自分に振り向かなかったユン。手に入れる自信はあった、けど彼女は僕の事をなんとも思っていない。いや、本当の気持ちなんて誰も分からない。彼女が最後に僕に言った言葉、「本当に好きな人」に驚いた。

僕の気持ちが本気じゃないと、ユンにはバレていたようだ。そりゃそうさ、僕はユンを愛してなんかいない。けど欲しいものを手に入れようとする僕の癖は相変わらずのようだ。愛だの関係ない、ただ僕は彼女が欲しくなったんだ。




彼女を見ていると、触れたくなるんだ。




(ああ……僕の顔、絶対に赤いかも)




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