「私‥‥‥」


四郎の眼は真っ直ぐで心をかき鳴らす。

大好きで、愛しい人。

私を好きだと、私以外考えられないと、言ってくれた。
信じられない程嬉しい。


なのに今、私は返す言葉を失くしている。


「あんたが御曹司のものになるのも、他の男と幸せになるのも許せないんだ。前みたいに諦めた振りも出来ない」



諦めたフリをしたのは、私だけじゃなかったんだ。


御曹司の元に嫁ぐ前、零した言葉の数々に私は泣いた。

諦めなければ、って思って。
辛くて辛くて。

だけどそれは、私だけじゃなかった。

四郎も同じ。


‥‥‥吹く風が熱を持ち、更に強く吹くように。
私の心も熱く強く揺れて止まりそうにない。


「帰れなくなればいい。俺以外の手で幸せになんてさせない。‥‥‥本当にあんたを想うなら、幸せを願ってやるべきなんだろうけど‥‥‥ごめん」



───それは出来ないから。


続けた四郎を見つめた。

私の幸せなんて知らない。

そう言い切った昨夜と、同じ眼差しの色。
真剣で、でも悲しそうな色。





声にならなかった。
代わりにぼろぼろと、自分でも分かる位大きな涙が頬を伝う。


「ちが、‥‥謝らないで‥っ」


謝られることじゃない。
寧ろ───嬉しくて。



「わた、し‥‥‥逢いたくて、来たの」


帰さないって言ってくれて嬉しい。
幸せなんて願ってくれなくていい。


「楓‥」


私の幸せは、あなたの隣にしかない。


「四郎の傍に、居たくて‥‥っ!」


昨日といい、なんて私は泣き虫になったのか。
それもこれも全部、四郎の前でだけ。


四郎が欲しい。

この腕も、胸も、唇も───心も。

この人の全てが愛しくて、欲しくて。


他の人に恋なんて出来ない。


「‥‥四郎が、好き」


きっと、一生を掛けて好き。



「‥‥‥」


滲んだ視界に映るのは、目を丸め、唖然として返す言葉もない想い人の姿。


「‥‥‥」

「‥‥‥」

「‥‥‥あの、何か言っ‥‥‥四郎!」


言葉は途中で驚きに変わる。

手首を掴まれ、ぐいっと強く引かれれば身体はあっさりと攫われる。

一瞬後にはふわりと身体が浮く感覚。



「え、ええ!?」


脇を支えられて、というよりも、持ち上げられていると気付くのは、すぐ後。
落とされないように、四郎の首に自分の腕を巻きつけた。

自然見下ろす格好となった、四郎の瞳とぶつかる。


───そこにあるのは、蕩けるような優しい笑顔。



「やっと、捕まえた」



私の足が相変わらず地面から浮いている。
赤ちゃんに高い高いをする、そんな姿勢から腕を下げた四郎が、私の背中を強く抱き締めた。



「離さないから。覚悟して」


耳元で囁かれる熱い声音に酔う。


「っ‥‥嫌‥て言わ‥‥ても、離れ、ないから‥っ」


泣いてるのか笑ってるのか。
判別付かなくなった涙声でようやく返せば、四郎は声を上げて笑う。


「ははは、酷い顔だ」

「ちょ、変って!?──泣かせたのは誰よ、もう」

「さぁ?楓は誰を想って泣いてるの?」


思いを遂げようが、相変わらず意地悪だ。
どうやらこれは彼の愛情表現らしい。
うん、そう思うことにしよう。

だって、ほら。

もう一度眼が合えば、背中を支える四郎の腕に力が籠もる。



唇に降りた熱は、今まで触れた中で一番熱い。


 


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