翌日、快晴。
天気がいいから、私と四郎は城下町に出かけることになった。
「‥‥‥」
「‥‥‥」
緊張する‥‥!
一人で馬に乗れない私は、必然的に四郎と同乗している。
けれど、こんな空気なら無理にでも一人で乗れば良かったとちらりと思うほど、現在会話がない。
馬が揺れる度、心臓が跳ね上がる。
腕や胸にちょっとでも触れると、昨日のことを思い出して赤面してしまうのだ。
朝起きて驚いたなんてものじゃなかった。
抱き合う格好で眠っていた私達。
寝顔がいつもより少し柔らかくて優しくて‥‥。
束の間見入っていると視線を感じたのか、眼を覚ました四郎とばっちり視線が絡んでしまったことに。
何か話さなきゃ。
でも、何を。
ああでもない、こうでもないと言葉を捜していいると、急に馬が前足を大きく上げた。
「わっ!‥‥ご、ごめん!」
咄嗟に手近な物にしがみ付き、すぐにそれが四郎の着物の襟元だと気付いて慌てて離れる。
眼が合うと四郎が小さく首を振った。
「危ないから掴まって」
「う、うん」
頷いたものの、何処に掴まろうか迷う。
思い切って意外な程厚い胸に凭れてみた。
早鐘の様な鼓動は、どちらのものなんだろう。
「‥‥もうすぐ着くから」
ずっとこのままで居たい様な、早く離れて一息つきたい様な。
不自然な程に意識してしまったのには訳がある。
今朝、わざわざ私の部屋まで起こしに来てくれた志津さんに、ばっちり見られてしまった‥‥。
それから先は何だかあまり覚えてない。
『再会を喜ぶつもりが、四郎様のご婚姻まで祝う事になるとは』
とか、そんな意味の言葉が城のあちこちで聞こえたのは、志津さんに見られてから僅か一刻後。
すぐに部屋を出て行った四郎が、基治さんと乙和さんに呼び出されたと知るのは、それから一刻後。
そうして更に半刻後、『準備の邪魔だ』と城を追いやられた私達は、やっと町に着いて。
「手、貸して」
先に降りた四郎が伸ばした手は、温かく力強かった。
城下町、と言っても色々ある。
以前何度か出かけた平泉の町は賑やかで、市の立つ日は活気に溢れていた。
一方で大鳥城下は『のんびりとしている』の表現が近い。
のどかな町並み、そして人。
「四郎様!」
町外れに立っていた若い男の人が三人、手綱を気に結んでいる私達に気付き、声を上げた。
「彼らは城下の警護を任せている者だ。少し話してくるから待ってて」
「いいよ、待ってる」
「危ないから、男に話しかけられても返事するなよ」
「わ、分かってるよ、もう!」
憮然として頷くと、四郎は少し笑いながら彼らの元へ向かった。
‥‥‥何かあったのかな。
私の場所から離れているので、四郎達の会話は聞こえない。
けれど、確信に近い気持ちでそう思う。
一人が地図らしき巻物を広げ、指で紙面を辿っている。
それを確認しながら四郎が頷いていた。
ぽん、と肩を叩かれたのはその時。
「見かけない顔だな」
突然背後から、くすくすと微笑い声と共に掛けられた声に、驚き、目を瞬いた。
足音もなかったのに。
「わりぃ!驚かせたか?初めて見る娘だなと思ったらつい声かけちまったけどよ」
此処は田舎町だから皆見知った顔なのだ、と彼は笑った。
日焼けした褐色の肌に、色の抜けた茶色の髪を高い位置で結っている。
「‥‥いえ」
「ところでお嬢さん、此処の人間じゃないんだろ?」
「そうですけど‥」
‥‥‥何だ、この人。
どう答えていいか、ちらりと視線を投げかけるも当の四郎は話し込んでいる。
こちらには気付く様子はない。
とりあえず此処の人間じゃないのは事実だし、詳しく聞かれても黙ればいいと思い、頷いた。
「そっか!実はオレもそうなんだ」
「そ、そうなんですか」
男はにかっと白い歯を見せて笑う。
見た目はちょっと怖いけど、憎めない雰囲気を持つ人だ。
「そうだ、オレは弥太郎。お嬢さんは?」
「楓です」
「‥‥楓?」
楓。
もう一度名を繰り返すと、弥太郎と名乗った彼は、ふわりと目元を緩めた。
「ああ、‥‥‥いい名前だ」
「ありがとう」
笑顔に釣られてつい笑い返してしまった。
そういえば、四郎に答えるなって念押しされていたと思い出したけれど。後の祭り。
仕方ないよね。
それにこの人、危ない感じがしない。
思わず笑顔にさせられてしまう不思議な力が備わっているみたい。
「──っと時間切れだ。じゃぁまたな、楓!」
「え?う、うん。‥また?」
「楓!」
手を振り返そうとしたと同時、聞きなれた声が私の名を鋭く呼ぶ。
四郎が走ってきた。
しかも、何だか怖い顔で。
「四郎。話は終わったの?」
「今の誰?」
「今の‥‥?」
あれ、もういない。
「えぇと、弥太郎‥」
「弥太郎?誰それ」
「‥‥って名乗ってたけど」
「俺の話聞いてた?危ないって言ったよな」
珍しく怒りを露にし不機嫌極まりない表情で、私の腕を掴んだ。
そんな言い方しなくていいじゃない。
と文句の一つでも返そうかと思ったけど、四郎の眼が怖い。
ここは素直に謝ることにした。
「ごめんね。見かけない顔だって話しかけて来ただけで何もなかったけど、軽率だったかもしれない」
「‥‥‥」
「本当にごめん。怒ってる?」
頭一つ分高い四郎を見上げる格好になる。
眼が合ったのにすぐに逸らされた。
「いや‥‥‥ごめん、放置した俺が悪い」
溜息と共に吐き出された四郎の言葉を耳ざとく聞きつけてしまい、ぐっと声が詰まる。
どうして四郎が謝るんだろう‥‥?
「こっち」
そんな私を見ることもなく、四郎は私の腕を掴む。
そのまま早足で歩き出した。
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