日陰から出て差し込む逆光が眩しかったのか、目を細めて私達の元へと歩み寄ってくる。
優雅な足取りと、一つ括りに束ねた毛先が緩やかに背に落ちる動きが綺麗だった。

あまりの美形っぷりに思わず見惚れてしまった私は、目の前に来られて、初めて我に返った。

もしかして、今までの全部見られていた?


「た、忠信!?え、えと、あの、いつからそこに」


誤解されたらどうしようと慌てた私に対して、あっさり一言。


「どうでもいいけど落ち着けば?別に誤解してない」

「‥‥‥そうですか」


冷たい。

別に嫉妬して欲しいとは言っていない。
けれどそうあっさりばっさり言い切らなくてもいいでしょう、他の男(御曹司だけど)と二人っきりだったんだから。
深刻な話(しかも頭なでなで付き)してたんだから。‥‥‥とまでは言わないけれど。


「それはそうと忠信、もしかして迎えに来てくれたの?」


いやいや、まさかね。と思いながら一応期待してみる。


「兄上が煩いから渋々ね。そもそも御曹司が一緒だと知ってたら俺は邸で寝てた、面倒だ」


‥‥‥わざわざ迎えに来てくれたのね。
素直じゃない言い方はいつもの事だから、差し引きして受け取る。


「ほう?その割には物陰から殺気を感じていたが、あれは気の所為か」

「ええっ!?」


何ですかその素敵な嫉妬感。


「暑気に当たったんですか御曹司。それから楓も何喜んでるの?調子に乗るな」

「‥‥‥そうですか」


酷い。酷すぎる。

別に、嫉妬して欲しいとか以下略。
思ってないけど、これも以下略。

がっくりと項垂れた私を見て、御曹司がにやりと意地悪く笑う。───くそう、もうちょっと土下座させとけばよかったかも。


「うん?落し物か?」


御曹司が、がっくり項垂れた私に聞く。
わざとらしい尋ね方だ。

そもそも忠信が素直に言ってくれないから私は拗ねているんであって。
だから、馬鹿丁寧に答えてあげる刑に処すことにした。


「忠信にね、やきもち焼いて欲しかったの‥‥‥嫉妬する忠信は格好良くて息が止まりそうに胸きゅんなので期待してたんだけど、あっさり、あーっさり『調子乗るな』って言われちゃって落ち込んでいます御曹司」

「そうか。気の毒にな」

「でしょっ?二人っきりだとあんなに情、」

「あんた馬鹿?」


絶対零度の視線が降った。


「あ、出た、忠信の名台詞」

「はぁ?」


何故ここで元気が出るのか分からない、と顔に書いている。

最近の忠信は甘くて愛情一杯だったので、つい忘れるところだった。

冷たい視線と「馬鹿」の一言。
これが元々の標準装備だったんだよね、忠信って。

───うんうんこれだよ、これこれ。


「懐かしいなぁ。‥‥‥あ、ちょっと嬉しいとか思ってしまう私ってM?」


どうしよう。‥‥‥いや、いいのか。
忠信はどう見てもSだ。
釣り合いが取れて一事が万事上手くいく、ということにしておこう。


「そう怒るでない。ある意味楓らしくて愛いではないか」

「‥‥‥はぁ」


喜色満面にはしゃぐ私に降り注ぐ、苦笑と、北極風並みの寒冷視線。
気付いていたけれど知らぬフリをした。


───嬉しいんだよ。


私の旦那さんの忠信を、溢れるほどの愛情を注いでくれる忠信を、心底愛している。


けれど最初に惚れたのは、『四郎』だった頃の彼。

素直じゃなくて、一見冷たくて、なのに本当は熱くて優しい。
そんな『四郎』は、私の初恋だったから。
今だって大好きなんだよ。






それから三人で邸までの残りを歩く。
何故か私を真ん中に、両脇を背の高い二人が固めている。
左側に御曹司、右側に忠信。
平成女子の平均身長を若干下回る私には、この構図が息苦しいんですが。

この場合、護られるべきなのは主である御曹司じゃないのか。
だったら御曹司が真ん中にいるべきだ。
そう訴えたら、二人から拒否された。


「あんたを自由にして、また何処かで物騒な喧嘩を買われても困る」

「気の強い楓も愛いとは思うが、限度はある。女人を危険から遠ざけるのも武士の役目だ」

「御曹司、気の強さと無鉄砲は意味が違うのでは?」


無鉄砲の言葉に力を入れて言い切った忠信。


「まあ、確かにな。流石に今回だけは忠信に同意だ」

「うっ。言い返せません」

「言い返したら本気で怒るから」

「‥‥‥はい」


またもや絶対零度が降ってきた。

帰りの道中で、源太と喧嘩(?)した一件を御曹司にあっさり教えたのは忠信だ。
お蔭様で、御曹司にしっかりお叱りを受けた。
しかも再び忠信にもお叱りを頂いた。
この場に三郎くんまで居なかったことに内心ほっとした。
幾ら反省していると言っても、怒り三乗は勘弁して欲しい。

それからというもの、温厚で女子の味方な筈の御曹司が、言葉の端々で忠信の肩を持っている。


「継信と弁慶は宴の準備か」


御曹司があっさりと言ったのは、邸に着く直前だった。


「宴は弁慶殿と邸の侍女達が取り仕切っています。兄上は新居への移転準備に奔走していましたが」

「え?誰か引越しするの?」

「‥‥‥楓に何も話していなかったのか?」


きょとんとする私とそんな私に驚く御曹司の視線を受け、忠信が溜息を吐いた。


「最近は御所警護が夜間だったのと、昼間は木工座の棟梁に頼まれて現場を視察してましたから。楓とは擦れ違っていたんですよ」

「成る程な」


木工座?
何だろう。木工と言うくらいだから木が関係する職業なのか。
それとも座が付くから劇団とか‥‥‥いや、源平時代に劇団という言葉すらが存在しないはずだからそれは違うかな。


「では楓、邸に着いたら私から話をしよう」

「はい‥‥‥?」


何だろう?

御曹司がそれは嬉しそうに笑うから私は首を傾げた。
後回しにされる位いいけどね、門はもう見えているから。

あと数十メートルまで近付いた時、門前に背の高い男の人が仁王立ちしているのに気付いた。
こちらをじっと睨みつけている視線に、懐かしいよりも先にオカン‥‥‥じゃない、悪寒が走る。
勘違いじゃなくて、本当にしっかりばっちり睨まれているのだから。

‥‥‥但し、私にではない。

隣の人ですよね?
分かっているから大丈夫です、弁慶さん。
気にせずガンを飛ばし続けて下さい。
さあどうぞ、心ゆくまで!

尤も、明らかなお叱りの視線を浴びせられている筈の本人は、全く気にしていない様子だ。


「そなたの様な強面の大男が門前で仁王立ちして如何する。通行人が震え上がるぞ」


開口一番それですか。

一方の忠信はと言えば、私がぽかんと口を開いている隙に行動を起こした。


「俺は中を手伝ってきます」


そう言い残し、眼からビーム発射五秒前の弁慶さんと互いに目礼を交わして、何と、さっさと中に入ってしまった。
我に返った時は既に遅し。

ちょっと!私!私を置いていくな!
裏切り者ーっ!!

あれは絶対にわざとだ。
‥‥‥さっき怒らせたから、腹いせにやりやがったな。


「‥‥‥九郎様」


やがて弁慶さんが重々しく口を開き、火炎砲、じゃなくて言葉を発した。
ほら、名前を呼ばれたよ御曹司!
今にも眼から口から鼻からビーム出しそうですが!
ああ、鼻からビームはないか。

隣で見ている私の方が余程おろおろしていると思う。
間違えてごめんなさいと謝りそうなほどだ。半ばパニックに陥っている自覚もあった。


「分かった分かった。そなたを置いて御所へ出向いた事は私が悪い。ほら詫びたぞ。これでいいか」


いいわけあるか!
そんな軽い一言で片付けられるわけがない。


「‥‥‥お分かり戴けたなら」


瞬間、あっさり怒りのオーラを引っ込めた。

ええええええ。


「いいんですか!?」


思わずツッコミを入れてしまった私と眼が合った。
御曹司の隣に人が居た事に今ようやく気付いたらしく、首を傾げる。
他の誰よりもがっちりと広い肩を山伏装束に包み、真っ直ぐと私を見下ろした。
姿勢の良い立ち姿に私は緊張を隠せない。


「お、お久し振りです、弁慶さん」

「‥‥‥」


弁慶さんは無言でこくりと頷いた。
‥‥‥忘れられて、いる?
殆ど話したこともないから、それも仕方ないけれど。
改めて自己紹介をした方がいいのだろうか。


「この娘を覚えているか、弁慶?」


御曹司が私の代わりに問いかけてくれた。


「‥‥‥楓殿」


やや間があいた後、低い声音が名を呼ぶ。
覚えててくれたんだ‥‥‥。


「あ、はい!」

「生きていたのか。───」

「え‥‥‥?」


御曹司にまで届かなかった最期の一言に、固まった私。
「では」と御曹司に頭を下げて、弁慶さんがゆっくりと背を向けた。
そのまま邸の中へ入ってゆく。




───どうして?




「楓、入らぬのか?」

「え?あ、そうだね。ぼーっとしてた」

「‥‥‥すまぬ。弁慶はああいう奴でな。言葉が足りぬゆえそなたを不安にさせたか‥‥‥後程きつく注進しておこう」


御曹司が心配そうに顔を覗きこむので、慌てて首を振った。


「違う違う!ちょっと暑くて疲れただけなの。弁慶さんがちゃんと優しいのは知ってるから、気にしてないよ。だから怒らないで」

「真か?」

「まことです。中入ろ?みんな待ってる」


尚も得心が行かない様子の背中を押して、私達も門を潜った。


───『生きていたのか』、の後に続いた小さく掠れた一言は、本当なら弁慶さんは聞かせる気なんてなかったのかもしれない。
思わず漏れてしまった感じだった。
だから、あんなに小さな声で。

でも、聞こえてしまった。
どうしてと、思うのは傲慢なのだろうか。
受け止め方が分からない。



『生きていたのか。憐れな』



憐憫の感情を手向けられたのは、初めてだった。




 

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