「‥‥あの時は随分と驚いたものだ」

「ん?何か言ったか継信?」


今日もまたふらりと消えた御曹司を探すべく廊を歩きながらぽつりと落ちた声は、奥州藤原家の長男である国衡に拾われる。


「‥いえ、独り言です」

「お前が独り言?珍しいな。‥‥それで?」


自分は余程、この笑みに縁があるらしい。
いつかの乙和と同じ種類のそれを見て、じわりと汗が滲んだ気がした。
そんな三郎に、じりじりと国衡が詰め寄る。


「に、西木戸殿‥?」

「蕩けた顔してさぁ、相手はどんな姫君だい?」

「──っ!?何をっ‥!?」


思い掛けない言葉に、やはりあの時の様に三郎は硬直するしか術はなく。


「いやぁ、まさか石並みの堅物継信があーんなににやけてるなんてねぇ。もうすぐ春が来るが‥‥‥いやいや、春は此処にも来たんだなぁ」

「にに、西木戸殿!!誤解です‥っ!」

「ふーん。で、何故紹介しないんだ?俺とお前の仲だろ、水臭いじゃないか。それとも人に見せられぬほど醜女なのかい?」

「そ、そんな事はありませぬ‥っ!楓殿は愛らしいと思、‥‥‥っ!?」


しまった。

国衡に謀られたと気付いた時には既に遅く、しっかりと名を口にしてしまったのだから。

にんまりと、それこそ「してやったり」と満足そうに腕を組む、この主家の息子を庭に埋めたいとちらり思った。


「へぇー、楓ねぇ‥‥‥」

「ですが、西木戸殿は勘違いされております。私は楓殿を」

「皆まで言わなくていいよ、確かに楓は可愛いよね、うん。俺もいっつもべたべたして可愛がってあげたいと思ってるよ?上目遣いでさぁ、『国衡兄上大好き!』って言ってくれないかなぁとか思うし」

「は、はぁ‥?」

「継信だって想像した事あるだろ?否、ないとは言わせないぞ!『兄上、大好き!』だ。お前だって萌えるだろ?否、萌えないとは言わせないぞ」

「‥‥‥」

「うーん、もっと懐かれたいよなぁ」


嗚呼、頭痛が襲ってくる。

流石は遠縁と言うべきか。
藤原秀衡の従姉妹に当たる我が母と、秀衡の息子の国衡はそっくりだ。
自分の思うままに生きる所や、人の話を聞かぬ所。
そして、かの娘への妙な執着心まで‥‥。


三郎はやれやれと肩を落としながら息を吐き、次いで、国衡の方とは反対側をちらりと見てほんのり微笑をもたらす。




‥‥‥大鳥城での一幕をふと思い出したのには、理由があった。



半刻ほど前、この廊を歩く弟の背中を見かけたから。

自分達は此処で角を曲がるが、弟は真っ直ぐ歩いて行った。

何故ならば‥‥。



「あーぁ、真っ直ぐ行けば楓に会えるのになぁ。何で野郎と二人、放浪御曹司を探さなきゃなんないんだろう」

「何を仰いますか。西木戸殿と御曹司は楓殿の部屋に行ってはならぬと、御館に固く申し付けられておられるのに」

「だって九郎はこっそり忍んでるじゃないか。その後は傷だらけだが。‥‥‥だから俺も」

「『国衡兄上なんて大っ嫌いっ!!』と泣かれるやも知れませぬが?」

「うっ‥‥!」


痛そうに胸を押さえる国衡を半ば押すようにして、角を曲がる。



今は誰も、あの道を真っ直ぐ行かせたりはさせない。
廊下の突き当たりに位置する、唯一の部屋。



‥‥何故ならそれは、簡単な理由。



今、突き当たりの部屋に弟が居る。

決して親兄弟にすら見せぬ表情で、あの娘に甘えているのだろう。
何があっても、疲れた顔など見せなかった不器用な男が。


憎まれ口を叩きながら。

けれど、柔らかく笑いながら。






その時間を守るのは、兄の役目ではないか。

















「四郎ってば随分疲れた顔してるね。何かあったの?」

「別に。それよりこれ、御館が楓に渡してくれって」

「わぁ、柑子だ!御館って優しいなぁ。あ、待ってね!若桜さんにお茶入れてもらうから」

「いい」

「え?良くないよ。客人にお茶も出さなかったら失礼じゃない」

「いいって。その代わり剥いてよ」

「えー‥またぁ?この前も私が剥いたやつ、みんな四郎が食べちゃったじゃない」

「だって手が汚れるし」

「ほら、そんな顔して。やっぱり疲れてるんじゃない」

「‥‥‥だから来たんだろ」

「え?何か言った?」

「さぁ?」






一昨日も昨日も今日も会ったけど
明日もあなたに会いたいと望む
 (橘文成・万葉集1019)



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