「四郎。帰城してすぐに此処まで来たのか」
「はい。父上から、三郎兄上に至急知らせよとの伝言を承りましたので」
「そうか、足労だった。すぐに参ろう‥楓殿を城までお送りしなければな」
「そうですね」
‥‥‥待って。
何か違う。
「楓殿。申し訳ないのですが、案内は次の機会に‥‥‥楓殿?」
『三郎兄上』で、『四郎』?
私には普段偉そうな四郎が頭を下げて、すっごく丁寧な三郎くんが堅苦しい口調になって?
「どうしたの楓?‥‥‥‥兄上、その手は?」
「‥っ!あ、ああ、山道に楓殿が慣れていないので、決して深い意味はないっ!」
三郎くんの手がずっと繋がれていたことも、離れた事にも気付かなかった。
「さ、先に戻っている!お前は楓殿を送り届けてくれ。頼んだぞ」
「‥‥はい」
「では楓殿、私はこれで」
そうだ。
普通に考えれば、三郎が兄で四郎は弟。
だから名前通りで合っていて、聞き違いじゃなかったんだ。
そもそも三郎くんが弟だって思ったのは私が思い切り勝手に想像していただけなんだけど、でも、四郎のほうがどう見てもお兄さんというか年上に見えて三郎くんは可愛くて、でも‥‥!
「百面相」
「ひっ!‥‥って、四郎じゃない。いきなり耳元で言わないで」
「俺は何度も話しかけたけど?聞いてないあんたが悪い」
「え、そんなことない‥‥‥って、三郎くんは?」
「兄上は先に戻られたよ」
何となく四郎は機嫌が悪そうだったけど、私はそれどころじゃなかった。
「そっか。じゃぁ、ひとつ聞いていい?」
「何?」
「四郎って確か十九歳よね?」
「そうだけど」
どうやら記憶に間違いはない。
「‥‥あの、三郎くんって‥‥いくつ?」
「言ってなかったっけ?三郎兄上は俺より三つ歳を重ねている」
───二十二歳!?
私、可愛いから弟にしたいとか思っていたんですけど‥‥。
世の中はミステリーに満ち溢れている。間違いない。
「‥‥三郎兄上を年下だと思ったんだろ?」
「う、そ、そんなこと!‥‥‥‥‥‥‥‥思いました」
「‥‥‥あぁ。だから、『三郎くん』か」
四郎から呆れきって若干疲れたような溜め息が聞こえたけれど、私は心底から申し訳なくなっていた。
三郎くんだって、きっと気付いてる。
彼を思い切り年下扱いした気がするもの。
ずんと落ち込む私を見兼ねたのか、肩にそっと置かれる手。
「兄上も父上も面構えこそ柔和で優しげだけど、合戦時は鬼神の如き気迫で、敵兵共を蹴散らすんだ」
四郎だってとても強そうに見えない。
童顔じゃなくて、性別を超えた綺麗な顔は、刀を振り回しそうに見えないんだよ。
「‥‥そう、なんだ。だからさっきも私を‥」
「さっき?」
「ううん、何でも」
さっき転びかけた私を腕一本で抱き起こしてくれたなんて言えば、鈍臭い奴だとからかわれそうだ。
「‥‥‥兄上はお人柄も優れている。だから、心配する必要ないよ」
「‥‥え?」
木漏れ陽が、その艶やかな髪に吸い込まれていく。
城壁の真新しい白さとは間逆の色なのに。
なんて綺麗なんだろう。
言葉もなく見つめていると、緩やかに四郎の口端が上がった。
「兄上はあんたの事で一々腹を立てる程、お暇じゃないんだ」
「‥‥あのね、もっと分かりやすく励ましてくれる?」
一瞬でもときめいて、損した。
「ほら、こうしなければ躓くんだろ?戻るよ」
無造作に差し出された手。
握ったその手は、三郎くんと同じ温もり。
性格も顔も全く違うのに、こんな所は兄弟でそっくりだと思うと、なんだか嬉しくなった。
「ねぇ、四郎」
「‥何」
「どうして私は花の名前じゃなくて、楓なの?」
「っ!」
後ろから三郎くんの背を見たのと、同じくらいの高さの四郎の背を見る。
一瞬酷く動揺したように見えた背中は、すぐにまた歩き出す。
けれど、ねぇ。
耳が赤いのは気のせい?
「‥‥‥花音が」
「私が?」
「いや。花音に‥‥‥花なんて似合わないからじゃないか?」
「‥‥‥‥‥喧嘩売ってるんでしょ!?成敗してやるからそこに直れっ!」
「ははは、あんたには無理だよ」
手を振り解くと走り出した、四郎。
こちらを振り向いた時の満面の笑顔がとても楽しそうだった。
夏山の木陰がよく繁っているからか。
道行く人も立ち止まり涼んでいる
(貫之・拾遺集130)
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