二章 下


〜二章・誰ですか、アレ 下〜


昨日の店へ行くと、フィディオはいきなり女子大生っぽい奴に顔を引っぱたかれ、コップに入った水をフィディオに浴びせ、大股歩きで店を出て行く。
……アンタも松風と同類か。
「フィディオ、大丈夫?」
「いつものことだろ。なかなかいいビンタで、美味しかったよ」
けろりとした顔で答え、この店唯一の店員である男性が差し出したタオルを平然と受け取る。
「ありがとう、トビー」
「もう慣れたからな。お前らはよくこういう厄介ごとを店にまで持ち込むからな」その男性が肩をすくめて苦笑いし、厨房へと戻る。
俺は唖然としてしまった。しょっちゅうこいつらはこんなことをやってるのか?
しかも、フィディオは午前で学校を自主早退したらしい。
それを聞き、俺は頭痛を覚えながらも学校で聞いたことを話した。
「へえ、そんなろくでもない人とばっかつきあってたんだ」
「そうだよね。俺もそう最初に思ったよ」
おい、お前らも世間的には、かなり問題のある中学生だと思うが。
「鬼道有人のことも調べてみた。十年前の学生名簿に名前があった。二年の頃に帝国学園から雷門中に転校してきたらしいが、卒業名簿には名前がなかった。二年のときにまたどこかへ転校したのかもしれないが、そのへんの情報はなかった」
「そうか……」
そんな風に話していたときだ。
「フィディオ、来たぞ」
「お待たせ〜、フィディオ!」
他校の制服を着た金髪に天使の輪のようなものをつけた小柄な人物と、右目に眼帯をつけた髪を背中まで伸ばしたスーツ姿の人物が、同時に声をかけてきた。
しかも、小柄な人物の後ろに、もう一人、同じ制服を着たヘアバンドをした銀髪の人物もいる。
「あんたも、松風と同じように三股かけたのか!?」
思わず叫ぶ俺に、フィディオは「人聞きが悪いよ、京介」と苦笑いしてみせ、明るい表情でそいつらに話しかけた。
「アンジェロ、ありがとう。そっちがビオレテ・アメティスタだね?どうも、フィディオ・アルデナだよ。悪いね、急に来てもらって」
「いや、大丈夫だ」
ヘアバンドした奴が首を横に振る。
「まったく、フィディオがどーしてもっていうから、頼み込んできてもらったんだからこっちにも感謝してよね」
「はいはい、ありがとう、アンジェロ。次郎も、会社早退させてごめんね」
「別にいいんだよ、どうせ今日は暇だしさ。それに、こっちのほうが楽しそうだ」
眼帯の人が口の端をつり上げ、フィディオがひいた椅子に腰を下ろす。
「あ、この人は剣城京介。で、こっちが松風天馬。二人とも雷門中の二年だよ」
「よろしく!僕はアンジェロ・ガブリーニ」
「俺はアンジェロのクラスメイトのビオレテ・アメティスタだ」
「で、俺は佐久間次郎。OLをやってる」
次々に挨拶され、「どうも、剣城です」と内心しどろもどろしながらも軽く頭を下げる。
一方松風は、「松風天馬です。こちらこそよろしくね!」と慣れた口調で言っていた。
にしても、一体フィディオはどういうつもりだ?こんなに人を集めて、合コンでもはじめるつもりか?
疑惑の眼差しを向ける俺に、フィディオはようやく説明してくれた。
「ビオレテは、小学校のときのデモーニオのクラスメイトで、仲良しだったんだよ」
松風と俺は驚いてビオレテの方へ顔を向けると、こくりつうなずいてみせた。
「デモーニオとは家も近所で、ずっと同じクラスだったんだ」
息を飲む俺たちに、フィディオが、さらに言う。
「こっちの次郎は、デモーニオの親戚の会社で働いてるんだ。昼休みに、レストランでナンパして、来てもらったんだ」
ナンパ!?しかも今日かよ!
「んなわけないだろ。フィディオとは少し知り合いでな。今日たまたまレストランで会ったから呼ばれたんだよ」
それを聞き、俺は侮れない気持ちでフィディオを見直していた。
昨日の今日で、デモーニオの関係者を集めるとか、誰にでもできることじゃない。
すると、松風が俺の耳元でこそっとつぶやいた。
「一応言っておくけど、デモーニオの関係者をこれだけ集めたのはフィディオ本人だけど、その関係を探り出したのは俺だからね」
いつもより真剣な声で言われ、俺は驚いて松風を見たが、本人はさっきと変わらずニコニコと笑みを浮かべていた。
とフィディオが俺たちの方へ向き直り、飄々とした口調で言った。
「じゃあ、ビオレテから話を聞かせてもらおうか?デモーニオは昔から、あんなに物を食べなかったのかい?」
デモーニオの友人だったビオレテが、首を横に振る。
「いや。小学生の頃は、普通に給食を食べていた。弁当の日だってちゃんと持ってきていて、俺、つまませてもらっていたんだ」
ビオレテの話によると、デモーニオは小学生高学年になったとき、身内が一気に病気や事故で亡くなったらしい。
家族を失ったデモーニオの後見人になったのが、デモーニオの親戚だと自称する男性だったと言う。
ビオレテは、暗い表情で話を続けた。
「けど、そいつがその後、デモーニオの持っていたものの全てを奪ったんだ。デモーニオの様子がおかしくなったのは、それからだ」
その男性と暮らすようになってから、デモーニオは、次第に食事をとらなくなっていたらしい。はじめの頃は、給食を少し食べては残すということを繰り返していたが、そのうちまったくなにも口にしなくなった。
デモーニオは食事を取ることを怖がっているみたいだったらしく、給食の時間になると、いつも挙動不審になっていたらしい。それに、パンを一口齧ったとたん、トイレに行き、ずっと吐いていたらしい。
ビオレテがその男性とうまくいっていないかと心配になり訊いたらしいが、デモーニオは顔を強ばらせて黙ってしまい、それ以降ビオレテのことも避けるようになり、一人でいるようになった。
そして、心が別の世界をただよっているようになってしまったと。
ビオレテは、そいつが原因で、デモーニオがおかしくなったと考えているらしく、表情を曇らせたまま黙ってしまった。
代わりに佐久間さんが、興味津々と言う様子でつぶやく。
「へえ、あいつが、その身内を殺して、会社を乗っ取ったって噂は、根も葉もない中傷ってわけでもないのかもしれないな?」
物騒な話に、ぎょっとする。
その男性は不動という苗字で、名前はまったく口にしないらしい。会社は、もともとデモーニオの身内のものだったそうだ。そしてデモーニオの身内が亡くなった後、株を一番多く所有していた不動さんが社長に就任したのだ。
しかも、不動さんは海外で暮らしていたらしい。
だからかやることがいちいち派手で、敵を作りやすく、その噂も就任したときからずっと回っており、社員ももし不動さんが警察に逮捕されても、やっぱりって思い驚かないらしい。
ひどい言われようだ。デモーニオの後見人は、よほどうさんくさい人物らしい。
「あっ、けど、このごろ、様子がおかしいんだよ」
「って、どんな風に?」フィディオが身を乗り出す。
「秘書の小鳥遊から聞いたんだが、ここ一ヶ月くらい食事をほとんどとらないらしいんだ。最近は、会社の近くのマンションに、泊り込みで仕事をするほど忙しいみたいで、ゆっくり飯を味わうどころじゃないのかもしれないけどな。けど、仕事で取引先の人と会食しなきゃならないこともあるだろ?そうすると、食べたあとにトイレで吐いてるみたいなんだ。指に吐きダコがあるのを見たって言ってた」
俺と松風とフィディオは、驚いて視線をあわせた。
食べたものを吐くなんて、まるで拒食症みたいじゃないか?デモーニオだけでなく、その後見人まで、同じ症状なんて、一体どういうことなんだ?
佐久間さんが、綺麗に整えた眉をひそめる。
「それに……今年に入った頃、病院から電話がかかってきて、凄く興奮して一方的に怒鳴りまくってたらしいんだ。『検査をやり直せ』とか『ありえねえ』とか――不動は普段は冷静で、感情を表に出さない奴なんだ。なのにそのときは声を張り上げて、凄かったって。
それに、先月の大雨の日、不動は窓を全開にして外を睨んでぶつぶつつぶやいていたらしい。完璧にイッていたらしく、目撃者も怖くて声をかけられなかったって。
もしかすると不動は病気なのかもしれないな。しかもかなり重病で、明日をも知れぬ命かもしれない。警察に逮捕されるより、血を吐いてぶっ倒れるほうが先だったりしてな」
佐久間さんの口調は冗談みたいだったが、俺も松風もフィディオも笑えなかった。


三人にお礼を言って店から送り出した後、松風は椅子にもたれて腕組し、険しい表情で言った。
「俺が尾行してたのは、デモーニオの後見人の不動だったんだね、きっと」
「俺がデモーニオの家に行ったときは、あまりに人気がないから、まさかこの大きいお屋敷に一人で住んでるのかって驚いたんだけどね…その人と住んでるってことは、最近まで俺も知らなかったんだ。その話は、デモーニオが嫌がるから……」
「じゃあ、何でデモーニオの叔父さんは、フィディオのことをつけたりしたんだろうね」
二人の会話を聞きながら、そのことについて考えた。
デモーニオのことを心配してか?いや、デートのたびに後をつけまわすなんて度が過ぎてる。ヤクザを雇ってフィディオを脅したり、デモーニオの昔の恋人に怪我をさせたのも、奴の仕業なのか?
それに、デモーニオの身内が一気に亡くなったことも、偶然なんだろうか?
佐久間さんが言っていた不動さんの病気の話も気になる。奴は、残された時間でなにかをしようとしているみたいだが、なにをしようとしているかまでわからない。
あと、デモーニオが暮らしてる屋敷のことも気になるな。デモーニオの元の家は、不動さんが売ってしまったらしいが、わざわざ別の家を用意する意味があったのか。二人暮らしをするのであれば、マンションに住みはじめたというならわかるが、フィディオの話を聞くに、新しい家も、かなりの豪邸らしい…。
考えれば考えるほど、胸の中にひたひたと泥水がたまってゆくような、嫌な感じがする。
「鬼道有人も…結局誰だったんだ?」
つぶやくと、眉間を寄せて考えに沈んでいたフィディオが視線を上げた。
「あ、まだ剣城に言ってなかったね。デモーニオの家族のことを天馬と調べたらわかったよ。鬼道有人は、デモーニオの血の繋がった兄だったんだ。鬼道家の海外での名前の一つに、ストラーダという名前があったんだよ」



【時間がねえ――。
便器に顔を押し付け、酸っぱい胃液を吐き出しながら、彼は唸った。
吐いても吐いてもまだ足りない。胃の中のものをすべて掻き出し、放出しなければならないという衝動にかられ、彼は口の中に人差し指を突っ込む。
喉の奥まで指を差し入れ、柔らかな肉に爪を立て、えぐるように動かす。
空っぽの胃が痙攣し、喉がひくひくと鳴り、唇からよだれと一緒に黄色い液がこぼれ出る。そこに赤い血が混じっているのを見て、彼の胸に、闇にうねる波のように激しい怒りと憎しみが押し寄せる。
砂時計の砂が、さらさらと零れ落ちるように、終わりのときが近づいている。
時間が欲しい。
地位も財産も全部くれてやる。時間が――時間だけが、足りねえ。
込み上げる嘔吐感。胃がすべてを拒絶する。全身を焼き尽くすようなこの飢えと痛みはいつまで続くんだ?砂が落ちる音が、耳を離れねえ――!
ドアの向こうで、秘書の女が彼を呼ぶ声がする。
彼が見せた狂気に、秘書は怯えている。それでも、自分の職務を忠実にこなそうとしているんだろう。震える声で、大学病院の先生がお見えですと告げる。
ドアのこちら側から彼は叫ぶ。
追い返せ!
そうして、床に膝をつき頭を抱え、呪いの言葉を吐いた。
畜生、畜生…絶対に許すかよ。畜生…この裏切り者が……みんな死んじまえ。】





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