四章 中


〜四章・五月の晴れた日、彼は・・・・・・。 中〜


翌日、俺達は学校の敷地にあるオーケストラ部の所有地であるホールを訪れた。
実績も部員の数も文芸部と比べたら月とすっぽん並みの差があるというのに、オケ部に何の用があるというんだ。
オケ部を見て俺がポツリとこぼした言葉に、拓人先輩はいちいち負け惜しみを言いながら、オケ部の部員に案内され、一つの部屋に案内された。
部員が戻ると、拓人先輩は決意を固めるように肩に力を入れ、ドアを開けた。
「さあ、来たぞっ、霧野!」
瞬間、絵の具の匂いが俺の鼻をかすめた。部屋の中に入ると、そこは美術作品が(というか絵が)いっぱいあり、一瞬美術室の部室かと目を疑った。
その部屋の真ん中でキャンパスと向き合い、腰かけていた桃色の髪を下のほうで二本に結った生徒が、絵筆を握りしめたままこちらを見て、ニヤリとした。
「あ〜よかった、すっぽかされなくて」
そう言った少年の碧の瞳がこちらを見た。
こいつ、霧野蘭丸だ――。
理事長の血縁関係者であり、オケ部の指揮者。その華やかな出自と容姿で、よく噂になっている。
「へえ、そいつが剣城か。たしかに、顔はイケメンの部類だな。俺は霧野蘭丸」
「よろしくお願いします、霧野先輩」
俺は顔に出ないよう注意しながらも緊張しながら挨拶し、そんな俺を見て霧野先輩はニヤニヤした。
"普通"とはかけはなれてるが、それでもどうどうとしている姿はなんだか尊敬してしまう。
それは彼が、俺と違って"本物"だからだろうか。霧野先輩は俺を楽しそうに観察したあと、その視線を拓人先輩のほうへ向け、愉快そうに目を細めた。
「ふふん・・・剣城を連れてくるとは、ずいぶん大胆だな、神童?これからなにをするかわかってるのか?」
「霧野こそ、頼んだこと、ちゃんと調べたんだろうな?」
「ぬかりはないさ。なんてったって、そっちと違って、束にしても捨てるほどOBがいるからな。情報提供者に困りはしないさ」
「ぶ、文芸部は少数精鋭なんだっ」
「はいはい。それに、俺の一族はほとんど雷門中のOBだからな。警察に顔のきく奴もいるし、そっちのほうからも豪炎寺修也に関して、いろいろ調べてもらった」
「それでそれで?」
すると霧野先輩は唇の端を吊り上げ、拓人先輩をいやらしく見つめる。
「情報は、俺の出した条件と交換だ。覚悟はできてるか?神童」
「うぅ、わかってるって」
「じゃ、脱いでそこの椅子に座れ。あ、ポーズは適当に変えていいぞ。こっちで勝手にデッサンするし」
拓人先輩は顔を赤くさせながら制服のボタンに手をかけた。
「ちょっと待て。脱ぐってどういうことですか。これから何をはじめる気なんだよ」
状況が飲み込めていない俺に、拓人先輩は恥ずかしそうに、霧野先輩は嬉しそうに答えた。
「絵のモデルになるんだ」
「そう、ヌードモデル」
まてまてまて!なんでそうなってるんだ!?というか男のヌードとかつまらないだろ!!
「俺たち幼なじみだからさ、昔から目をつけて、口説いてたんだ。神童って泣き虫だし、こうするだけでも半泣きになってそそられるんだよな〜。ようやくその気になってくれて、ラッキーだ」
拓人先輩は顔を大きく横に振って否定する。
「ち、違うからなっ。全部脱ぐとは言ってないぞ!それに俺、病み上がりなんだし・・・」
「あ〜、そうだったな。・・・・・・じゃあしょうがない、今回だけはおおめに見て、セーラー服で手をうとうか」
「・・・・・・情報しだいで、着てやる」
「よし、じゃあとりあえず話そうか。剣城はそのへんの椅子に、適当に腰かけてくれ」
俺は後ろにあった椅子に座り、二人の会話を静かに聞いた。
「教えろ、霧野。豪炎寺さんは本当に自殺だったのか?屋上から飛び降りたとき、胸に工業用のナイフを刺していたんだろ。誰かに刺された可能性はないのか?」
いつもと別人のように、冷静な口調でささやいた拓人先輩に、霧野先輩が答える。
「確かに、他殺という線もあったが、ナイフには豪炎寺修也の指紋しか残ってなかったそうだ。それに、豪炎寺修也には自殺する動機もあったし、彼の自宅から遺書も見つかった。それで警察は自殺と断定したんだ」
「動機って・・・・・・?」
「・・・当時豪炎寺修也は、同級生の吹雪士郎とつきあっていた。中の良いカップルだったらしい。吹雪はおとなしくて優しい雰囲気の美少年で、豪炎寺は彼のことをとても大事にしていて、周囲にのろけまくったそうだ。
吹雪は豪炎寺に夢中で、豪炎寺が部活が終わるのを、弓道部の前で待っていたらしい。それで、毎日二人で仲良く帰ってたんだとさ。
でも・・・二人が三年になって少したったある日、豪炎寺が部活の用事で遅くなり、たまたま一人で帰った吹雪は、事故に遭って亡くなってしまったんだ」
「事故・・・・・・」
拓人先輩が、ぽつりとつぶやく。
「信号は赤に変わっていたのに、吹雪が道路に飛び出したらしい。それで曲がり角から来たトラックにはねられ――即死だったそうだ」
「・・・・・・何故、吹雪士郎は、赤信号なのに道路を渡ろうとしたんだ」
「さあ・・・・・・用があって急いでいたのか。それとも、車が見えず大丈夫と思ったのか・・・とにかく吹雪は亡くなり、豪炎寺は最愛の恋人を失った。あのときいつものように自分と一緒に帰っていればと、豪炎寺は相当悔やんでいたそうだ。その一ヵ月後――自殺したんだ」
頭の中に、屋上から飛び降りる男子生徒の映像が浮かび、指先が痺れ、口元がこわばった。
だめだ。
これは十年も前の出来事だ。
あのこととは無関係だ。
体が異常を起こしかけていることを、拓人先輩たちに気づかれないよう、俺は必死に呼吸を整えた。
拓人先輩が淡々と問いかける。
「自宅に残っていた豪炎寺さんの遺書には、何と書いてあったんだ?」
「吹雪が死んだのは俺のせいだ、吹雪がいないことに耐えられないから、俺も彼と妹のところへ逝きますって。それから―・・・」
霧野先輩は一呼吸おき、続けた。
「――生まれてきてごめんなさいと」
その声が耳元で聞こえたような気がし、皮膚がさっと粟立った。
「妹ってどういうことだ?」
「豪炎寺の妹は、二年前の夏、彼の試合を見に行く途中、吹雪と同じようにトラックにはねられて、亡くなっているんだ」
拓人先輩が膝の上に顔を載せ、人差し指を唇にあて、考え込む。
胸苦しさをこらえながら、俺は尋ねた。
「豪炎寺修也って、一体どんなひとだったんですか?」
「あまり自分からは口を開かないが、根は優しく頼りがいがあって、そこにいるだけで心強かったそうだ。それにときたまにギャップでよく口をかんだりしたらしい。もちろん、女子にも人気で、弓道部の練習中も女子が大勢集まってきて練習にならないときもあったそうだ。とにかく、豪炎寺の周りはにぎやかだったらしい」
それは虎丸が話してくれた、豪炎寺さんのイメージと同じだった。
その一方で『人間失格』の中に挟んであったあの手紙の内容を思い出した。
豪炎寺修也はどういうつもりで、もう一通別の遺書を用意したんだ。
それは、本当は誰に向けて書かれた手紙だったんだ。
彼の理解者であり、彼を破滅させるものであったHか?
それとも別の誰かか?
「豪炎寺さんには、特別親しい友達はいたのか?」
「"親しい友達"は大勢いたようだけど、"特別"となると難しいな。クラスメイトで弓道部の仲間であった基山ヒロト、南雲晴矢――この二人と一緒にいることが多かったらしい。当時ヒロトは同じ部活の涼野風介とつきあってて、彼たちも交えて五人で出かけたりしたらしい。涼野は卒業後にヒロトと別れて、南雲とつきあいはじめ、今では同居したりして仲は続いているらしい」
基山ヒロト。
南雲晴矢。
涼野風介。
そして、恋人の吹雪士郎。
全員、名前か苗字にHがつく。
「そうそう、豪炎寺修也の写真を借りてきたぞ」
霧野先輩は、写真の裏を前にし、俺らへと見せる。
そして写真を反転させる。
俺と拓人先輩は一緒に身を乗り出してそれを見た。
写真には、制服を着た、五人の男子生徒が映っていた。眼鏡はかけていないが知的な雰囲気のヒロトさん、今も変わらず活発そうな南雲さん。少し気の強そうに腕を組んでいる涼野さん。真ん中にいるほっそりとして色白なのが吹雪さんだろう。そして吹雪さんが恥ずかしそうに手をつないでいる相手が、豪炎寺修也だ。
髪の色は白く、肌の色も俺よりは黒めだが、逆立った髪、するどい目つき、そして写真からでも感じる彼のオーラは――
「・・・・・・確かに、剣城に似ているかもな」
そう、豪炎寺修也は確かに俺に似ていた。


◎追記

「よし、情報ももらえたし、部室に帰るぞ」
「神童、give and take、だろ。俺との約束は?」
立ち上がって部屋を出ようとした拓人先輩の腕を霧野先輩が掴んだ。
「あ、えっと〜・・・」
「まあ、神童がそんなに嫌なら、剣城が代わりにセーラー服着てもいいんだぞ」
何故そこで俺なんだ!
「え、そうなのか!じゃあそっちで・・・」
「霧野先輩、お好きにどうぞ」
目を輝かせながら俺を身代わりにしようとした拓人先輩を取りおさえて言った。そして霧野先輩がどこからかセーラー服を出し、悪い笑みを浮かべながら一歩一歩と近づく。
「じゃあ神童、お着替えしような〜」
「いやああああ霧野のバカあああああ!剣城の裏切り者おおおぉぉぉぉ!!」
拓人先輩の涙目になりながらの叫び声がむなしく響いた。



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