四章 上


【Hのことを語ろう。
Hは俺の一番の理解者で、唯一の敵で、親友で、半身で、交われない者だった。
Hは全てを見抜いていて、世の人を完璧にあざむいている俺の道化は、奴にだけは通用しなかった。
それゆえに、俺はHを恐れ、Hから逃げられなかった。
教室でも、部活動でも、俺はHとともにあった。

この世は地獄だ。

俺はHの奴隷であった。】



〜四章・五月の晴れた日、彼は・・・。〜


翌日の昼休み。俺は図書室で、十年前の卒業アルバムのページをめくってゆく。
もちろん、豪炎寺修也の姿をこの目で見たいからだ。俺に似ているという彼に・・・。
しかし、彼は弓道部が全国大会で準優勝したときの集合写真には写っておらず、クラスの集合写真でも名前はあったが、写真だけきれいに切り取られていた。
続いて、パソコンコーナーに移動し、十年前の年代と豪炎寺修也の名前、それに学校名で検索を書けた。
古い新聞記事がヒットし、それを読んで俺は目眩がした。
十年前の五月―雷門中学校の三年生豪炎寺修也(十四歳)は、屋上から飛び降り、亡くなっていた。
"屋上""飛び降り"という単語が、俺の心臓に爪を立て、古い記憶の扉を激しく揺らした。
なんてことだ。
喉がからからに渇き、頭がふらついた。
よりによって屋上。
よりによって飛び降り。
最悪だ。
飛び降りる直前、彼は自分の胸を、ナイフで刺したという。
彼が自宅に残した遺書から自殺と思われると、記事には書いてあった。
どうにもならない悔しさと絶望に、俺は吐き気がした。
どうしていつもこうなんだ。
第二の手記が明らかになる前に、豪炎寺修也も、太宰治のように自ら命を絶っていたのだ。


「そんな!豪炎寺さんが、十年前に自殺していたなんて――」
放課後の文芸部。俺の話を聞いた拓人先輩も愕然としていた。
「虎丸は、このこと知ってるのか?」
「わかりません」
俺は冷静につぶやいた。
図書室のパソコンで豪炎寺修也の自殺の記事を読んだときは、目眩と吐き気が同時に襲ってき、またアレがはじまるのではないかとぞっとしたが、混乱が波のように引いてゆくと、疑問だけが残った。
「十年前に死んだ人間に会えるはずはない。虎丸は、俺たちに嘘をついていたことになる。どうしてそんなことをしたんでしょうね。そんなことして、虎丸になんの得があるんだ」
「・・・剣城が豪炎寺さんに似てたってことと、関係があるのかもしれないな。なぁ剣城、親戚に、豪炎寺って人は本当にいないのか?」
「いませんよ。少なくとも俺は聞いたことないです」
そして俺はあの雨の日のことを思い出した。
虎丸は俺を見て豪炎寺さんの名前をつぶやいていた。つまり、俺が豪炎寺さんに似ていることを知ってたんだろう。
なら、何故、俺に近づいたのか。
すると拓人先輩は、ふわふわの灰茶色の髪を大きくなびかせ、いきなり立ち上がった。
「ひょっとすると!豪炎寺さんと剣城は、血のつながった兄と弟なのかもしれない。豪炎寺さんが自殺したというのは見せかけで、裏では凶悪な陰謀が渦巻いていて、遺産目当ての親戚の人たちが、財閥の正統な跡取りである剣城の命を狙って次々刺客を送り込んできたんだ。虎丸は実は、剣城を守るボディーガードで、それでそれで・・・」
「やめてください、その安っぽいストーリー展開。まず、俺の兄さんは一人だけです」
「あ、すまない・・・つい。って剣城、兄さんがいるのか。一度会ってみたいな」
「風邪で脳みそが沸騰したんじゃないですか。あと、兄さんには会わせません」
「ひどいぞ。風邪はもう治ったし、俺の推理も全部はずれではないかもしれないだろ。って何で会わせてくれないんだ!」
「推理?今のは推理じゃなく、妄想でしょう。兄さん本を食べる妖怪なんかに会わせたくないです」
「う〜〜妖怪じゃないって言ってるだろ〜!」
拓人先輩はすねて頬をふくらませた。
「わかった。それならこの件、きっちりと調べてみよう。俺の推理も、ほんの少しくらいあってるかもしれないだろ」
「十年も前のことを、どうやって調べるんですか」
「十年前から学校にいる先生に訊くとか、文芸部のOBに訊くとか、方法はいくらでもあると思うぞ」
「文芸部にOBなんているんですか」
拓人先輩は自信満々に胸をそらし、一冊のノートを取り出した。
「えへん。ここに伝統ある我が雷門中学校文芸部の歴代部員の名簿がある」
あんたが偉そうに言うことか。
そう心の中で突っ込みながらも、十年前の文芸部にいたOBに電話をかけることになった。
しかし、当時の三年生は三人、二年生は二人と今よりは多いがやはり人数は少ない。一年生がいないのは今と同じだが。
それにくわえ、誰一人として話すことさえできなかった。
何故この部がつぶれずに存続しているのか、それは豪炎寺修也が何者かということよりも謎だった。
受話器の前で肩を落とし、いじいじとウェーブがかった髪の先をいじっている拓人先輩に、俺は冷静に告げた。
「もうあきらめましょう。虎丸のことも豪炎寺さんのことも、これ以上関わらないほうがいいです」
正直、豪炎寺さんが投身自殺したことを知り、俺は怖くなっていた。屋上は、嫌な記憶を思い出させる。
拓人先輩は肩越しに振り返り、ちょっと寂しそうな目で俺を見た。
「剣城はそれでいいのか?」
「そりゃ・・・俺のそっくりさんが自殺したなんて気味悪いし、虎丸も弓道部のOBも、何か隠してるみたいで気になります。けど、仕方ないです」
「・・・・・・」
拓人先輩がしょんぼりと眉を下げたが、すぐに首を大きく横に振った。
「いや、やっぱダメだ。もしかしたら豪炎寺さんの幽霊が、真実を知ってもらいたくて、あの世から俺たちに呼びかけてるのかもしれない。ここでやめれば、豪炎寺さんも成仏できないし、虎丸からの手書きの美味しいレポートももらえないじゃないか」
あの世にいるなら成仏してるんじゃないんですか?しかも結局目当ては食い物ですか・・・。
うなだれる俺の腕をつかみ、拓人先輩は決意のこもった口調で言った。
「そう、ここでくじけちゃいけないんだ。あとちょっとだけ調べてみよう。俺・・・・・・俺・・・・・・・・・そのためなら、脱ぐ」

は?



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