六章 下


〜六章・誰が、小鳥を殺したんだ? 下〜

試験の土日は、一日中雨が降っていた。
暖房のきいた部屋の中で、みぞれ混じりの冷たい雨音を聞きながら、拓人先輩は今頃、あのシャーペンで、マークシートを塗りつぶしているのだろうかと考えた。
それから、狩屋のこと、
シュウのこと、
白竜のこと……。
どうしたら許してもらえるのかと問う俺に、ならばカムパネルラの望みを叶えろと、苦しそうな目をして、叫んだ白竜。
俺は、答えに辿り着きたかった。
机の上に、二人で作った地図を広げ、もう一度、見つめ直す。
共に宇宙の果てまで行こうと約束したあの日、俺たちの心は、確かに寄り添っていた。これまでのように、目をそらして逃げるのではなく、白竜自身と向き合うために、そんなおだやかな優しい時間もあったことを、否定したくない。
色鉛筆で虹色に描かれた宇宙を眺めていると、ようやく聞き慣れ出した着信音が聞こえた。
誰からだろうと気になり携帯を開くと、そこには兄さんの文字が表示されていた。
「もしもし」
「京介。すまない、こんな時間に」
「いや、大丈夫だけど…どうしたんだ急に?」
兄さんの様子が少しおかしいことに疑問を持ちながら返事を待つが、沈黙がしばらく続いた。それからケータイの向こうで小さく息を吸う音が聞こえてから、兄さんは躊躇いがちに口を開いた。
「京介…最近、怪我が多いみたいだけど……なにかあったのか?最近も、前みたいに頻繁に顔を出さないし……。もしかして、白竜くんと関係があるんじゃ……」
兄さんには、ほとんどばれていたのか。いや、兄さんは病院にいるんだ。会っていなくても、見られていた可能性はあった。
心配かけていたことに罪悪感を感じつつ、正直に答えた。
「…うん。最近、白竜と会ったんだ。病院に戻ってきて、そこで…。白竜はまだリハビリを続けているんだ。いろいろあって…苦しんでいるみたいだから、俺にできることを、してやりたいと思ってる」
「そうか…やはり白竜くんは、戻ってきていたのか……」
「同じ病院にいるのに、兄さんは見てないのか?」
俺を見ているなら、見ていてもおかしくはないと思うのだが…。次の疑問を問えば、動揺を押し隠すような声が返ってきた。
「それらしき人は何度も見たことはあったけど、確信がなかったから…そうか……」
そのとき、昔のある出来事が脳裏に浮かび、つい口に出して兄さんに尋ねてしまった。
「兄さん、兄さんは、俺に白竜じゃなくて、他の子と遊んだほうがいいんじゃないかって言ったことがあったよな?あれはどうして?」
ケータイ越しに、再び、躊躇うような沈黙が続いた。
「……」
けど、俺がじっと待っていると、哀しそうな声音で、話してくれた。
「白竜くんが、いけないことをしているのを、見てしまったから……」
「いけないこと?」
「スーパーで…白竜くんがポケットに電動カミソリを入れて…お金を払わずに、お店から出て行ってしまったのを」
俺は息をのんだ。
白竜が万引きを!?
「とっさだったから、声をかけそびれてしまって…。白竜くんは、とても慣れているようだった。それで余計に驚いて、足が動かなかったんだ」
そういえば、白竜の宝物の中に、電動カミソリがあった。
他にも、歯磨き粉だの、スコップだの、猫缶だの、変わったものが混じっていた。
それに、ディスカウントショップで白竜を見かけたとき――。
何故、あのとき白竜は、ヘアケア商品の棚を、じっと見つめていたのか?
白銀の髪を揺らして背中を向けたとき、白竜の手で、小瓶のようなものがチカリと光り、ズボンの中に消えたようには見えなかったか?
もし――もしも、白竜のコレクションが、万引きの戦利品だとしたら――。
手に汗を滲ませ、息を潜める俺に、兄さんがさらに衝撃的なこと告げる。
「それだけじゃないんだ…。白竜くんは、京介が大切にしていた文鳥を、殺そうとしてたんだ」
「!」
兄さんが、苦しそうになおも声を絞り出した。
「白竜くんが文鳥の喉を締め付けているのを、学校から家に帰ってきたときちょうど見てしまって、夢中で止めに入ったんだ。
白竜くんは、お手洗いを使うのに降りてきたんだと言っていた。そうしたら、文鳥が遊んでほしそうだったから、相手をしたんだと。でも、どうやって手に乗せればいいかわからず、首をつかんでしまったって、しょんぼりしていたよ…。
けど、それ以来、白竜くんのことが怖くなって……。
そしてその文鳥が亡くなったときも、やっぱり白竜くんがやったんじゃないかって…疑ってたんだ。
そんなこと考えちゃダメだと思っても、白竜くんが遊びに来た日に急に亡くなるなんて、タイミングが良すぎる気がして…。あのとき、文鳥の喉から、血が滲んでいただろ?どう見ても、病気で亡くなったんじゃなくて、針とかピンで、喉を突き刺したように見えたから…。文鳥を可愛がっていた京介が、そんなことするはずないし。だとしたら、白竜くんしか考えられなくて…」
頭の中に、冷たくなり動かなくなった白い小鳥の姿が、浮かぶ。

―どうして?どうして、死んじゃったの?どうして喉は、赤くなっているの?

泣きながら訴える俺に、兄さんは真っ青な顔で言葉を濁していた。
そして白竜は、やわらかく微笑み、文鳥は宇宙へ行ったんだと言い、文鳥の物語を聞かせて、慰めてくれたのだ。
あのときの白竜の笑顔が、まったく別の印象を帯びてくる。

暗い感情を裏に隠した、毒のある笑み――。

背筋を、旋律が駆け抜けた。
記憶の奥底から、もう一つ、別の映像が浮かび上がってこようとする。
ゆらゆら揺れる白いカーテン、黒板、水槽、机。
小学生の俺。
小学生の白竜。
二人きりの、朝の教室。
頭が割れるように痛くなり、一瞬、喉が強く締め付けられた。
「…っ」
「京介!?大丈夫か?」
ケータイの向こうでも俺の異変に気づいたのか、兄さんが慌てたように声を上げた。
「…平気だよ。少し、目眩がしただけ」
そう応えれば、兄さんは申し訳なさそうに言葉を続けた。
「ごめんな……。俺が、ヘンな話をしたから」
「ううん、話してくれてありがとう。それじゃあ」
「ちょっと待ってくれ」
通話終了ボタンを押そうとしたとき、兄さんの制止の声を聞き、その直前で指の動きを止めた。
「…京介、俺は白竜くんのことが怖くて、京介から遠ざけようとしたけど、白竜くんが屋上から飛び降りたと聞いたとき、とても後悔したんだ。
白竜くんが幼いときに、年上として、白竜くんをきちんと注意していればよかったって。そうやって、正しい方向を教えてあげることができていたら、白竜くんは飛び降りたりしなかったんじゃないかって…」
胸の奥が擦れ、小さな音を立てる。
この二年半、兄さんも苦しんでいたんだ…。
夜の道で迷っているのは、子供だけじゃない。大人だって、迷うし、間違うことがあるんだ。
兄さんは小さな声で、呟くように言った。
「京介、白竜くんの…力になってあげてくれ」
俺が、「…うん」と答えると、兄さんは先程の暗い様子とは違い、いつもの優しい口調へと変わった。
「それじゃあ京介、またね。風邪に気をつけて」
「ああ。兄さんも体調には気をつけて」
そう言い合い、通話を終了させた。
そしてパタリと携帯の蓋を下ろした。


その晩、夢を見た。
晴れた日の朝、息を弾ませて教室のドアを開ける俺。
今日は、白竜はどんな物語を聞かせてくれるのだろう。楽しみだなぁ。けど、その前に、金魚に餌をやって、水槽の掃除をしてあげなきゃ。
ふわりと、白いカーテンが大きく持ち上がる。
その向こうに、小学生の白竜が立っている。
白竜は冷めた目で、水槽を見おろしていた。
口元に刻まれた小さな笑み…。
腹を見せ、ぷかぷかと水槽に浮かぶ、金魚の群れ。

―金魚、みんな、死んでしまったな。

水槽に駆け寄り愕然とする俺の耳に、そっと忍び込む白竜の呟き。
かすかに香る、石鹸の匂い。
白く泡立つ水槽の水。
俺の手に触れる白竜の指先に付着した、白と青の粒。

あれは、洗剤だったのではないか?

白竜が金魚の水槽に、洗剤をばら撒いたのではないか?

だって、あのとき、白竜は笑っていた!

氷のような恐怖が、背中を突き抜ける。
ゆらゆら揺れる白いカーテンの向こうから、白竜のささやきが聞こえる。

ああ、かあいそうに。
かあいそうになぁ。
金魚は、かあいそうなことをしたなぁ。
文鳥も、本当にかあいそうなことをしたなぁ。

剣城も、俺も、生きているものは、みんな、かあいそうだなぁ。

「―――!」

ベッドから身を起こした瞬間、ナイフのような冷気が全身を刺した。
時計を見ると、もう朝だった。
なのに、部屋の中は薄暗く、カーテンの向こうは、生き物が死に絶えてしまったのかと思うほど静かだ。
「いまのは…夢?」
汗が、額と首筋に、びっしりはりついている。
俺は、毛布の端を、ぎゅっと握り締めた。
いや、違う。
夢だが、本当にあったことだ。
あのとき白竜が微笑んでいた意味を――白竜から漂っていた石鹸の香りを、指に付着した洗剤の粒を――俺は考えないようにし、忘れていたんだ。
ディスカウントショップで、白竜を見かけたことも、白竜の不審な行動もすべて、鍵をかけて胸の奥にしまい込んでいた。
割れるように痛む頭を抱え、奥歯を噛みしめる。
白竜に関するたくさんのことを、俺は見過ごしにしてきた。
この先、どうすればいいのか。なにをすることが白竜のためなのか、答えに辿り着けるのだろうか。
闇に押し潰されそうな息苦しさを感じたまま、俺はベッドから降り、カーテンを開けた。
外は雪が激しく舞い、薄墨色の世界が広がっていた。屋根の上にも、道路にも、灰色の雪が降り積もっている。
都内で、ここまでの大雪は珍しい。
パソコンを立ち上げ、ネットに繋いで気象状況を確認しようとしたとき、メールの受信に気づいた。
送り主の名前はアルファベットで、添付ファイルがついている。ウイルスか?
削除しようとした瞬間、手が止まった。
送り主の名前、表題、添付ファイルのタイトル。そのそれぞれ違うアルファベットで表記された三つの単語が、頭の中でフラッシュバックする。
白の受賞作のタイトル。そこに登場する主人公の少女の名。そして、その少女が恋する幼馴染の少年の名。
俺は迷わず、メールを開いた。
そこには、その少年の望みを、かなえますか?という短い文章が書いてある。勿論、差出名はない。
添付のファイルは圧縮されている。
答えがYESならファイルを開けろという意味だろうか。矢印を移動させ、ダブルクリックのあと、表示されたメッセージを開くを選ぶ。
容量が多く処理が遅い。解凍ソフトの進行を示す青い帯を、じりじりと睨みつける。
やがて、ファイルの絵が表示された。それを開くと、何枚もの小さな画像がディスプレイいっぱいに広がった。
これは…写真?
表面に黒と赤の点が散らばる画像が、二百枚近くある。
適当に一枚選んで、拡大してみる。黄ばんだ紙に印字された文字を見た瞬間、それが自分の書いた文章だとわかった。
写真は、白の小説のページを撮影したものだったのだ。
だが、それだけではない。
本のレイアウトは、もともとかなりゆったりいており、周りに多めに空白がとられ、行間も広い。その空きスペースに、赤いペンでびっちりと別の文章が書き込まれているのだ。
俺の文章の上には、縦の赤線が引いてある。
まるで、この文章は間違いで、赤い文字で書かれた文章のほうが、正当だというように――!

【お前はとても危険で傲慢で自分勝手で、俺はお前が大嫌いで憎んでいた。
何故お前は、あんな風に残酷に振る舞い、俺を傷つけることができたのだ。
俺の心が、きらきら光る透き通った刃物でずたずたに切り裂かれ、絶叫し、臭い匂いのする血を流し、悶え苦しむのを、お前は笑って見ていた。】

小学生が書くような乱れた文字。
白竜が病室のベッドで、俺の本を抱きしめていたことを、雷鳴のように思い出し、鼓動が速くなる。
表紙が色あせ、ページがボロボロに波打ち、ふくらんでいたあの本――。
この赤い文字は、白竜が書いたのか!?

【いつもいつも、お前は苦しむ俺を見て、愉快そうに笑っていた。
そうして俺にすり寄り、いろんなものを俺から盗み、俺を破壊させた。

だから、なぁ、俺はお前に復讐をしても、許されるだろ?】

『青空に似ている』の、小説家志望の少年のモデルは、白竜だった。
そして、語り手の少女は、俺の分身のような存在だった。
男同士では世間一般的な批判を受けるのはわかっていたため、俺はあえて自分の性別を変えたのだ。
物語は、少女の一人称で語られる。
けれど赤いペンで書かれた物語は、少年の一人称で語られていた。

【お前の間抜けな顔を見ていると、イライラしてやりきれなくなるときがある。
そんなときや、電話がかかってきたときや、ゴミ箱がいっぱいになったとき、俺はいつも、アレをする。

段々目眩がひどくなってゆくような気がするが、かまうものか。
アレをしないと、俺は俺でなくなる。】

少女が語る少年とはまったく違う――暗い炎を胸の内に燃えたぎらせた危険な少年の告白を、俺は画像を端からクリックし、息をすることも忘れて読みふけった。
少年が、万引きの常習犯だったこと。
盗んだ品物に空想をはせ、物語を与えていたこと。

【みんな俺を、嘘つきだという。
自分たちの輪の中から俺をはじき出し、冷たい目で見たり、汚い言葉を囁いたり、意地悪く笑ったりした。
あいつは、嘘つきだ。あいつと口をきいたらダメだ。
だが、俺のほうこそ、あいつらとなんか、一言も喋りたくなかった。
俺は、あいつらにできないことができたし、あいつらに見えないものが見えた。聞こえないものを聞くことができた。

どうして、誰も、空や雲や虹や、木や草や、校舎が、語りかけていることに気づかないのだろう。消しゴムや、下敷きや、バケツやホウキが、自分たちの物語を語って欲しいと頼んでいることが、わからないのだろう。
俺の世界は、いつも新しい物語で溢れ、俺は俺の世界の王様だった。
だから、あいつらの狭くてつまらない世界になど入れてほしくなかったし、一人でも全然へっちゃらだったんだ!】

少年は誇らしげに語る。
自分を取り巻く世界が、どれほど素晴らしいかを。
物語はいつも、きらめきながら少年のものへ降りてきた。空から流れてくる物語を、少年はただ受け取るだけでよかった。
そんな時、少年の前に少女が現れたのだ。

【ある日、お前が、俺の世界に入ってきた。
警戒心のない無邪気な笑顔で、俺に近づいてき、俺に物語をねだった。俺だけが見えていた物語を、俺だけのものだった物語を、お前も共有するようになった。
それが間違いだったと気づいたときには、俺の世界は無惨に荒れ果て、ぼろぼろに崩壊していた。】

マウスを操作する手が、冷たく震える。
少女にとって、少年との出会いは幸福なものだった。少女の世界は、少年によって広がり、どこまでも透明にきらめいた。
だが、少年はそうではなかったのか?
少年とって、少女の存在は、疎ましいだけだったのか?

【学校が終わると、毎日、毎日、毎日、毎日、俺はお前の家へ出かけたな。

しかし、本当は、お前の家など行きたくなかった。
お前の家は、きれいな鳥かごのようで、白い小鳥のように羽を切られ、閉じ込められているような気がし、胸が詰まった。

お前の家が嫌いだった。
お前の家族が、吐き気がするほど、嫌いだった。
けれどお前が、一番、一番、大嫌いだった。】

頭を殴られ、体を切り刻まれるような痛みが、全身を駆け巡る。
少年の―白竜の憎しみの激しさが、ページがへこむほどの筆圧で書かれた文字や、文章から伝わってくる。
真っ赤な字が、今にもパソコンの画面から浮き上がり、俺の目や喉に食いかかってきそうだ。
だが、読まなければ。白竜が、どんな気持ちで俺と過ごしていたのが、俺は知らなければならない。


窓の外は雪がひっきりなしに降っていて、薄暗いままだ。
携帯に影山から、雪で学校が、休みになったと連絡が来た。
俺は、朝食も取らず、続きを読んだ。
時々隅のほうに、メモと書かれた、殴り書きがある。

【また電話。
今日はこれで三十回目。電話は嫌いだと知ってて、わざとかけてくる。
メールにしろと言っても、きかない。受話器の向こうで嫌らしく笑っている。こっちが電話に出るまで、しつこくかけ続ける。

電話がかかってきた。最低だ。死ねっ、B。

どうしても許せず、我慢ができず、こちらから電話をする。途中で切れてしまった。やはり、電話は不利だ。

電話、ムカツク!かけるな!

黙れっ、B!お前の意見など、求めてない!
指図をするな!出て行け!

電話やめろっ。】

頻繁にかかってくる電話に、白竜は苛立ち、怯えている。
よく出てくるBというのは、シュウか?
このブルカニロというのは、名前?
それだけじゃない。
メモの中には、シュウの携帯を盗み取ったり、狩屋のメールしたことを思わせる文章もあった。

【同じ機種を用意して、こっそりすり替えてやった。翌日、真っ青な顔でやってき、中を見たのかや、バカなことはするなや、うるさいから、引っ掻いてやる。役立たずの癖に、説教くさくて、最悪だ!

泥棒猫にメール。

メールの返信。
必死に隠しているが、かなり怯えている。なんだ、こいつ、弱いじゃないか。
簡単にやっつけられる。

Bの計画は、なかなかいい。きっと、剣城は会いに来てくれる。】

シュウが、猫に引っ掻かれたと言っていた傷は、白竜がつけたものだったのか!
そういえばあのとき、俺の携帯に、おかしな電話やメールが来なかったか、しきりに気にしていた。
狩屋が、携帯のメールに怯えていたのも同じ頃だ。
何も気づかず過ごしていた自分の愚かと弱さに、胸がきりきりと締め付けられる。
少年の視点による、もう一つの物語は、まだ続いてゆく。

【あの女に、引っぱたかれたんだってな?嫌いって言われたんだってな?
そうだろうな。
あの女に、お前は俺のものなんだって教えてやったからな。もうエッチもしたって。俺のお下がりでいいのか?でも、お前のこと、不細工のくせに調子づいててうざったいて、俺の前で笑いものにしてたぞ。
あのときの、あの女の顔といえば―。真っ赤になり、目に涙を溜め、ぶるぶる震え、本当に醜悪だったな。】

小学生のとき、クラスの女子にいきなり頬を叩かれ、「大嫌いっ」と言われた。
あのとき、わけがわからなかったことが、落ち葉が突風にさらわれ、その下の道路が露になるように、はっきり見えてくる。

【最近、磯崎とも遊びに行かないな?
どうしたんだ?二人は、親友だったんじゃないのか?
なのに磯崎はお前に、よそよそしくして、勝手だな。嫌な奴だな。
きっと、お前が磯崎との約束を、何度も反古(ほご)したせいだろうな。仕方ない。だって、俺が行ってはダメだと言ったんだからな。】

仲がよかった男友達と、気まずくなっていったこと。
白竜が、「剣城には、俺がいるから、いいだろ?」といって、慰めてくれたこと。

【そうやってお前は、一人になっていったな。
お前の周りには、俺以外、誰もいなくなった。
ああ、愉快だな。最高だな。】

何故、気づくことができただろう。
ジョバンニが仲間はずれになったのか、カムパネルラの企みだなどと――。

【もっと一人になればいい。
ずたずたに切り裂かれ、ぐちゃぐちゃに汚れ、ぼろぼろに壊れてしまえばいい。
立ち上がれないほど絶望し、慟哭すればいい。】

心臓を貫く痛みに、目眩がする。
白竜、白竜、お前は俺を、こんなにも憎んでいたのか?
暖房もつけずにマウスをクリックし続けたため、体が冷え切り、手がすっかりかじかみ、感覚がない。
それでもれは、画面の移る赤い文字から、目をそらせなかった。
一体、どれほどの時間が過ぎただろう。
自分の息遣いだけが聞こえる冷たい部屋に、オルゴールの調べが流れた。


俺は、驚きに肩を跳ね上げ、机の上に投げ出された携帯電話を見た。
やわらかく澄んだメロディは、『美女と野獣』のテーマ曲だ。
狩屋からだ!
狩屋の携帯は、白竜が窓から投げ捨てたはずだが、修理することができたのだろうか。それとも新しいものを購入したのだろうか。
どちらにしても、この着メロ設定をしているのは、狩屋の番号とアドレスだけだ。
俺は携帯をつかみ、蓋を開いて耳にあてた。
「もしもし、狩屋?」
薄い金属を通して、掠れた声が飛び込んでくる。
「つ…剣城くんっ」
「どうしたんだ?なにかあったのか?」
「あいつが…」
狩屋が必死に声を絞り出す。
「白竜が、どこかへいっちゃったんだっ。こんなに雪が降ってるのに―病院のどこにもいないんだ。それで、部屋に"宇宙へ行く"って書き置きがあったって」






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