小説 | ナノ


▼ 生の夢

第五夜。

 楽園を目指す夢。
 乾いた大地、赤い空。草木の無い荒涼とした星。
 それは青い星の末路だった。
 深緑の楽園は失われ、今や僅かな水が地下に眠るだけの、死にゆく惑星。
 僕は金属のグローブをはめた手で固い地面を掘り、そこに小さな苗木を埋めていた。
 ぽつぽつ、と周りにも同じように幼い木が顔を出し、夕暮れとも朝焼けともつかない空を仰いでいる。
「マスター」
 ヘルメット内に響く声につられ、顔を上げると、長い髪の少女が手の平に水を湛えて立っていた。彼女は植えたばかりの苗木に、僅かばかりの水を注ぐ。乾きすぎた大地に、情け程度の恵み。
 僕と同じような姿をした少女――機械仕掛けの彼女は、人間とは違う透明な青い目をぱちぱちと瞬きし、僕に微笑んだ。
「ノルマは終わりです。ベースへ戻りましょう」
「そうだね」
 立ちあがり、グローブの土を払う。振り返れば同じように宇宙服に身を包んだ数名の老若男女が、アンドロイド達と一緒に木を植えていた。
 青年型のアンドロイドが幼い少女が必死で土を掘っているのを優しげに手助けし、しっかり背を伸ばしている老人が入ったばかりの新人アンドロイドにプログラミングという名の教育を施していた。
 そんな光景がなんだか微笑ましく、思わず頬が緩んだ。
「マスター、楽しいんですか?」
「うん。いつかここも青い星になるのだと思うと、なんだか」
「……ええ、私にも分かります。きっと素敵な星になりますよ」
 細い指を絡め、彼女はうっとりと眼を細めた。心があると思わせるほど複雑化した電子回路の応答とはいえ、僕はその言葉が本当に嬉しかった。
「そうだね。また緑の生い茂る美しい星になるだろうさ」
 ざらざらした地面を踏みながら、丸いベースを目指した。
 この星が、かつて水と緑を湛えた命の楽園になる事を祈る。

第六夜。

 約束する夢。
 なんと輝かしい斜陽だろうか。
 私はその眩しさに目を細める。柔らかな花々の咲き乱れる花園で、ひとり。
 海の見える場所だった。優しい波の音が繰り返し繰り返し打ち寄せ、風に揺られた花弁が海へ還っていく。
 しばらく座り込み、ぼーっとそんな景色を見つめていたが、はっと脳裏に過った愛しい人の事を思い出し、長いスカートを持ちあげて立ちあがると、花がくしゃりと汚れてしまうのも構わず走り出した。
 どこまでも続く花園。甘い匂い。終わらない夕焼け。
 過ぎ去っていく景色達を、どこかで見たような、と思いながら流していく。
 小さな石段の上をぽんぽんと飛び、煉瓦の小道を走る。均一だった花の種類がいつしか多様化し、目にも彩にはればれと咲き誇っていた。
「……まって!」
 私はようやく、お目当ての場所へ辿りついた。花の寝台の上で横たわる、髪の長い男性。彼は美しい銀髪を燃える夕日に染め、色白の顔をこちらに向けると嬉しそうに微笑んだ。
「来てくれたんだね」
 弱々しく掠れた声。導かれるように私は彼の傍へ座り込むと、冷たい手を持ち上げて自分の頬に押し当てた。
「ねえ、行ってしまうの」
「うん。けれど、お別れではないよ」
「何故?」
 男性は涙を流す私へ微笑むと、胸に置いていた手をこちらへ向けた。手のひらから現れたのは、小さな十字架の首飾り。
「これを君が持ってたら、また出会えるから」
「嘘だわ」
「本当だよ」
 そう言うと、彼の手が花の上に滑り落ちた。投げ出された十字架を拾い上げ、私は痛いほどそれを握り締める。赤い夕焼けが血の様に彼を染め上げ、花に包まれている様は言葉にできないほど美しかった。
「……信じるわ」
 私はそう言う事しかできず、ただ彼を抱き上げるとさめざめと泣いた。

第七夜。

 旅立ちの夢。

「お前は目覚めなければならない」
 中年の男性が私に言った。目覚めるとは、一体。私は茫然としながら、取り囲む人々を見回す。
 彼らは決して責める様な物言いではなかった。感嘆を含んだどよめきが灰色の部屋の中を満たしていた。
「お前は目覚めるべきなのだよ、×××。」
「大丈夫、新しい世界はよい所だから」
「それまで君は旅立つ準備をしなければいけないね。私達が手配するから、×××はしばらく、好きに生きるといい」
 それだけ言うと、彼らは私を部屋から閉め出した。扉のからは喜びの声が漏れている。
 ひとり、灰色の街で、空を仰いだ。途切れない曇天があった。この街は、世界は、しばらく青空を拝んでいない。
 新しい世界。僅かに聞いた事のある響きだった。今いる場所よりも明るく、美しい空が見えるのだという。
 私の生まれた世界には土が無い。全てコンクリートで覆われ、雨すら降らず、年々人類は数を減らしているのだという。
 冷たいコンクリートの道を歩き、地下に通じる階段を下りた。行くあてもなく、ただ歩き回る。
 虫の死骸、蜘蛛の巣、コンクリートの欠片すら落ちていない綺麗な階段だった。時折悲しげに電灯が鳴く以外、音は無い。
 荒廃した地下街。生命の欠落した世界。
 ふと、色彩豊かな入口があった。火に魅せられる蛾のように、私はふらふらと中へ入って行った。
 地下街にあるゲームセンターだった。きらきらと輝く光と、洪水の様な音。今まで歩いてきた所の中で一番温かいと感じる場所。
 埃を被ったぬいぐるみ達がゲーム機の中で微笑んでいた。賞味期限の分からない菓子が、鮮やかな光の中でくるくると回っている。
 無人の娯楽施設を歩く事が、私の唯一の趣味だったように思える。期待からか、胸がトクトクと跳ねるのが分かった。
 施設で生きている私には持ち合わせが無い。ケースの中にある可愛らしいぬいぐるみを、じっと見つめた。
 と、誰かが後ろに立っている。振り返ると、見知らぬ少年が半ば睨みつけるように、私を見ていた。
 この人はこれをやるのだろうか、ぬいぐるみに後ろ髪を引かれながらも、機体から離れる。
 他の場所で暇を潰そう。入口をくぐろうとした時、白衣の男性が走ってきた。
「ああ、いたいた。×××、何を持っていきたいのか教えてくれないかな」
 男性は笑顔で私の腕を引くと、地下からあの部屋へ連れて行く為に歩きだした。
 もう一度、ゲームセンターを振り返る。
 あの少年が、また私を見つめていた。
 引かれるままに元来た道を男性と共に歩く。
「君はお菓子が好きだったね。箱にはクッキーとカルメイルを入れるつもりだよ」
「カルメイル……」
 何層にも重なったさくさくの甘いパイ生地とミルクチョコレートの菓子の名前だ、と思い出した。
 人類は減少を辿ったものの、素晴らしい技術のおかげで、上質な食べ物を口にする事が出来る。太陽が昇らずとも、植物や家畜は地下のファームで薬品によって成長し、出荷されるのだ、と脳内の知識が物語った。
「それ以外にも何か欲しかったら言ってね。勿論、下着も服もあるけれど、本や、ノートは?」
「………」
 私はこくんと頷いた。道中にあった窓硝子に映る私は、白い服と薄い色素をしていた。白い髪は無造作に伸ばされ、赤い目が虚ろに私を見つめている。
「ほら」
 男性は重そうな扉を開けると、私を招き入れた。他の人々が私を囲み、欲しいものは何か、と聞いてくる。
 ちらりと見えた布の箱の中には、色の無い街とは対照的なパステルカラーとビビッドカラーの菓子の袋、服、その他私が喜びそうなものが詰められていた。
「目覚めるのだから、沢山持っていかなきゃ」
「二度と戻ってこれないのだから」
「何が欲しいの?」
 彼らは矢継ぎ早にそう言って、私の返答を待った。
「……ぬいぐるみが欲しい」
 先ほどまで騒いでいた人々が、ぴたりと静かになった。彼らは顔を見合わせると、それぞれメモや本、付箋の沢山付いた資料を手に、何かを調べだす。
「ぬいぐるみか」
「予想外だな……まあいいか」
「適当になんでも持ってこい!」
 そうして慌ただしくばたばたし始めた人々を尻目に、私はもう一度部屋を出ると、先ほどのゲームセンターへ向かった。
 歩きながら、この世界は、もう女性がいないのだと思った。白衣の人々の中には、女性が居ない。
 母親が居た様な気がしたけれど、それは誰だったのか。どんな人だったのか。
「……思い出せない」
 ゲームセンター内にあるベンチに座ってそう呟く。相変わらず明るい光の中で、商品がくるくると踊っていた。
 あの少年はいなかった。

 そして、しばらくして、私が目覚める時が来た。
 ゲートの向こうに扉が見える。白衣の人々は、このゲートを越える事は出来ないのだと言っていた。おかげで足元には何かがパンパンに詰まった箱が置いてある。
 見送りには、誰も来ていない。
 私は箱を抱え、すんなりとゲートを越えた。一度入ってしまったら出られないのだと、こっぴどく言われたような気がする。
 二度と戻ってこれないと言われた割には、あっさりと扉を開いた。中には白いベッドが一つあるだけだった。
 箱をベッドの隣に置いて、ゲートの方を振り返る。あの少年が、慌てた様子で走ってくるのが見えた。
「待って!寝るな―――」
 彼が何か言っていたが、私は構わず扉を閉めるとベッドに横になった。
 これで私は、新しい世界へ旅立つのだろう。

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