第二部 | ナノ


▼ 第九楽章〜配達依頼〜

 貴族たちの住む区域は王都の中心部にあり、騎士たちによって厳重に守られている。相変わらず人で溢れ、栄えている町並みを通り過ぎ、職人の工房やギルドハウスの連なる通りを抜けてさらに先へ行けば、そこに入るための簡単な関所のようなものがあった。
「ギルド『暁の剣』よ。依頼の為にアレクサンディア・フォン・ティルローズの元へ行かせてもらえる?」
「旦那様から通行の許可は既に出ている。さあ、通れ」
 偉そうに騎士は頷くと門を開いた。
 門の前に立って警護している無愛想な騎士の横を通り過ぎれば、小奇麗な屋敷と丁寧に敷き詰められた石畳の広がる貴族街が存在する。
 美しく着飾る婦人たちが道の端にある傘つきの椅子に座り会話に花を咲かせ、各家の使用人が慌ただしく歩き、子息が貴族街にある騎士学校に通うために馬車に乗っているのが見えた。
「……綺麗ですね」
「貴族のための箇所だからね。でも、そんなに私たちの住んでいるところと変わらないわよ」
 ふん、と鼻を鳴らしたリフィアは険しい顔で先陣を切って歩き出してしまった。
 セナはリフィアと交代して持った箱を抱え直し、彼女のあとについて行くと、茨と剣の紋章が刻まれている大きく豪奢な屋敷が見えてくる。リュシアンがセナに「ここが目的地だよ」と耳打ちして教えてくれた。
 ごんごん、と扉を叩くと中から使用人の一人が顔を出して、リフィアの顔を見る。皺の刻まれた使用人の顔が、驚愕と喜びにぱあっと輝いた。
「お嬢様! お戻りですか!」
「……お、お嬢様!? リフィア、もしかして……」
「ん? 私の名前、リフィア・ティルローズでしょ。この家の出よ」
 それだけ言うと、リフィアは使用人にギルドの用件を伝えると、中に通すように手配してもらっていた。
 使用人は今にも泣き出さんとばかりに顔を歪め、嬉しそうに屋敷の中へ消えていった。しばらく他の使用人が手に掃除道具や書類、菓子を手に廊下を歩いていくのを見つめながら待っていると、入っても良いという許しが出たようだ。
「さて、行きましょうか」
「リフィア、母さんに挨拶はいいのか?」
「……別に。どうせもう戸籍上母親ではないんだし、今は帰省じゃなくて依頼よ」
 ギルドハウスよりしっかりした廊下を、男性の使用人に導かれて進んでいると、リフィアを呼ぶ声が聞こえてくる。
「リフィア!帰っていたのか!」
 声の主はくしゃりとした紫の髪、紫の瞳の男性だった。赤の騎士服に身を包み、剣を腰に下げて意気揚々と手を振ってくる。その姿はリフィアによく似ているとセナは密かに思った。
「あ、兄さん元気? 騎士の任務はどうしたのよ」
「リディアとリドラがやってる。なんだよー、言ってくれれば菓子の一つや二つ用意したのにな。そっちは依頼だろ? お疲れ」
「兄さんもね。姉さん達は元気なの? もう嫁いだのかしら」
「リリアとリノアは嫁いでいるな。あと二人はまだ騎士として働いているよ」
 いきなり兄の登場に、置いてきぼりのセナとリュシアンは二人を見つつ、こそこそと話をし始める。
「リュシアンさん…彼は誰でしょう。お兄さんと言っておりますが」
「ティルローズ家の長男、現歩兵隊の隊長だよ。名前はリグドア。リフィアには七人の兄と姉がいるんだよ」
「……そんなに!?」
 セナが驚いているうちに、リグドアはどこかへ行ってしまったようで、リフィアと使用人が歩き出してしまう。慌てて追いかけていると、そのうち肖像画の飾られた回廊に出た。そこにはティルローズ一族個々の肖像画とひとつ欠けた空所、きらきら輝く手入れされた武器が壁にかかっていた。
 その一つ欠けた空間、リフィアの言葉を思い出し、何を指しているかなんて明白だった。セナはちらりとリフィアを見るも、彼女は真っ直ぐ廊下の先を見るだけで肖像画には目もくれなかった。

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