▼ 第九楽章〜配達依頼〜
夜の王宮はとても静かだ。
窓から差す月明かりが白い石の壁や柱を照らし、壁掛けの燭台にはめ込まれた、発光する魔石が仄かな光を揺らして廊下を僅かに明るくしていた。
普段よりも市民街の巡回が遅くなったリオは、時折すれ違う見回りの騎士や用事のある使用人以外いない静かな廊下を経て、自室に戻るところだった。
欠伸を噛み締めてこらえつつ、丁度王の部屋の前を通り過ぎたとき、妙な言葉が扉から聞こえてきた。
「……、それで、あの少女は……」
リッフェルデンが言う少女に当てはまる人物が、何となく心当たりのあったリオは思わず扉に近づき、聞き耳を立てていた。
「(なんだ……?)」
聞こえてきたのはリッフェルデンの低く掠れている声と、妖艶な女の声。女の声は淡々と言葉を紡いでいるのに対し、リッフェルデンはひどく重い。
「……そうよ、あの子のこと。あの子は若くして死ぬわ。それもひどい死に方よ」
「お前の予言か?」
「そうね。魔女が占う未来の予言よ。可愛そうだけれど」
リオは歪んだ扉の隙間から、紫色の蝶を介して女の声が出ているのに気がついた。幻影森の魔女がよく使う通信魔術だろう。
その会話の内容が、自分の知る少女に関するものであり、更に生死についてのことであったせいか、まるで頭を殴られたような衝撃が走った。
けれど、自分が知っていて何になる?
「(……くだらない)」
盗み聞きしたことに対する罪悪感を覚えつつ、どうせ魔女の戯言だろうとリオは決め付けると扉から離れ、自室に向かうことにした。
胸の奥に、彼自身気がつかない微かなざわめきを抱きながら。
「リフィア、次はどこへ向かいましょう?」
「一旦王都に帰って、貴族の館に行くわ」
依頼を受けたセナ、リフィア、リュシアンは近隣の村を訪れ、とある箱を依頼主から受け取った。
細い箱であるのにずっしりと重いそれは、中に由緒正しい武器が入っているという。今回の依頼はこれを王都にいる、武器収集を趣味とする貴族に送り届けることだ。
歩いてわずか数時間の距離にある村から王都への道のりは比較的容易で、時折襲って来る液状の魔物や、巨大化し凶暴になった野生生物をリュシアンがことごとく蹴散らしているだけである。
箱を持っているのはリフィアであり、特にやることのないセナは、取り敢えず異変はないかと常に周囲をキョロキョロと見回していた。
「貴族ですか」
「まあな。そこそこ依頼で関わってくる人だよ。ただちょっと怖いから注意な」
丁度襲いかかってきたスライムを、赤い魔石の力を借りた拳で殴り、炎で焼き切ってしまったリュシアンはふざけたように、セナに対してがおーと両腕をあげて脅かすような素振りを見せた。
そんなこんなで平坦で整備された道を歩き、太陽が真上に来た頃にようやく王都に帰ってくることができた。
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