思春期 | ナノ




本物になるまで2




扉を開き中に入る。電気をパチっと付けて、見慣れた部屋になんだか少しほっとした。
財前が今日帰ってくるわけではないのに、なんだかここにいれば財前に会えるような気がしていた。
どっちにしろ、今から大学に行く気にもならないので今日は休もうか。サボりなんてなかなかしないしどうせだからゆっくりしよう。俺は真面目な方だったはずだが、面倒くさいと思うことだってあるわけで。
荷物を下ろして冷蔵庫から水を出し飲んだ。
冷蔵庫には飲み物とかしか入ってなくて、買いに行かなきゃなぁと思ったけれど今は行く気になれない。

ほぼ気まぐれに財前の部屋のドアを開き、中に入る。
今まで互いに勝手に入るなと言ったことはないし言われたこともないので、特に躊躇うこともなかった。
財前のベッドに寝っ転がり、少しぎしりとなるスプリングがなんだか懐かしい。変な話にはなるけど、ここ最近そういうこともしないので一緒のベッドに寝ることもない。
枕に顔を埋めると俺と同じ匂いに混ざり微かに財前の匂いがして落ち着く。なんだか今の自分が変態くさいなぁなんて思いながら、目を閉じる。眠くはならなかったけれどなんだか目をつぶるだけで疲れが抜けていくような感覚がした。財前に包まれている様で心地いい。


「………蔵ノ介さん?」

あー、夢かな、なんて思いながら返事をすると頭を撫でられて、財前の手だと分かった。少し目を開けると、まだその感覚は続いて、ゆっくり振り返る。
そこには多分、夢ではない財前がいて少し驚いたけど、先に嬉しさの方が来た。

「おかえり、財前。」

財前はまだきょとんとしていて、その表情のまま「ただいま」と言った。



財前のベッドに二人で腰掛け、財前に寄り掛かる。嫌そうではないのでやめなかった。

「なんで、帰ってきてはるんすか?」
「財前こそ、なんで?」

どちらもどちらかが答えるまでは答えまいと思っているためしばらくの沈黙が続いた。やっと財前の口が開いたと思ったら、

「寂しくなったんですか?」

からかうようににやりと笑うから、少しむっとした。

「寂しくなんか、ならんよ。」

意地を張っているようにも見えるかもしれないが、寂しいというには違う気がした。いや、もちろん寂しいというのもあったのだけれど、

「でもな、」
「はい。」
「なんか財前がおらへんとおかしいなって、思ってん。」

財前が驚いた様な顔をして、すぐ元の表情に戻る。

「財前のいる生活が普通になっとったから、なんかおらんとおかしいねん。」

いつもいる人がいない、それはきっと、寂しいというよりも不思議な感覚。怖い、とも違うような、

「俺な、財前がおって嬉しいって改めて思うことが、なくなった。」

財前に寄り掛かっていたのをやめて真剣に財前を見ると財前もどこか真面目な表情になった。

「でもな、財前がおらへんかったら、変やねん。財前がおって嬉しいとか何か感じることより、財前がおらへんとき違和感、とか感じることのが多くなってん。」

一緒にいることが貴重ではない。でも伝えたかったのはそれではない。自分でも、分からない。

「これって、悪いことかなぁ。」

当たり前になるのは、悪いことなのか。きっと今の俺は財前と一緒にいれるのが幸せなのではなく、一緒にいられないことを不幸だと嘆くだろう。
一緒にいられないことこそ、当たり前だった頃とは違うのだから。

財前の手が俺の頬を撫でて、財前の真面目だった表情が、優しく微笑んだ。

「悪いことあらへん。」

途端抱き寄せられ、さっきよりも強い財前の香りに包まれた。最後に抱きしめられたのはいつだっけか。

「あのね、蔵ノ介さん。俺も、蔵ノ介さんがおらんのが変な感じがして、戻ってきてしもた。」
「…うん、」
「でもそれって、めっちゃ幸せやないですか。」

えっと声が漏れて、財前を見ようと身体を離そうとするが離してはくれない。

「ちょっと、今から恥ずかしいこと言うから顔見んといて下さい。」

そう言われ大人しく財前の肩に頭を預けた。いつの間にか、こんなに大きくなっていたんだ。

「俺は、蔵ノ介さんにとって何かなって、考えたんすわ。」
「…俺にとって?」
「はい、でも、全然分からんくて、もやもやしとった。」

財前がこんなに色々話すのは、珍しいかもしれない。思ったことははっきり言う奴ではあったけれど。なんか、自分の弱いとことかは見せないから。

「でも、スッキリしましたわ、今分かったし。」
「え?」
「中学んとき、蔵ノ介さんと付き合えてめっちゃ嬉しかった。俺、死んでまうくらい、一生分の運使い果たしたんやないかなって思った。」
「んな大袈裟な…」
「蔵ノ介さんがおるだけで幸せやった。」

なんだかそう言われると、照れるというか恥ずかしい、というか。
こくんと頷くだけにして、財前の話を聞く。

「蔵ノ介さんがおるだけで贅沢もんやったけど、まさか高校生でも、今になっても一緒なんてあん頃の俺は欲が無かったんかなぁって思いますわ。」

キスやセックスはしましたけど、と財前がさらりと言ったので背中を殴った。だがあまり効いている様子もなく、または見せてないのか財前は続ける。

「でも、一緒に暮らしはじめてから、一緒にいるのが嬉しいとかはなくなった。」

財前も、同じなのか。

「当たり前に、なっていった。やけど」

ぎゅうっと抱きしめられる力が強くなり、息が漏れた。

「いなくなったら、家に帰って蔵ノ介さんがいなかったら、なんか変なんや。」
「…ざいぜ」
「それって、蔵ノ介さんが俺にとって『なくちゃならない』存在やっちゅーことやと、思います。」

財前の言葉にぽかんとして、そんなこと言われると思っていなくて、一気に顔が熱くなった。
俺が、財前の当たり前になれたということが、今は嬉しかった。

「『いたら嬉しい』存在やないんです。絶対、なくちゃあかんのです。」

なんか、プロポーズみたいだなぁなんて思いながら、俺にとって財前はなくてはならない存在であることに気付いた。好きとか、そんなのもう次元が違うような、いるのが当たり前という存在。

「やから、一緒に住んで悪いことなんかなかったんですよ。」

少し滲んでいる視界は、はやく財前を見たいと訴えている。肩を思い切り押して財前の顔を見ようとしたけど勢いあまって押し倒してしまった。
びっくりしている財前の顔は真っ赤で、目がいつもより潤んでいる気がする。

「俺も、財前がいなきゃ嫌や。財前がいなきゃ、不幸や。」
「………はい。」
「俺さ、男だし、財前も男だし、同棲がもう結婚みたいなものだろうなって思っててん。」
「はい。」
「財前も、そうなんかなって、思った。」

財前の髪は俺に押し倒されて少し崩れたが、そんなの気にする様子もなく笑う。

「同棲と結婚はちゃいます。同棲は同棲。」
「………」
「蔵ノ介さん。」

頬を財前の両手で包まれ、財前の唇が俺の唇と重なった。触れるだけで終わったキスに物足りなさは感じなかったけど、ここまで優しいものに戸惑った。
戸惑っている俺にまた財前は笑って言った。

「蔵ノ介さん、結婚して下さい。」

財前の言葉が、頭に痛いくらい響いて、涙が零れそうになってしまう。

「こ、この状況で言うか、普通!!」
「蔵ノ介さんが俺を押し倒すなんておいしい状況やないですか。」
「なっ…!!ドアホ!!」
「返事は?」
「うわっ!」

財前に腕を掴まれ身体を反転させられる。自分でおいしい状況とか言っておいて、立場が逆転してしまった。結婚の返事を求められているのだろう、何て言うか分かっているくせに。

「………喜んで。」

どちらともなくキスをして、さっきのとは違う深いそれにうっとりとした。財前の舌にからめとられて、キスの隙間から変な声が出てしまう。
離れた唇が名残惜しかったが、財前が俺の手を、っちゅーか、指を、くわえてそれどころじゃない。

「っな、なななにしとんねん!いっ!?」

少し痛みが走り、財前の口から俺の指が抜かれた。それは左手の薬指で、根本に近いところに歯型がついて、まるで

「本当の指輪じゃなきゃ、かっこつきませんけどね。」
「………ええよ、嬉しい。」

ぽろっと堪えていた涙が零れてしまって、でもそれは嬉しくて零れたものだから。

「蔵ノ介さん、可愛い。」
「…可愛ないわ。」
「俺のお嫁さんなんやから、可愛いに決まっとる。」

反則や、そんなの。

「…俺の旦那さんは意地悪やな。」

二人で笑って、キスをしようとするが財前がそれを止めた。なんでと問おうとするが財前の人差し指が俺の唇に当てられる。

「明後日までお預けっすわ。」
「…なんか、俺がねだっとるみたいやんか。」

財前は身体を起こし、「そろそろ戻ります」って言って玄関に向かう。俺も慌てて玄関に向かって、でも大学に行く気ももうないので財前を見送ろうとして。

「蔵ノ介さん」
「ん?」
「いってらっしゃいのキス。してくださいよ。」

にやりと笑って財前がこちらを見たので視線を逸らしたが、体温は上がっていく様だ。

「さっきは、止めたくせに。」
「いってらっしゃいのキスはちゃう。お嫁さんなんやから、できるでしょ?」

ちらっと財前を見るとなんだかもうなんでもいいやって気になってしまって、財前の肩に手を置き唇を重ねた。

「……いってらっしゃい。」
「いってきます。」

笑い合ってから、財前が部屋を出る。
行ってらっしゃいと言われたのは今日で2回だが、言ったのは今日初めてだ。なんだかそれが嬉しくて仕方なくて、明後日が待ち遠しくて仕方ない。
夕方頃になったらあっちの家に戻らなくてはいけないが、まぁ大丈夫だろう。
指に僅かにまだ残っている痕は、本当に僅かだけれど、きっと消えてもこの薬指を見る度財前を思い出す。本物の指輪じゃなくたって、思い出す。

それが、当たり前になるころには、俺達は




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