思春期 | ナノ




02


ハッと目を覚ました。じっとりと背中に汗をかいている。鮮明に覚えている、俺は謙也の葬儀に居たはずなのだが、ここは確かに自分の家の自分の部屋のベッドだ。

「…、…頭いった…」

なぜ今までの記憶がないのだろう、倒れでもしたのだろうか。どれくらい寝ていたのだろう?しっかりと自分は寝巻きに着替えている。そもそも、今は何時だ?母や妹の声が聞こえる。となると、まだ遅い時間ではないのだろう。そんなことを考えていると、高い音を慣らし、携帯が震えた。俺に電話を掛けてくるなんて、珍しい奴がいたものだ。いや、珍しい奴が一番親しい奴だったのだけれども、そんな彼ももういない。
いないはずだった。

「………!?」

その画面に表示された名前に自分の目を疑った。そこには確かに、「謙也」という2文字が浮かんでいる。しかし、すぐに我に帰り、きっと謙也の弟かなにかが電話をしてきているのだろうと考える。謙也のことでなにか聞きたいことでもあるのか、それか謙也の家に忘れ物でもしていただろうかと思いながら通話ボタンをタップする。

「…はい、もしもし」
『あ、白石?やっと出た、遅いわ〜』

その声を聞いた瞬間、俺の思考は止まった。あれ?俺はこの声を、よく知っている。誰だっけ、いや、誰だっけっていうか、1人しかいない。いないはずなのだが。

「………誰?」
『はぁ!?何?それギャグか?おもんないで!』
「……謙也?」
『俺の携帯から掛けたんやからそうに決まっとるやろ!』
「…お前、なんで生きとるん」
『はぁ!?』

聞き間違えるはずがない、謙也の声だ。紛れもない、謙也だと、俺はそう思った。

『…なんや白石、悪い夢でも見とったんかー?皆殺しにされる夢ーとか、はははっ』

ああ、そうか、そうだ。
俺は夢を見ていたんだ。なんてひどい、謙也が死ぬ夢なんて。そう思うと一気に身体の力が抜けて、ベッドへ再び倒れ込んだ。

「…ん、そうみたいや」
『俺夢の中で死んだん?』
「…うん」
『ひどいやつやなぁ、殺すなや!』
「ほんまやな、人の夢ん中で死ぬなや」
『んな無茶な』

俺は心底ホッとして、そのまま謙也との会話に戻った。

『白石、宿題終わった?』

また、一瞬思考が止まる。同じことが、夢の中でもあったような気がした。

「、…え、ああ…終わった」
『まじかー!さすがやなぁ…分からんとこあるねんけど』

デジャヴなんて良くあることだ。そんなに気にすることでもない。夢の中の彼は、珍しく数学の応用問題で躓いたと言っていた。

『数学のさー、なんか最後の方にめっちゃ応用問題載っとるやん?』
「、………」

まさか。いや、このくらいの偶然なら、有り得るだろう。たまたま、夢と一致しているだけだ。でも、もし、応用の問5だったら

『問5がいまいち理解できんでさ』

俺の夢と、全く一緒だ。何故?さっき止んだはずの冷や汗がじわりじわりと戻ってくる。俺が見た夢と全く同じ、俺が謙也にした会話と全く同じだ。

「…謙也、今日って、何日か分かる?」
『今日?今日は、8月29日やろ?大丈夫か?』
「、…そうか、そうやんな」

明日は、夏休みの最終日。夢の中で謙也が死んだ日だった。そして、その前日の会話は、今の会話とほとんど同じだ。

「…その問題、基本の3と5よく見直せば出来ると思う」
『えー……あ、…んー?……!あー!そういうことか』
「うん」
『白石、おおきにな、助かったわ!』
「…うん、謙也」
『、?うん』
「…明日、……あの、事故には用心してな」
『?なんやねんいきなし』
「……あのさ、出来れば外に出ないでいてくれた方が…」
『…あ。わかった、夢のことやろー?』

そうだ、夢のことだ。たかが夢のこと。それがこんなにも、俺は気になってしまう。あれが正夢になるのではないか、また、謙也が死んでしまうのでは?馬鹿みたいだと自分でも思うけれど、あまりにも夢がリアルだったから、そして、夢に忠実に現実が進むから。

「…うん、そうなんやけど……なんか、嫌な感じするから…ほんまに」
『はは、かわええやっちゃ』
「…謙也、俺ほんまに」
『分かった、明日は家から出んようにするさかい』
「約束やで?」
『おー、かわええ白石のお願いやからな』

何故か少し嬉しそうな声色にホッとする。やはり、ただの杞憂かもしれない。こんなに明るい彼が、明日死ぬなんて俺には考えつかない。そんなシナリオを考える神様など、存在しないように思えるのだ。

「…ほんなら、また学校でな」
『おう、また分からんとこあったら電話するかも』
「分かった、宿題頑張れや」
『さんきゅ、またな!』

そうして電話が切れて、俺は胸をなで下ろした。思い出せば出すほど、夢で良かったと思った。彼は生きている。これからも、俺の傍に居てくれる。



嫌な予感がしたのだ。俺は確かに、そう感じたのに。

空き巣ですって
長男だけ留守番してたんでしょう?
かわいそうに。

謙也は死んだ。バイクに突っ込まれて、ではなかった。空き巣に入った男に殺されたらしい。ここら辺では目立つ謙也の家は、空き巣にとって静かな昼間の時間帯、格好の獲物だったのだろう。俺のせいだ。俺が、明日は外に出るなと、そう言った。だから謙也は、空き巣に刺されて死んでしまった。ごめん、ごめん謙也、ごめんなさい。同じように泣く周りの人々は、謙也へ憐れみの目を向けていた。

かわええ白石のお願いやからな

どんな顔で、そう言ったのだろう。なぁ、謙也、俺のお願いは、お前に生きててもらうことなんだけれど。ごめん、怖い思いをさせて。俺のせいで。どうかこんな俺の願いを聞いてくれる神様がいるのなら、俺をこの夢から、救い出して下さい。どうかこの現実も、夢でありますように。



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