1歩ずつ | ナノ


▽ 1話


大丈夫、できる。
昔を思い出して。
平気、落ち着いて。

スゥ、と一度深呼吸をして一人暮らしで誰もいないけど行ってきますと言って外へ出る。

『…よし』

キョロキョロと周りを見て歩き出す。
まだ朝でここが少し狭い道のせいか人はいなかった。
今日からこんな綺麗な桜の並木道を通って高校に通うのかなんて考えたら胸が弾んで、不安で仕方なかった気持ちがすこし軽くなった気がする。

住む家も場所も違う。制服も中学の白のブレザーから高校の黒のセーラーに変わった。
環境だって今までとまるで違くて、新しい生活が始まるんだって思ったら自分もちゃんと変われるんじゃないかって思えた。
…ってダメダメ、思っただけで満足した気になっちゃ。
変わらなきゃ…他人が苦手なのを治して変わる!

『…っ』

なんて意気込んだのはいいものの…大きい通りに出れば人で溢れていて、さっきまで弾んでいた胸はどこへやら。
桜を眺めていた視線も下へ向けがちになって、前を向かなきゃとは思うけどなかなかできないまま、これから通うことになる秀徳高校の門をくぐってしまえば、同じ制服を着た人たちから向けられる視線だとか、先生方の期待の視線や校舎から向けられる先輩方からの好奇な視線が怖くて。
思わず俯いて人や物にぶつからないように最低限の視界にしてしまう。

大丈夫、生まれつき明るい髪は黒く染めたし目立たない。
注目されない。
こんなに人が多いから誰の視界にも入ってないことはないけど、私が誰かの視界に入ったって一瞬。

そうやって自分に言い聞かせて顔をあげようとするけどやっぱり怖くて出来ずじまい。
式も明日するオリエンテーションについての説明だとかも全て終わって担任の自己紹介もそこそこに今日はもう帰るだけ。
詳しい自己紹介だとかは全部明日。

よし、明日こそ絶対。
帰りは来たときより少し顔を上げてちょっとでも慣れて頑張ろう。

「俺、高尾和成っていうんだ。席隣だしよろしくな!」

近くで聞こえたその声に、初めて会った人にこうやって話しかけるなんてすごいなーって、私もこんなふうに普通に喋れたら、なんて憧れた。
…どんな人だろう。

『!』

気になって声のした方にちょっとだけ視線を向けると、どうしてかすぐそばにいた男の人と目が合ってビックリして思わず固まる。

何でこの人私を見て…どうしよう、この人が私に話しかけたの?
何て言ってたっけ?
こんな時どうやって対応すればいいんだっけ…?

なんて思っていたら時間が1秒2秒と経つのは当たり前。
ずっと黙ってたら変に思われる…無理、だ…怖い。
視線を逸らさないままのこの人の瞳には固まったままの自分が写っているのが分かって、つまりそれは見られてるってことで、とそう再度理解してしまうと、その目から逃れたくて思い切り顔を逸らしてしまった。

「ごめんな!泣かせるつもりはなかったんだけど…」
『!な、泣いてない、です…ごめんなさい…』

ああ、折角話しかけてくれたのに…なんて後悔は遅く。
さらにその男の子は、私が泣いたと勘違いして謝ってきた。
確かに怖くて泣きそうになったけど…でも泣いたら何も変われないから、それだけはどうしても嫌で泣きはしなかった。
何も言わないままだと私が泣いていることを肯定するようなものだし、何よりそう思い込んでる彼はきっと罪悪感を持ってしまうと思って、何とか否定するために出した私の声は震えてて小さかったけど、この時私は久しぶりに他人と話すことができた。


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