これのつづき



もう何枚目になるだろうか、俺は新しいタオルを手に取った。目に押し当てて、涙を少しずつ吸い取らせる。眦から零れるほんの少しの水の粒は、タオルを濡らし続け、いずれは乾いたところを失くしてしまう。だから俺はまた、次のタオルを瞼に押し付ける。

この単純で気の遠くなる作業は、俺が起きてから今までざっと10時間、繰り返し行われてきたことだ。つまり今現在、14時。

約束の「午後」に入って随分経っているという訳だ。

「……ぐすっ、遅いな運び屋……」

先程幾度かメールをし直して、俺はどうにか泣きながら池袋を闊歩することを免れた。新羅の家に向かうことには変わりないのだが、運び屋が事務所まで来て、俺を送り届けてくれることになったのだ。最初新羅はこの方法を渋ったのだが、珍しく俺に同情したという運び屋の熱心な頼みに、「セルティが言うなら…今回だけだよ」と漸く了承したらしい。

あの目立つ黒バイが事務所に来るということは、世間に俺の居場所を曝すという危険性を十分に孕んでいる。けれど俺はそんなことを気にしていられなかった。こんな鼻声では取引相手との話し合いは疎か、電話すら出来ないという事は、先程の新羅との通話記録とあれから着々と増え続けているティッシュ箱の山が物語っている。それに、俺が乾燥機を回し、濡れたタオルを抱えて部屋を出て行くその度に、波江さんがじとりとこちらを見てくるのだ。只でさえこの俺が対処できない、不測の事態に戸惑っているというのに、精神的にこれは堪ったもんじゃない。

「………うーん」

もしかして此処に向かう途中、何かあったのだろうか。一抹の不安を感じ、俺は外出に備え閉じていたパソコンを立ち上げ直す。池袋の都市伝説に何かあったなら、もうネットに何か上がっているはずだ。

とそこで、俺のコートのポケットで携帯が鳴った。液晶に光る差出人は、『運び屋』。

ああ、なんだろう。凄く嫌な予感がする。

滲む視界をタオルで拭い、受信ボックスを開いた。

『すまない、急用が出来た。どうしても外す訳にはいかないんだ。申し訳ないんだが、自力でこっちまで来てくれないか』

ざあ、と顔から血の気が引いた音がした。

急いで打ったらしい運び屋のメールには、誤字脱字に混じって『埋め合わせはする』とか『依頼料は無かったことにしてくれ』とか謝罪の言葉が並んでいたけれど、それらは全て俺の頭を空滑りしていくに過ぎない。

震える手でリダイアルを押す。ワンコール、ツーコール。心臓の鼓動を数えながら、相手が電話に出るのを待つ。

「あっ、もしもし新羅!?来れないってどういう」
『こちら留守番電話サービスです』
「嘘だろ!!」

乱暴に通話を切ると、そのまま携帯を握り締めた。おい、待て、待て、どういうことだ。お前が自宅に来いって言ったんだろ、なんで通じないんだよ、大体急用ってなんなんだ運び屋、俺の病状よりも大事なのか、くそっ、他に手立ては――。

「な、波江さん…」
「お断りよ」
「……まだ何も言ってないじゃないか」
「あらかた闇医者のところまで送れとかそういうことでしょう」
「…………臨時給与、あげるよ」
「お金よりも誠二をちょうだい」

くらりと目眩がした。泣きすぎた故の脱水からかそれ以外のせいかは分からないけれど、頭の中が真っ白になる痛み。

波江さんを睨んでいても何も始まらない。解決を先延ばしにしていても、どうせ面倒なことが増えるに決まっている。俺は唇を噛み、デスクの上にやりっぱなしにしていたミネラルウォーターを飲み干すと、隠しポケットに入れたナイフを頼りに事務所を後にした。

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フラグ立てられるだけ立てたけど…ちゃんと回収してオチつけられるかどうか…




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