これのつづき



午前9時。

いつものように遅刻はせず、かと言って早く来ることもない優秀な俺の助手は、出勤時間ぴったりに事務所に入ってきた。がさがさと袋の擦れる音がする、恐らく俺のお使いをきちんと熟してきてくれたのだろう。

「いくら上司だからって、朝から変なメールをするのは控えてくれないかしら。お陰で誠二を想う時間が削られてしまったわ」

予想通り両手に大型ホームセンターの袋を提げた波江さんは、赤く目を腫らした俺を見ると、ぎょっとしたように一瞬動きを止めた。

「…貴方、何したの」
「いや。ちょっとね」

ぐずぐずの鼻声で短く返すと、俺は波江さんの買ってきた新しいティッシュ箱の蓋を開ける。部屋のあちこちには使い切って潰してしまったティッシュ箱と、簡易ごみ箱とばかりに用意したビニール袋が散乱している。

「驚いたわ。貴方も人間だったのね」
「…それと同じ言葉をつい最近聞いた気がするなあ……君、新羅と繋がってない?」
「何がそんなに悲しいのよ」

俺の指摘を無視して波江さんは自分のデスクに座った。何事もなかったかのようにパソコンを立ち上げる。

「悲しいっていうか、いや違くて。朝から、ぐすっ、止まらないんだよねえ」
「そう」

そっけない返事はもうすっかりいつもの波江さんだ。この順応性は確かに素晴らしいけれど、ここまであっけないとなると、何だか…ねえ。

「他に質問は?」
「誠二以外に興味はないわ」

はいはい、そうでしたね。会話はそのまま打ち切られてしまって、仕方なしに俺は風呂場から引っ張ってきたバスタオルに手を伸ばした。

もう普通のタオルではキリがない。先程まで取っ替え引っ替え使っていた小さなタオルたちは今、乾燥機の中で踊っている。今朝濡らしてしまっていた枕やシーツも一緒だ。ここまでくると、何やら情けなくなってくる。

「波江さん、コーヒー」
「八つ当たりに人を使わないで」

しかしその数秒後には、しっかりとキッチンに向かっているところは、本当によくできた助手だと思う。

「病院へは行ったの」
「これからなんだ。だから午後は出掛けてくるよ」
「その顔で?」

そうだ、俺は涙を流しっぱなしで外へ出ようとしていたのか。言われるまで考えてもみなかった。

『折原臨也』が泣いている。

こんな情けない姿を、池袋中の人間に見られてしまったら。いやそれよりも寧ろ、

「せいぜいあのバーテン君に見つからないことね」

俺の思考に先回りした忠告に、俺は黙って瞬きを繰り返すしかない。いつの間にか出来上がったらしいコーヒーを携えてデスクに再びついた波江さんは、一口それを飲むと、キーボードに手を滑らせ始めた。ちょっとそれ、自分用だったの。

仕方ない、後で新羅に電話して、こっちに来てもらおう。溜息を零してから俺もキーボードに向き直り、涙に歪む視界で今日の仕事を再開させることにした。

午後になるまで、残り3時間弱。

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じりじり進みます。
波江さんのデレのないツンが非常に好きです。




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