失う事が何よりも・・・(1/2)
「りゅう?」
「・・・・・・・」
退院して今、家に着いたのだが家の中に入るなりキョロキョロと見渡しているりゅうに沖矢が声を掛けるが聞こえていないようで・・・
「りゅう」
ポンッと分かりやすく肩へと手を置けば、ビクッと肩を揺らして慌てて振り返る。
「えっ!?あ・・はい!?」
「・・・そんなとこに立ってないでソファに座っててください。今なにか飲み物でも入れてきますね」
「あ・・はい」
沖矢はそれだけ言うとキッチンへと行き、りゅうは指さされた方、リビングに行きソファへとゆっくりと腰かけた。
暫くすると沖矢が飲み物を持ってきて隣の一人用のソファへと腰かけた。
「はい、どうぞ」
「あ・・ありがとうございます」
差し出された飲み物を受け取りながらお礼を言えば困ったように笑う沖矢。
「・・・緊張してますか?」
「えっ!?あ・・いや、そう言うわけじゃっ・・・」
沖矢の言葉に慌てるりゅうだったが、沖矢の優しげな表情を見て、困ったように笑い返した。
「・・・少しだけ」
「でしょうね。無理はなさらないでくださいね」
「・・・沖矢さんは本当に迷惑じゃないんですか・・・?」
私なんかと一緒に暮らして・・・と小さく零す彼女の頭を優しく撫でた。
「全然」
「・・・沖矢さんって私の事知ってますよね?」
「それは秘密です」
「秘密って・・・知らない女と一緒に住むなんて普通しないですよ」
沖矢の言葉に、ははっと小さく笑うりゅう。
「・・・・・・」
「病院でもずっと傍に居てくれた。お兄ちゃん以上にずっと・・・あなたにとっての私は一体・・・?」
「言ったじゃないですか。私の事はりゅうが何か・・・」
「思い出したら教えてくれる。でしょう?」
「えぇ」
「むぅーーー・・・・」
難しい顔をするりゅうに沖矢はクスッと笑った。
「慌てる必要なんてありませんよ」
「・・・でも私、犯人に狙われてるんですよね?」
何処か不安そうなりゅう。
「そんな顔をするな」
「え?」
「私があなたを護ります。この命に代えてもーーー」
「!!!」
沖矢の言葉にりゅうは目を大きく見開いた。
ーーーそんな顔をするなーーー
ーーーお前は嫌がるだろうなーーー
ーーー俺がお前を護る、この命に代えてもだーーー
頭に流れる言葉とある人物の顔。
ぼやけて思い出すその顔はハッキリと誰だかは分からないが、雰囲気、髪色など沖矢ではなかった。
「りゅう?」
「しゅう・・い・・・」
「!!?」
ズキン―――と痛む頭に手を置くりゅう。
「っ・・・・」
「りゅう!」
慌てて隣に行き支えるがりゅうは小さく「大丈夫」と呟き笑った。
「・・・今日の所はもう休みましょう」
そう言って沖矢はりゅうの身体をヒョイっと抱き上げた。
「ひゃっ・・・ちょっ・・沖矢さん!?」
「なんですか?」
「なんですか?じゃなくてっ・・わ、私歩けます!」
だから降ろしてください!と足をジタバタさせるりゅうに、クスッと笑う沖矢。
「暴れないでください。落としちゃいますよ?」
「ぜひっ!!」
「くっ・・くくっ・・・」
りゅうから返ってきた言葉に沖矢は喉を鳴らした。
「沖矢さん?」
「お前は、変わらないな」
記憶があろうと、なかろうと、やはりりゅうはりゅうだ。
確かに接し方も態度もまるで違う。
けれど性格、人間性の根っこは同じだと思う。
今のりゅうは、尊敬する母からの言葉を胸に明るく、常に優しく穏やかに過ごしているのだろう。
記憶をなくす前のりゅうは、正反対に見えるが、ただ過去の事でその性格を隠してしまっているだけだろう。根にある優しさ、雰囲気はなんら彼女と変わらないーーー
まぁ少し、素直ではないが・・・
「沖矢さん?」
「一つだけ、お教えしますよ」
「え?」
先ほど少し思い出し掛けてましたし、サービスです。と沖矢は笑った。
「私にとってあなたは、もっとも大切な、護りたい女性です」
「っ・・・・」
フッと優しく笑う沖矢の表情と言葉に顔を一気に真っ赤にさせたりゅう。
「そっ・・それってっ・・・」
「私がそう思ってるだけですのでりゅうがどうかは知りませんけどね」
「はい?」
沖矢の言葉にそれは付き合っていたのかと聞こうとしたのだが、これ以上は答える気がないと言わんばかりに釘を刺された。
ベッドに寝かされてすぐに、沖矢の電話が鳴り、ちょっと失礼しますね。と言って部屋から出て行った。
そんな彼の後姿を見送った後、ボスっと枕へと顔を押し付けた。
さっきの何!?さっきの何!?さっきのなにーー!!?
もっとも大切で護りたい女!?それって・・・こっ・・恋人とか!?
でもでもっ・・・沖矢さん、自分がそう思ってるだけとか意味深なこと言ってるし・・・付き合ってはない・・?
「もうっ!!どういうこと!?」
頭の中でプチパニック状態で顔を真っ赤にしながらボフボフと顔を枕に押し付けながら絶叫していた。
「・・・・でも、もしも恋人同士だったら・・・」
私、恋人の彼の事・・・忘れてるんだ。
「・・・薄情な女」
なんで彼の事を覚えて無いんだろう・・・?
どうして・・・・
そんな事を考えながら意識がどんどんと沈んでいった。
意識が沈みきる寸前、思い浮かんだのは寂し気に笑う沖矢の姿と、あともう一人。
「・・・あなたは・・だ・・れ?」
黒髪で隈のあるニット帽を被った男の顔だった。
沖矢が戻ってきたのはりゅうが眠りについてからだった。
スゥスゥと規則的に聞こえてくる寝息にクスッと笑い、隣にある椅子へと腰かけて彼女の前髪をサラッと撫でた。
「・・・・赤井秀一に戻ればお前は何か思い出すだろうか・・・?」
先ほど、彼女は確かに「秀一」と呼んだ。嬉しい想いとは裏腹に、今はもう死んでいる「赤井秀一」へと記憶がない彼女の前に戻るわけにはいかない歯がゆさと・・・
「・・・大切な人に忘れられる事がこんなにも歯がゆいなんてな・・・」
安室・・・いや、降谷はこんな想いをずっと抱きながら彼女を陰で護ってきたのかと思うとやるせなかった。
「思い出せばこいつが傷つくか・・・」
確かにそうかもしれない。もう一人の兄である降谷を思い出せば、自分のせいで重傷を負った事、自分だけが母の元から離れ、幸せに暮らしてきたこと、護ってくれていた兄を忘れていた事などが一気に罪悪感という形になってりゅうを襲うだろう。
だが・・・
「降谷君・・・あなたの方はずっと傷ついたままで、本当にいいんですか?」
大切な人に忘れられる事がどれだけ辛いか、忘れられても、拒絶されても尚、護り続けようとしている降谷だって傷ついているだろう。
りゅうが傷つかなければ自分などどんなに傷ついても構わない、そんな降谷を思い出しながら沖矢は目を瞑った。
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