君がいない(1/2)
「・・・・・・・・・」
沖矢は椅子に腰かけて難しい表情を浮かべたままあるメールを見ていた。
そのメールは二日前に届いたメールで、何度も目を通したもの。
メールから目を離した沖矢は徐に立ち上がり、すぐに出かける準備をした。
沖矢が出かけた先はポアロ。
店に入る前に一瞬考えたが「・・・今は考えるだけ無駄か」そう小さく呟き、店の扉を開けた。
「いらっしゃいませ」
声が聞こえてきたと同時に振り返り、沖矢の姿を見た瞬間、少し驚いたような表情を浮かべるのは安室透。
「こんにちは」
「こんにちは。珍しいですね」
今日はお一人ですか?と人当たりのいい笑みを浮かべた安室に沖矢は「少し聞きたい事がありまして」と言葉を発した。
「聞きたい事・・・ですか?」
小さく首を傾げる安室に沖矢は「違うか?」と思ったが、ここまで来た以上黙って帰るわけには行かない。
「・・・・りゅうを知りませんか?と聞きに来たんですが、その様子では知らなそうですね」
困ったように笑い、失礼しました。と頭を下げて去ろうとする沖矢の肩を慌てて掴む安室。
「りゅうさんっ・・・居ないんですか!?」
焦ったような表情を浮かべる安室に沖矢はポアロに来たことを後悔した。
だが来て、彼に尋ねた以上しょうがない。と溜息を一つ吐いてあるメールを見せた。
「・・・・少しの間留守にする。ですか?」
「はい、いきなりそのメールが届いてすぐに連絡を取ったんですが繋がらず・・・」
「メールの日付は二日前、ですか」
「えぇ。とりあえずメールを送って様子を見てたんですが、流石にここまで連絡の一つもないと・・・」
「それは心配ですね」
その前に何か変わったことはありましたか?と聞いてくる安室に沖矢は苦笑いした。
「あ・・・すみません。探偵なんてやってると直ぐに色々気になってしまって・・・」
「いえ。・・・・あの日のすぐ後に・・・」
「あの日?・・・あぁ、ポアロで会った時の事ですか?」
「えぇ。あの日の帰り道、なにやら知り合いに会ったみたいで・・・」
沖矢の言葉に安室は首を傾げる。
「知り合い・・ですか?」
「えぇ、確か・・・‘ユウナ’と呼んでいたかと・・・」
「・・・・・・・・・」
沖矢の言葉に考え込む安室。すると徐にエプロンを外し始めた。
「安室さん?」
「梓さん、すみません。少し急用ができてしまって・・・マスターには今日の分の給料は要りませんと伝えておいてください」
「えっ・・えぇ〜?」
エプロンを渡された梓は、安室とそのエプロンを交互に見るが、沖矢と共にポアロから去って行ってしまった。
「沖矢さん、りゅうさんには関わるなと言われたばかりですが手伝わせてもらえませんか?」
もちろん、彼女自身には僕が関わっている事は伏せて頂いて構いません。と言い切る安室は真っすぐに沖矢を見た。
「・・・私としては探偵であるあなたに手伝ってもらえるのであれば有難いですが・・・一つだけ聞いていいですか?」
「はい?」
「あなたにとって、りゅうはどういう存在なんですか?」
安室がりゅうとの関係を言わないであろう事は前回の事で分かっていた為、違う聞き方をする沖矢。
そんな彼に一瞬目を見開くが次には悲し気に、困ったように眉を下げ、笑った。
「安心してください、恋愛感情ではありませんから」
「それは見ていればなんとなく分かります。あなたがりゅうを見るあの目は・・・」
「沖矢さん、りゅうさんは僕にとってただの顔見知りの女性・・・ですよ」
蘭さんやコナン君達となんら変わらない・・・ね。今回の事に関してもただ‘探偵’として気になっただけですから。そう言って笑う彼の表情はいつもの様で、少し儚げな雰囲気ーーー
「・・・・・そうですか」
安室のその表情と雰囲気を見てすぐに嘘だな。と思う沖矢だったが、これ以上は聞かなかった。
「これ、僕の連絡先です。あなたのも聞いていいですか?」
何か分かったらすぐ連絡します。と言う安室に番号を教えれば「では、また」そう言ってその場を去って行く安室の背を沖矢は見ていた。
「あの雰囲気は、まるで追いつめられている時のあいつにそっくりだな・・・」
沖矢はフッと小さく笑った。
ピリリリリッーーーー
突如なる携帯に表示を見る沖矢。
「もしもし?」
≪昴さん?≫
「えぇ」
コナンからで、彼はなんだか少し焦っているような声色だった。
≪りゅうさんって今どこにいる?≫
「・・・私も、今彼女を探している所です」
≪じゃあさっき蘭ねーちゃん達が見た人ってやっぱり、りゅうさんだったのかも・・・≫
「りゅうを見たんですか?」
コナンの言葉に沖矢はすぐさま携帯をハンドフリーにし、車へと乗り込んだ。
≪うん、今、蘭ねーちゃんと園子ねーちゃんと米花百貨店に居るんだけどそこで二人がりゅうさんを見たって言ってたんだけど・・・・≫
どこか言いづらそうに言葉を濁すコナンに、沖矢は顔を顰めた。
「・・・何があった?」
≪・・・なんかフラフラした足取りで、男の人と、女の人に支えられてないと歩けない感じの人が居て、それがりゅうさんにそっくりだったって・・・≫
「米花百貨店でしたね?すぐに行きます」
≪うん。分かった。僕たちはその人たちがどこに向かったか探してみるね≫
人違いだったらそれならそれでいいし・・・。と言うコナンに「一応、彼女自身何かに巻き込まれてる可能性がありますので重々気を付けてくださいね」と言えば≪分かった≫と返事が返ってきて電話を切った。
「・・・・・・りゅう」
運転するハンドルを指でトントンと叩きながら気が気ではない沖矢。
ボウヤからの情報だと、歩けない程フラフラな足取り・・・・人の手を借りないと歩けない程なのか、それとも無理やり連れて行かれているのか・・・
ただ、その場所が人目に着く場所、米花百貨店なのであれば組織絡みではないと少しでも自分を落ち着けた。
百貨店へと向かっている車の中で思い出すのはあの日出会った、りゅうが‘ユウナ’と呼んでいた女の事。
ーーーーーーーー
「りゅう?」
名を呼ばれて振り返ったりゅうは目を大きく見開き「ユウナっ・・・・」と言い、次の瞬間ダッと走り出した。
「っ・・・待ちなさいよ!」
逃げ出すかのように走り出したりゅうの腕を直ぐに掴む女にりゅうは足を止めた。
「逃げるの?」
「っ・・・・・」
キッと睨みつけるようにりゅうを射抜く彼女の視線に、りゅうは背を向けたまま顔を俯かせた。
ただダランと下がっていた掴まれていない方の手は拳をギュッと握り締めていた。
「・・・・りゅうの知り合いですか?」
そんな様子を見ていたのだが、りゅうの様子がおかしい事には気がついていた為、スッと彼女の肩を引き寄せて掴んでいる女の腕を離させた。
「・・・・・知り合い?えぇ、そうね。昔っからよく知った顔よね?お互いにっ・・・」
腕を離し、沖矢へと視線を向けた女はフッと笑い言った後、もう一度りゅうを睨みつけた。
「・・・・・・・」
「・・・080-****-****」
俯いたまま無言のりゅうに、その女はいきなり携帯の番号を言う。
「あんた、記憶力良かったから覚えたでしょう?一人の時必ず電話して。絶対にっ・・・」
「っ・・・・・」
その言葉に何も答えず、速足で歩きだすりゅう。
そんなりゅうにその女はイラついた様に、前に回り込みりゅうの胸ぐらを掴み顔を寄せた。
「逃げんな!もうっ・・・逃げんなっ!許さないからっ、桜の葬式の時みたいに逃げたら!絶対っ、今度こそ絶対許さないからっ!」
ドン!と最後に突き放した女はそれだけ言うと逆の方向へと去って行った。
「りゅう・・・・?」
沖矢は心配そうにりゅうの肩を掴むと、彼女は顔を俯かせたまま静かに「・・・大丈夫」と言葉を発したが、それきり黙り込んでしまった。
その日の夜まで彼女の無言は続いたのだが、意を決したように電話してくると家を出ていこうとするりゅうに「えぇ」と返事を返せば彼女は小さく笑った。
「昴、心配かけてごめんね?でも、昼間の子のことは完全に私事だから・・・」
だから・・・と口籠るりゅうへと近づき、頭を撫でた沖矢。
その事にゆっくりと顔を上げるりゅうの頬を両手で包み、優しく口づけを落とす沖矢に、一瞬驚くりゅうだったが、すぐにされるがままになっていた。
「言いたくないのなら聞かないさ。ただ、無茶だけはするなよ?」
口づけを離した後、ギュッとりゅうを抱きしめて囁く沖矢の胸元に顔を埋めて「うん・・・」と小さく頷いた。
「・・・・独りで無理だと思ったら、どんな小さいことでもいい。俺を頼れ」
「独りじゃないよ」
「ん?」
「大丈夫・・・私にはあなたが居るもの。独りだなんて・・・もう思ってないわ」
あなたが居るから・・・私は強くなれる。そう呟いた後、沖矢の頬へと両手を伸ばし、少し背伸びをして口づけをするりゅう。
「!!」
そんな彼女の行動に驚いた沖矢だったが、口づけが離された時、りゅうはニコッと笑った。
「ちょっと、出かけてくるね」
「えぇ、気を付けて行ってらっしゃい」
「・・・行ってきます」
それっきり、りゅうは家に帰ってこなかった。
2時間しても帰ってくる様子もなく、連絡もないので電話を掛けようとしたら、あのメールが届いたのだ。
とりあえず、無事であることには安堵したが連絡がつかなくなって早二日経つ。
彼女の問題なのかもしれないが、これ以上は待てなかった。
ただでさえ、すぐにも探したい衝動に駆られたのだが、メールの最後の言葉を信じて待っていたのだ。
≪私が帰る場所は、あなたの所だから・・・約束する≫
安室に見せたメールを下へと大分スクロールして出てきた文字を沖矢はもう一度見た後、携帯を閉まった。
「・・・・悪いな、りゅう。お前を信じてはいるが、お前がいないと俺がダメなんだ」
早くお前に会いたいんだーーーー
たった二日、されど二日。沖矢は毎日見ていた、傍にいてくれた彼女の姿がないという事実、しかもどこで何をしているのかさえ分からない今の状況に耐えれなくなっていた。
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