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偽りのあなた(2/2)



「くそっ・・・・」


「降谷さん」


工藤邸を出てきて、悔し気に悪態を吐く降谷に風見が気まずそうに声を掛けた。


「来葉峠に我々も向かいますか?」


「・・・いや、いい。今更行った所で赤井はもう居ないだろうからな」


「ここに住んでいる沖矢昴という男は、関係がなかったということでしょうか?」


「全くの無関係なら、盗聴や隠しカメラなんてあるはずがない。この件には関係はなかったかもしれないが、彼にも警戒して事を進めろ」


降谷の言葉に数人の捜査官が「はい!」と声を揃えた。


「・・・こんな夜更けに、迷惑な方たちですね」


聞こえてきた声に、降谷は驚き後ろを振り向いた。


「こんばんは」


「りゅうっ・・・・・」


無表情で挨拶をするりゅう。そして彼女が今ここに居る事に驚いた降谷は名を呼んだだけで言葉を詰まらせた。


「お話があります。お時間頂けますか?透・・・いや、降谷零さん」


「!!」


「それとも、ただ騙して利用していただけの女にもう関わりたくないと言うのなら断って頂いて構いません」


それが、あなたの答えなら。そう言って悲し気に笑う彼女を、降谷は堪らず抱きしめたい衝動にかられた。しかし、今ここでは部下がいる。降谷零として仕事をしている最中であると、自分に言い聞かせて踏みとどまった。しかし、仕事中であると踏みとどまった手前、どうしていいか分からず無言になってしまう。


「・・・・・・」


「・・・・・それが、答えですよね」


やっぱり、赤井の言った言葉など信じなければよかった。私と同じように彼も私を想っているなんて・・・嘘だったんだ。


踵を返して来た道を戻ろうとするりゅうの腕を降谷は咄嗟に掴んだ。


「!!」


「りゅうっ・・・・・」


二人の様子を見ていた部下たちは風見に指示を受けて撤退する。


「降谷さん、今日の事は私達だけで処理できます。ですから今日はどうぞお帰り下さい」


「いや、今は仕事中で、そういうわけには・・・」


「いつも、仕事漬けで自由な時間なんて殆どないじゃないですか。たまにはご自分の為にお時間を使ってください」


では、と風見も去って行きその場には降谷とりゅうだけになった。


「・・・なんか、ごめん?」


「どうして謝るんですか?」


「いや、タイミング・・・悪かったかなって。でもっ、少しでも早くあなたと話したくてっ・・・」


バツが悪そうに顔を俯かせていたりゅうだったが、会いたかったという想いを伝えようと顔を上げようとすると、いきなり腕を引っ張られ彼の腕の中に閉じ込められた。


「りゅうっ・・・・りゅうっ」


ギュッと抱きしめられて、何度も何度も名を呼ばれた。


「・・・・・・・」


「ごめんっ・・・」


「・・・そのごめんって、なんのごめん?」


「あなたに、嘘を吐いていた事・・・」


「どこまでが嘘で、どこまでが本当?」


「安室透という存在が嘘です」


「・・・うん」


抱きしめられたまま、彼の胸に頭を預けてゆっくりと彼の言葉を聞く。


「僕は組織の人間ではない。組織の人間として潜入していたんです」


「うん」


「組織を潰すことが僕の使命で、絶対にそれはやり遂げなきゃいけないっ」


「うん」


「何よりも、今の仕事を優先しなきゃいけないのに、僕の中で予想外の出来事が起こったんです・・・」


「予想外の出来事?」


「あなたと、出会ってしまった」


彼の言葉に意味が分からず怪訝な表情を浮かべて小さく首を傾げるりゅう。


「安室透の時に・・・公安の仕事を優先しなきゃいけない時に、組織の潜入中にりゅう、お前に会ってしまったんだ」


「・・・会いたくなかった、ってこと?」


やっぱり私は・・・彼にとって・・・


「あぁ、会いたくなかった。出会いたくなかったっ・・・・」


彼の言葉に、頭を鈍器で殴られたかのように衝撃が走った気がした。


なにそれっ・・・会いたくなかった!?出会いたくなかったっ!?なんなのよっ!じゃあっ・・・じゃあっ!!


「抱きしめたりしないでよっ!!!離してっ!!!」


大人しく彼の腕の中に居たりゅうだったが、彼の言葉にショックを受けて暴れはじめた。彼の腕で抱かれていたくなかった。


「りゅうっ・・・・」


「やめてっ!そんな風に私の名前を呼ばないで!!そんなっ・・・表情しないでよっ・・・」


期待っ・・・しちゃうじゃない、縋りたくなるじゃないっ、捨てないで、傍に居て、そう言いたくなるじゃない。これ以上私を惨めにさせないでよっ!


「最後まで聞いてくれ!僕は・・・俺は安室透としてじゃなく、降谷零としてお前と出会って、お前と恋をしたかったっ・・・・」


「・・・・え?」


彼の言葉に、今まで暴れていたりゅうの抵抗が止んだ。


どういう・・ことなのか、さっぱり分からなくて、泣きそうな表情で彼を見上げた。


「偽りの俺じゃなく、組織潜入中の安室透じゃなく、素顔の俺でお前に会いたかった。最初はそのつもりだった。安室透の時は自分の気持ちにブレーキをかけて、極力りゅうと会わないようにして、組織を壊滅したら今度は降谷零としてお前に会って告白するつもりだったのに・・・・」


「とおる・・・・?」


「違うっ、俺はっ・・・俺は・・・・」


私が知っている透は、いつも笑っていて穏やかで、敬語で話していた。今の彼は、途中から敬語がなくなり、僕から俺へと変わっていた。これが透の素顔・・・赤井が言っていた降谷零・・・・


「・・・零」


泣きそうな彼の頬へと手を置き、りゅうは躊躇したものの、彼の本当の名を呼んだ。すると次の瞬間、いきなり口づけを落とされた。


「んっ・・・は、ぁ・・・」


噛みつく様な激しい口づけ、次第に立っていられなくなりズルッと身体から力が抜ける頃、降谷がしっかりと支えてくれたので、地面に座り込む事態にはならなかった。


「いきなりっ・・・」


「お前が、急に名前を呼ぶから・・・止まらなくなるだろう」


「・・・ねぇ、安室透だと、私にずっと嘘を吐きとおしてまで付き合おうって言ったのはなんで?」


「組織を壊滅するまで、俺が完全に降谷零に戻るまで待てなかったんだ・・・」


「え?」


「他の男にりゅうを取られたくなかった・・・・」


「・・・ばかね。そんな心配しなくても、私は出会った時からとお・・じゃなかった、零にゾッコンだったのよ?だから、誰の物にもなるつもりなんてなかった」


「りゅう・・・・」


「零、って呼んで・・・いいの?」


悲しげな表情を浮かべて降谷を見上げるりゅう。そんな彼女に降谷は「・・・呼んで、くれるのか?」と寂しそうな目で見つめた。


「あなたの言葉が、本物だったのなら・・・私はあなたとこれからもずっと一緒に居たいっ・・・・」


ねぇ、どこまでが本当だったの?どこまでが嘘だったの?教えて・・・あなたの口から聞いた事なら私はそれを信じます。


「存在も、口調も安室透も全てが嘘だった。でもお前の事だけは、りゅうに関わる事は、言った言葉も、態度も・・・想いも嘘偽りはない。今まで一度だってお前の事だけは嘘を吐いていないと誓う」


真っすぐと見つめて言い切る降谷にりゅうは涙を流した。


「うんっ・・・・」


「・・・ごめんな。本当は何度もお前には本当の事を言おうとしたんだが・・・」


「しょうがないよ、公安みたいなそういう組織は相手が恋人であろうと口外禁止だもんね」


「お前に別れを告げられて、弁解もなにも出来なくなって、連絡すらも取れなくて・・・後悔したよ。もっと早く、言えばよかったと・・・」


「口外禁止でもそれなりに言える所まで言ってくれれば私は察したのに・・・」


「お前は随分と鋭いからな・・・」


ふふっと笑うりゅうと、困ったように笑う降谷。二人はお互いの存在を確かめ合う様に口づけを交わしたーーー


別れていた時間が、埋まっていく・・・そんな風に二人は感じて心の底から笑い合った。


「ねぇ、零・・・あのね、私の事・・・好き?」


「もちろん。好き以上さ・・・愛してる」


あぁ、あぁ・・・、私が望んでいたのは彼の素顔で、本気で私を想ってくれているというこの安心感だったのかもしれない。でもそれは・・・偽りだろうと、透であろうと今と何ら変わりなかった。




「・・・・それにしても、どうして俺の本名を?」


いくらお前が鋭いと言っても、さすがに本名までは調べられなかっただろう?と首を傾げる降谷に、りゅうはギクッと肩を動かし「・・・ははっ」と笑う。


「りゅう?」


「いや・・・あの、実は私も零に言ってなかった事があって」


「なんだ?」


りゅうの言葉に降谷は優しく笑った。お前が俺を受け入れて戻って来てくれたのだから、俺だってお前を受け入れると小さく呟いた。その言葉に決意したように彼を真っすぐと見つめた。


「・・・・実は、私・・・」


「あぁ」


「FBIだったり?」


てへっと笑えば彼は笑顔のままでピシリと固った。


「い、言おうとしてたんだよ!?もっと早く・・・でもそれより先に零が組織の人間だって知って、伝える前にあんなことになっちゃっただけでっ」


「FBI?」


「う、うん・・・・」


「あの赤井と一緒の・・・?」


「・・・同期だったり?」


んでもって、零の事を知ったのも赤井が教えてくれて、話した方がいいって背を押してくれたのも・・・赤井なんだけど・・・と気まずそうに呟けば、ヒクッと頬を引き攣らせる彼にりゅうも、ただただ苦笑いするしかなかった。



              チャンチャン

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