出会ったきっかけ


「今日転校生が来るって言ってたけど……ずびっ、…どんな人だったのかなぁ」




今日は朝から鼻炎気味で、耳鼻科に行ってから学校に行くことになった。
いわゆる遅刻≠チてやつだ。
昨日花ちゃんから聞いた転校生の話が気になりながら職員室までの廊下を歩く。
軽くキシキシ音を立てる廊下には私がひとりいるだ……け―――?


(……あ、れ?あの人、って)




「………あ、あの」

「……ん――?あっ、この間の」

「そ、の……えっと」

「………いいよ、お礼なんて。言ったでしょ?見逃してあげたんじゃない、って」




ころころ笑う目の前の女の子からはあの時感じた恐怖を感じない。
それどころか、藍色の長い髪を風に揺らして、窓際に立つ彼女がひどく悲しげに見えたんだ。

彼女の何を知っているわけでもないし、知らないけれど、今にも泣き出しそうに見えた。
直感≠チて言えばいいのか私にはわからないけど今にも泣きそうな表情に見えて、声をかけた。
私が声をかける理由がこの前の出来事しかないと思ってるみたいで、一通り笑い終えたらしい彼女はくるりと背を向けた。


(あ、行っちゃう……!)




「わ、私!」

「……?」

「沢田小菜、ですっ!あの、その、わたしっ…あの時あなたの名前も聞けてなくて!それで、ロクなお礼もできなくて…ごめんなさい!つーくんのこと、助けてくれて、ありがと!それで、あの、名前教えて欲しいなって…!」

「名前?そうだなぁ……六道いず、……。ん―――…………」




悩むようにして顎に手をやった女の子は、黙り込んでしまった。
私の様子を伺うようにチラチラとこちらへ向けられる視線にドギマギしていれば彼女はクスッと笑った。




「廻遠」

「へ……っ?」

「……貴方には教えておいてあげる。私≠フ大切な人≠ェつけてくれた名前……貴方には呼ぶ資格があると思うから」

「……、…」




ぽっかん。

口を開けて固まるばかりの私の姿を見て、彼女はくすくす笑った。
その笑みは先程のものと違って元気そうに笑うものではなく上品に微笑むような笑い方で、その笑みの方がしっくりきた。




「でも学校では六道和泉≠ナよろしく。私の名前は私が認めた人にしか呼ばせない」

「偽名……?」

「そ。六道和泉≠ネんてどこにも存在しないよ。この世のどこにもいない」

「え……?え……?」




頭がグルグルする。
くすくす笑う廻遠ちゃん(さん?)は私の中に多大なる謎を残したまま、セーラー服の裾を翻して去っていこうとする。
その後ろ姿は今にも消えてしまいそうなほど細くて儚くて、私は放っておけなくなる。


廻遠が本名で、和泉は存在しなくて、それで、それで。
あの子は今この世のどこにもいない子になってて、でも、あの子はきちんとこの世に存在してて。

それなのに彼女は誰とも認識されないだなんて、存在しない、なんて、………―――そんなの、悲しいじゃない。




「和泉ちゃん!!!」

「、!……な、なに?」

「和泉ちゃんは、ちゃんとこの世界にいるよ!貴方が和泉ちゃんである限り、ちゃんと存在するよ!」

「…………、ふふ。バカな子」




くるりと身を反転させて、彼女は手を伸ばす。
日に焼けていない白い肌に包まれた細い指が私の頬に触れて、ゆっくりとそこを撫でた。

すう…っとなぞられた輪郭を慌てて押さえれば、廻遠ちゃんは儚げに、泣きそうに笑う。




「ありがとう、…小菜」

「……〜〜うん!」

「困ったことがあったら私に言って。出来るだけ助けてあげるから」




そう言って笑う廻遠ちゃんは頼れるお姉ちゃんみたいで、私も笑顔で「うん!」って返せたんだ。



*     *     *




「ああ――っ!!……私遅刻してきたんだった…。職員室行かなきゃっ…。ま、またね、和泉ちゃん!」

「………またね」




またね≠ネんて本当にあると思ってるのだろうか。
この世にあるまたね≠ヘ本当に信じられる言葉なのだろうか。
私の知るまたね≠ヘ決して、またね≠ノならなかったのに。




「………やぁだなぁ、もー」




この世にある言葉の大半は綺麗事で、本当の真実を持つ言葉なんかほんの少ししかないんだと思う。

だって私≠セってそうだもの。


六道和泉はこの世にいない。
でも、廻遠だってこの世にいないのも同じなんだということを、私は彼女に伝えていない。


私に付けられた名前は廻遠≠ネんていう名前じゃない。
名前と言えるかすらも怪しいおぼろげで不確定な名前だ。
その気になればいつだって簡単に変更できるゲームのデフォルトネームみたいな、変更可能なもの。



小菜……私は貴方が羨ましい。
私に与えられなかったすべてを甘受する、貴方が。

勿論小菜だけが羨ましいんじゃない。
この世に生きとし生ける幸せな家族が羨ましいと思う。
私に与えられなかったすべてを得ている人間たちが羨ましい。


でも特別、小菜だけが羨ましい。


私だって毎日会いたい。
私だって毎日一緒に暮らしたい。
私だって毎日名前を呼び合いたい。
私だって毎日いっぱいの話をしたい。
私だって毎日向き合って一緒にご飯を食べたい。
私だって、私だって、私だって―――。


私にだって、思い出せばキリがないくらい沢山の願望がある。

だから、ねぇ、小菜。
いつか気づけたらいいね。
私は貴方の思ってるような優しいお姉さんじゃないって、ことに。




「………あー…髪ボサボサだ…」

「何サボってるんだい」

「ギクッ。ちょっと涼んでただけだよー?……そ、それより、恭ちゃん!球技大会出る気になったー?」

ならない

「はぁー…。これ、了ちゃんと組まないといけないやつだよ〜!恭ちゃんは美亜に対する優しさをもっとこっちに向けていいと思うなぁ?!」

「で?」

「………もーいい。いいもん、了ちゃんと組んで優勝してやるんだからっ。恭ちゃんにはもー頼りませんよーっだ!」




べえっと舌を出して、背を向けて、駆け出す。

知ってるくせに私を傍に置いて、監視のつもりなんだろうけど、貴方は気づいてない。
危険なものは内側に入れるべきじゃない。
危険なものは徹底的に外側に輩出して中に入れるべきじゃない。


中に入れるなんてバカなことしてたら、何の意味もなさないんだから。




「それじゃあ僕は改めて見回りに…、っっ…!」

「………?」

「い゛…、っ」




眼球の裏が燃えるように熱い。
眼帯の上から瞳を抑えて痛みに耐えるようにうずくまる。


廻遠、と私を呼ぶ声が頭の中で木霊する。




「ぅ…っ、く…」




わかってる、わかってる。
わかってるからお願い。



待ってて、絶対、私が、




「目が痛むのかい」

「っ、!」




伸びてきた腕がスローモーションに見えて、指先が肩に伸びてくるのに咄嗟に反応できなかった。


「……う、…う…ぅ」

「………廻遠?目が痛みますか?」

「あ、っつい…の…!目、溶けちゃい、そ…でっ」

「大丈夫。僕が傍にいますよ。もうすぐ痛くなくなります。……ね?」



あの日も手が伸びてきて私の肩を捉えて、抱きしめてくれたんだ。
私の手をとって前を歩くのも、私の歩みを遮るのも、私の視界を閉ざすのも、私の耳を抑えるのも、全部彼しかしなかったこと。


お願いだから軽々と触れないで。
私に触っていいのは、……―――貴方じゃない。




パシン…!


「 」

「や、やだなぁ恭ちゃん!女の子に軽々しく触るなんて最低だよっ!そういうの勘違いする子だっているんだから恭ちゃんは恭ちゃんらしく群れるの嫌ってればいーの!」




やっとの思いで動けたのは、指先が肩に触れる寸前のことだった。
触れる寸前指先を払い除けて、不自然じゃないようにして立ち上がる。


お願いだから踏み込んでこないで。
踏み込まれるのが嫌だから貴方の元に身を寄せたの。
それ以外の理由なんてこれっぽっちもないの。
私は貴方を利用し尽くすだけ。


大嫌いな貴方を、大好きな彼の為に、使うだけ。




「……………」




だからそんな変な顔、しないでよ。
私が手を払ったくらいでこっちを見つめてこないでよ。

拒むわけないとでも思ってた?
理由を簡単に話すとでも思ってた?

自惚れないでほしいなぁ。
本当にバカな人ばっかり。




「………そう」




だから、ねえ、




「じゃあ僕は行くよ」




そんな瞳で、私を見ないで。
だから貴方って嫌い。


静かな瞳で私を見つめて、その瞳に陰りさえなくて、




大嫌い……




絶対的な自信と絶対的な強い意志を持ち合わせてる貴方が羨ましい。
ひとりでなんでもできる貴方がひどく羨ましい。


「恭兄」


自分の名前を呼んでくれる愛しい子がいる貴方が……酷く妬ましい。



だから精々利用してやる。
私の大好きな彼のために使われるんだから光栄に思っていればいい。


この世は私の大嫌いなモノだらけ。
でも、少しだけ、……少しだけ好きになっていいのかもしれない。


「和泉ちゃんは、ちゃんとこの世界にいるよ!貴方が和泉ちゃんである限り、ちゃんと存在するよ!」


…………本当に少しだけ。
私がこの世にいていいのだと言ってくれたあの子だけは。

痛くないように、裏切ってあげないと―――。


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