第25話

朝食を終え身支度を整え、いつもよりも少し早めに部屋のドアを開ける。ゆっくりと顔を出し、左右を素早く確認した。
安全であることが認められると、ヴィーデは小さな声でよし、と呟いて忍び足で部屋を出る。

その時―

「ヴィーデ!」
「ぎゃあ!!」

突然の声に驚き悲鳴を上げてしまった。思いの外大きな自分の絶叫に、咄嗟に口元を覆ったが後の祭りである。目線を上にあげると、不思議そうな顔をしたアーデンが立っている。

「何してるの…?なんだか随分と怪しげな動きしてるけど」
「ア…アーデン…」

驚かせないでよ、と言って深く息を吐いた。いまだにヴィーデの心臓はどきどきと早い鼓動を打っている。

「最近部屋出るの早くない?朝来てもいないよね。もしかして、オレの事避けてる?」
「避けてるなんて…ちょっと事情があってね…」
「ふうん、どんな事情?」

そう言って、ヴィーデの両肩を掴んで部屋へと押し込みドアを閉めた。両手を頬に添えて上を向かせ、今日最初のキスをする。
10秒ほどの長い口づけに、息苦しさを感じたヴィーデはアーデンの肩を軽く叩いた。

「っん…アーデン…」
「…三日ぶりだよ。君、近頃いないんだから」
「だって…早く出ないと面倒なことになるも知れないから」

その言葉にアーデンはヴィーデの腰に腕を回して両手を組み、何があったのかと尋ねた。しばらく考え込み、やがて一度軽く息を吐いて話し始めた。

「あのね…実は最近、ベネーヌさんがこの部屋に来るの。日中捕まらないからって早朝に…」
「…ホントに?彼女何しに来るの?」
「はあ…なんとなく想像できない?あの人がここへ来る理由って言ったら一つしかないわ」
「オレのことか」

自分の顔を指さしてアーデンが言った。ヴィーデは一度ドアを細く開けて外の様子を確認する。どうやら今日は来ないようだと胸を撫で下ろした。

「彼女、そんなにしょっちゅう来るの?」
「最近増えたの。私のこと、友達だって…だから貴方と自分の事を応援してほしいんですって。その代り、早くレイヴスとくっつけって言ってた」
「…そんなことまで言うようになったのか」
「レイヴスにまで発破を掛けるような事言うし…私が何も言い返さないと彼が前に出ようとして、喧嘩になるんじゃないかってヒヤヒヤするのよ」
「あー…なんか悪いな…でもホント、相手にはするなよ。喧嘩買うと何してくるか分かんないから」
「うん…分かってるよ。あ、そうだ!あの人ね…アーデンから指輪貰ったって言って見せて来たんだけど…あ、あげてないよね?」

それがベネーヌの嘘であると分かりながらも、直接アーデンの口から真実を聞かない事にはヴィーデの心のもやは晴れないでいた。
少しだけ緊張しながらアーデンの返事を待つ。

「はあ?オレが彼女に指輪なんてやるわけないだろ。興味ある女にしかプレゼントはしない主義だよ」
「…うん…そうだろうとは思ったんだけど…」

初めてベネーヌがアーデンの前に現れたその日から、押しの強さは群を抜いていたと記憶している。ただでさえお高い貴族連中なのに、自信家で野心に満ち溢れた女だった。
相手に合せると言う事は一切せず顔色も窺わない。近頃はアーデンがヴィーデの尻ばかりを追いかけているのが気に食わないと見えて、攻撃対象をそちらに変えたようだ。
ある程度は予想できたが、それがヴィーデの心労につながるのなら見過ごすわけにもいかないとアーデンは思った。

「嘘までつくようになったってことだなあ…困ったもんだ」
「まぁ少しずつ慣れて来たけどね…」
「…うーん…そうだヴィーデ、アラネア准将と知り合いになったらどうかな?まだ会ったことなかったよね」
「ああ、女性の准将がいるって言ってたわね」
「彼女、ハキハキしててホント強い女だからさ。そういう所勉強してみたら?」

ヴィーデがニフルハイムへやってきて軍人になると決まった時、将軍達との顔合わせの時には会えなかった唯一の女性准将だ。
金にならない仕事はしない主義らしく、貴族の護衛がある時ですらその姿を見たことはない。かねてから一度話をしてみたいと思っていたヴィーデにとってはありがたい話だった。

「本当!?会いたいわ!女性の知り合いが欲しいなって思ってたの!」
「よし、じゃあ話してみるから」





それから1週間ほど過ぎた頃。


仕事を終えたヴィーデが部屋への帰路に着いたのは夜の9時を少し回った頃だった。大きなあくびをしながら薄暗い廊下を歩いていくと、部屋の前に何者かが立っているのが見える。
暗がりでその姿はハッキリと見えないが、どうやらベネーヌではない事だけは確かだった。ゆっくりと近づくにつれ、その風貌が明らかになっていった。

胸元と腹部の肌を露出したセクシーな衣装は、デザインから察するに戦闘員であることが窺える。
明るいアッシュベージュの髪を一つに束ね、気だるげにドアに背をもたれかけている。美しい人だとヴィーデは思った。
少しだけ気の強そうなその横顔に、勇気を振り絞って声をかける。

「…あ…あのー…」
「ん?ああ、お疲れ。今仕事終わり?」
「ええ…えっと…」
「あんたこんな時間まで働きすぎだよ。残業したってロクにもらえないんだろう?」
「…あはは…貴女はもしかして…アラネアさん…ですか?」
「あ、そうそう。私がアラネアよ。宰相に言われてきたんだけどね、あんたがヴィーデ?」

サバサバとした調子でそう言った。

「そうです。あの、わざわざ来てもらっちゃって…」
「話し相手になってやってくれって言われたんだけどね。まぁ、たんまり貰ったから構わないけどさ」
「……あ、立ち話もなんだから入ってください!」

そう言って急いで鍵を取り出してドアを開く。自分に敵意や好奇の目を向けない同性と話すのは久しぶりだとヴィーデは思った。
部屋へ通し、適当に座ってくれと促した。たまたま今朝部屋を片付けた後だったので小奇麗な状態で良かったと思う。

「アラネアさん、何か飲みませんか?」
「敬語なんて使わないでいいよ。そうね、何かアルコールある?」
「ビールと、あとはワインが色々…」

ううんと少しだけ考えてから、まずはビールで、とアラネアが言う。外見に違わず、かなりいけるクチなのかもしれないと思った。
冷蔵庫から缶ビールとワインを一本ずつ取り出しグラスもテーブルに並べた。この部屋で女性と酒を飲むのは初めてだと思うと少しだけ嬉しく感じる。

ヴィーデがワインをグラスに注ぎ、アラネアがビールを開けて、お疲れ、と言って一口飲み込んだところで唐突に言った。

「で、あんたあの宰相の女なの?」
「…っ!!」

喉を通りかけたワインを噴き出すところだった。最初の質問にしてはあまりにもパンチが効きすぎている。口元を手で拭い、なぜですかと聞いてみる。

「だってさあ、ただの兵士のために大枚はたいて話し相手用意する?しないでしょ普通」
「そ……それは…アーデン宰相が優しい方だから…色々と気を使って…」
「優しい!?あれが?嘘嘘!」

大きな声でそう言いながら、顔の前で右手をひらひらと振る。

「あの人何考えてるか分かんないし、実際すっごく怖い男だと思うよ。もし優しくしてもらえてるなら、それはあんたが特別なんだよね」
「そんなに…怖いかなあ…うーん、怒らせると怖いかもしれないけど」
「ねえねえあの人さ、どんなことで怒るの?」

そう尋ねて、一気にビールを飲み干した。ヴィーデが追加を取ろうと思い席を立ちかけるが、自分で取るからと言って冷蔵庫を開けた。

「どんなことで………」
「レイヴス将軍と仲良くしてると怒らない?」
「…え!?な…なんで……」
「あはは!図星?前にさ、貴族の連中が集まって舞踏会やるからって言って将軍たちが警護に駆り出されたじゃない?会場には入らなかったけど、アタシも少しだけいたんだよね」
「そうだったんだ…」
「そこでカリゴ准将がさ、あんたとレイヴスを結婚させるって話したじゃない。その時の宰相の顔!めちゃくちゃ怖かったんだから。アタシがここの傭兵やるようになってしばらくたつけど、あんな顔は初めて見たね」

嫌な思い出が蘇る。あの後ヴィーデは、自身の正体を探るために故郷から日記を盗み出したレイヴスと衝突したのだ。
あの時のヴィーデは公の場に引きずり出されたことへの戸惑いで、それほどまでにアーデンが怒っていたことなど全く気付かなかった。

「全然気が付かなかったわ…自分の事で精いっぱいで」
「だってさ、あんたがレイヴス将軍に引きずられて会場の前まで出てきてからずーっと見てたもんね。側にいた貴族のお嬢さん方なんかそっちのけで…こりゃあ噂は本当だなって思ったのよね」
「噂って…そんなにみんな話してるの?」
「有名だって!宰相、あんたがニフルハイムへ来てから研究所にこもらなくなったってみんな言ってた。しょっちゅう宮殿に来てはあんたの部屋に通ってるって」
「……そ、それはその……色々と心配してくれて…」

ヴィーデの背中に嫌な汗が流れる。ただでさえ自分は体裁が悪いのに、この上結婚話の出ている相手以外に親しい男がいるだなんて知られたら更に肩身が狭くなる。
しどろもどろと言い訳を考えていたら、アラネアは笑いながらヴィーデの肩を叩いた。

「アタシには嘘つかなくていいって。取り繕ってばかりじゃ疲れるだろ?金で雇われただけの傭兵だし、取り立てて帝国に義理はないしね」
「…アラネアさん…」

アラネアの気取らず飾らない人柄に救われる思いがした。政府首脳部の水面下で起こる権力争いや貴族同士の醜い見栄の張り合いばかりが目につく帝国で、これほど素をさらけ出しているアラネアを羨ましく感じる。

ビールを三本開けたところで、今度は手酌でワインをグラスに注いだ。

「別に、宰相から強引に迫られてってわけじゃないんだろ?」
「もちろんそれは…ここで頼れるのはあの人しかいないし。細かい所まで気にしてくれてるの」
「へえ、あの男がねえ…だったらいいけどさ。で、レイヴス将軍はどうなのさ?あんたの結婚相手でしょ」
「うーん…正直言って、あの人何を考えてるかよく分からないの。私、一度レイヴスと大ゲンカして揉めたのに…それなのに結婚の話を受けるって変な人だと思わない?」
「まあ将軍も宰相と同じくらいよく分からない人よね、口数少ないし…でもあんたを取られまいと必死なんじゃないの?あの人もいつも見てるよ」
「レイヴスが?アラネアさんよく分かるわね…」

ため息交じりにそう言うと、あんたが鈍すぎるんだと返される。確かにヴィーデはレイヴスの視線など気にしたためしがない。
仮にも軍人である自分がそんなことでいいのだろうかと自問自答する。

「まあ鈍いのは仕方ないとして…今付き合ってんのは宰相の方みたいね」
「…付き合う…うーん…どうなんだろう?」
「…え、違うの?だってやる事やってるんだろ?」

あけすけに言われ、ヴィーデの顔が真っ赤になった。アラネアは大きな声で笑いながら可愛いねと言った。

「で、で、でも…付き合ってるかどうかは自信ない…あの人の周りには、お嫁さん候補の貴族令嬢がたくさんいるから…立場上、彼女たちからデートに誘われたら断れないのよ」
「はあ?何よそれ…ぶん殴ってやりたいね!」
「しょうがないの。別にそれはもういいんだけど…ただ、中には私に対して攻撃的な人もいるから、それが面倒なの」
「宰相はあんたを守っちゃくれないのかい?」
「………難しいと思う。帝国に資金援助をしてくれてる貴族の娘だもの…それを研究費用に充ててるらしいから」

少しだけ寂しそうな顔をするヴィーデに、関係あるかと大きな声を出して膝を叩いた。見た目の美しさとは裏腹に実に男前だと思った。

「あのさあ、多分あんた、自分から『大丈夫』って言っちゃうタイプでしょ?」
「……そうかも…しれない…だ、だって、負担になりたくないし」
「それよそれ!そっからしてもう対等じゃないじゃん。あのね、男ってさ、こっちが大丈夫って言ったらホント馬鹿みたいにああ大丈夫なのかって思う生き物だからね?」
「……………」
「察するってあんまり出来ないみたいなのよ。それで後からこっちの不満が爆発するじゃない?そこでようやく気が付くんだけど、大丈夫って言ったじゃん!ってなるわけ。いやそこは気づけよって。ちゃんとこっちの表情見て考えろよって」

我慢することが当たり前だったヴィーデにとって、不平不満を正直に口にするという事はこの上なく難しいのだった。
その事で相手の機嫌を損ね、物事が面倒な方向に進むくらいならばいっそのこと何も口にせず黙っていた方がいい。そんな生き方が染み付いてしまっていた。

「…分かるけど…ああ…私ってやっぱり駄目だなあ…」
「まあまあ、すぐに変われとは言わないけどさ。ちゃんと自分の思ってることくらい言ってやらないと、かえって可哀相かもよ?男が鈍感で自分を棚に上げる生き物ってのはどうしたって治らないからね」

「そ…そうなんだ…」

色恋に関して無知なヴィーデにはどれも貴重な意見だった。同性の知り合いが皆無のため、いわゆる普通の恋愛の話を聞く機会が一切ない。
何をするにもアーデンにリードされてばかりで、そこに自分の気持ちがどれほど含まれているかさえ定かではない。

反してレイヴスに対してはどうだろうかと考える。
一度強くぶつかり、大嫌いだと思ってからは自分の本心を平気で伝えているような気がした。相手への要求も拒絶も全て自分の思うとおりに言葉にできる。
レイヴスにはどのように思われてもかまわないという開き直りがそうさせるのだろうかとヴィーデは思った。

難しい、と小さな声で呟いて唸った時、突然部屋のドアがノックされた。

「え…誰だろうこんな夜に…」
「なぁに?宰相が来たの?」

違うと思う、と言いながらドアを少しだけ開くと、とたんに勢いよくあちら側から引っ張られた。
その向こうに立っていたのは他でもないベネーヌだ。すでに見慣れたその顔に、またかと深くため息をつく。今日は一段と香水がきついようだ。

「こんばんわヴィーデさん、夜遅くにごめんあそばせ」
「…ベネーヌさん…そ、そんなに毎日いらっしゃらなくても…」
「あら、昨日は来ておりませんでしょ?友人のお部屋を訪ねるくらいいいじゃありませんか」
「…いやでも…その、今日はちょっと…」

まごつくヴィーデの様子に、よもやアーデンがこの部屋を訪れているのではあるまいかと勘ぐったベネーヌは、失礼と言いながら一歩室内に足を踏み入れた。
けれどその目の前に立ちはだかったのはアラネアだった。至近距離でじろじろとベネーヌを凝視し、悟ったように言った。

「ああ!ねえヴィーデ、あんたに敵意剥き出しなのってこの女じゃないの?」
「っちょ…アラネアさん!」

得体の知れない女に『この女』呼ばわりされたベネーヌは眉間に皺を寄せアラネアを睨み返した。

「なんですの貴女?私はヴィーデさんにご用があって参りましたの。どいてくださる?」
「あれでしょ?どうせ宰相に振り向いてもらえないのをこの子のせいにしてるんじゃないの?やめなってみっともない。あんたも女ならさ、恋敵を引き摺り下ろすんじゃなくて自分から這い上がって見せなさいよ」
「……っま…な、なんて事をおっしゃるの貴女…!私は別にアーデン様に振り向いてもらえないなんて事は」
「だったらこんな所に来る必要ないじゃないか。さっさと家に帰って自分の面でも磨いてた方が有意義じゃないの?」

そう言われたベネーヌは顔を真っ赤にして歯を剥き出しにした。アーデンでさえ彼女にここまではっきりと物を言うことは到底出来ないだろうと思った。

「…貴女…お名前は何とおっしゃるのかしら…」
「アタシ?アラネアよ」
「そう、アラネアさん。貴女の事はお父様に報告させていただくわ。きっとそのうちアーデン様からお叱りがいくと思いますから覚悟なさって…!」

解雇されるかもしれない、とベネーヌが高らかに笑う。
するとアラネアはぷっと噴き出して、辞められるならそれでいいと返した。

「アタシはただの雇われよ?帝国の顔色伺うなんて性に合わないし、報告でもなんでもご自由にどうぞ。まあでも、空中機動師団団長のアタシをそう簡単に手放すとは思えないけどねえ」
「……何て失礼な方なの…!?親御さんのお顔を拝見してみたいものだわ…!」
「親なんかとっくにいないよ。似顔絵でいいなら描いてやるけど?」

アラネアがそう言うと、怒りで全身を震わせたベネーヌが大きな音を立ててドアを閉め出て行った。
しばらく呆気にとられていたヴィーデだったが、アラネアがこちらに向かってウインクするとキラキラと瞳を輝かせた。
相手が礼節を欠いているならば身分の高い者でも物おじせず、歯に衣着せぬ言葉で対応する。返す発言はどれも正論で、ぐうの音も出なくなったベネーヌはここを立ち去る他なかったのだ。

「…アラネアさん…かっこいい…!」
「あはは!そう?しかしあんたも厄介そうなのに目ぇ付けられたもんだね。何かっていうと『お父様』なわけだ」
「そうなの。何でも彼女の父親は帝国の研究機関への資金援助が一番多いそうよ。だからアーデンに対していつも強気なんですって」
「ふうん…『アーデン』に対して、ねえ」
「…あ…」

思わず口元を押さえた。一国の宰相を敬称なしで呼ぶなど、自分たちの関係性をはっきりと認めたようなものだった。

「いいじゃないか、アタシに隠さなくていいって言っただろ?それにしても、あの男があんたに骨抜きにされるとはねえ。面白いわ」
「骨抜きなんてそんな…」
「もっと派手な女が好きそうだと思ったんだけどねえ」
「うん、それは私もそう思ったわ」
「…なんていうか、ヴィーデってちょっとミステリアスなところあるんだよねー。一見分かりやすそうなのに、すごく大きな秘密を腹の中に隠してそうな…そんな所が魅力的なのかしらね」
「…ひ、秘密…なんて隠してないけど…」

アラネアの鋭い観察眼に少しだけ恐くなった。傭兵でありながら准将にまでのし上がっただけの器があるのだろうと感じる。

「あー、酒飲んだら暑くなってきたね。風呂入ろうよ風呂!」
「いいよ、なら今お湯張ってくる」
「身体洗ってる間に溜まるでしょ。さあ行くよ」
「…え!?い、一緒に入るの!?」
「そうよー。ホラホラ、あの宰相を虜にした身体見せてごらんって!」

そう言いながらヴィーデの服を脱がそうとしてくる。酔っぱらっているのだろうかと思ったが、随分と楽しそうな顔をしているだけのようだ。
ソファにもたれかかったヴィーデにまたがりタンクトップをたくしあげる。こうなると一緒に風呂に入ってやらないと大人しくなる気配はなさそうだ。

自分で脱ぐから待ってくれと言おうとした時、再び部屋のドアがノックされた。覚えのあるリズムに、ヴィーデはあっとドアの方向を見た。

「ヴィーデ、アラネア准将がさ、今日来るって言って…」

視界に飛び込んできた光景に、アーデンは固まった。アラネアがヴィーデにのしかかり衣服を脱がそうとしているように見える。
というより、すでに半分ほど脱がされ上半身の下着が丸見えの状態だった。
アーデンとヴィーデ、そしてアラネアが視線を合わせたまま無言で5秒ほど過ぎ、そのうち小さな声で、あ、と声を出してドアを閉めた。

「あらら、宰相に見られたわね」
「……あーあもう……」

ヴィーデは深くため息をついて天井を仰ぎ見た。
閉めたドアの向こうで、アーデンは口元に拳を添えて今見たものが何だったのかを考えた。
アラネアにそういう趣味があるという話は噂でも耳にしたことがない。しかし万が一そうなのだとしたら、小鳥の籠の中に猫を放り込む様なものだと思った。
見栄えのいい女二人の絡みは嫌いじゃないが、食われるのがヴィーデとなれば話は別である。

少しだけ汗の滲んだ額に掌を押し付け、もう一度控えめにノックをする。

「あー…あのさ、ちょっといいかな?」

そう声をかけると、キイと音を立ててドアが開いた。すぐ目の前にアラネアが立っている。

「はいはい、どうしたの宰相」
「…今さ、その…何してたのかなーって…」
「ああ、一緒に風呂入ろうよって言ってたの」
「風呂?…ああなんだ…」

風呂か。
勘ぐりすぎたと短く息を吐く。ヴィーデの方に視線を向けると、少しだけ困った顔をして笑っている。
二人で風呂に入るという話になるほど気が合うと言う事なら、ヴィーデにアラネアを紹介してよかったとアーデンは思った。

それにしても。

さぞかし美しい光景になる事は必至だ。オレも一緒に、と言う言葉を飲み込んで、

「んじゃまあ…ごゆっくり」

とだけ告げて、アーデンはドアをゆっくりと閉めた。はあと深く息を吐いてしばし考え込み、ドアに耳を押し付けてみる。
が、すぐに自分は何をしているのだろうかと思い直し、髪をぐしゃぐしゃと掻きながら部屋の前から立ち去った。

その夜、アーデンの寝つきはいつもよりも少しだけ悪かった。



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