第24話

ルシスの若き王に彼らの愛車レガリアを返還した後、傷心のヴィーデを自宅へ招いたアーデンはようやくその腕に彼女を抱くと言う念願を果たした。

そこで知ったヴィーデの持って生まれた力の正体。

それはルシス王家の血筋の者へ強大な魔力を与えるとともに、シガイを含むあらゆる生命体がその活動維持のために必要とするエネルギーをも同時に分け与える。アーデンはそのように考えた。
そうなってくると、やはりイドラ皇帝を始めとした帝国の人間とヴィーデを深く関わらせるわけにはいかないと改めて思った。
ことにレイヴスに関して言えば、ヴィーデと同じフルーレ家の血筋のため魔力や生命エネルギー以外の恩恵を受けないとも限らない。
都合の悪い事に、レイヴスとヴィーデの間には婚姻の話まで持ち上がり、ここ最近ではヴィーデのレイヴスに対するネガティブな感情も薄れつつあるように見える。


ベッドの中でアーデンに寄り添い寝息を立てるヴィーデを見て短くため息をついた。


初めて出来た友達が一族の仇だと知ったヴィーデが基地を飛び出した後、レイヴスに先に帰るよう告げた後言われた言葉が頭をよぎる。

『探し出し、無事に帝国へ帰せ』

無事に、の部分を強調された気がするのはアーデンの思い過ごしだろうか。
レイヴスからすれば、結婚を申し出た相手が他の男の腕に中にいる事自体すでに無事ではない状況であることは分かる。

当初ヴィーデが帝国へ来たばかりの頃は、自分との関係が嘘でも噂になれば彼女に近づく男がいなくなるであろうとアーデンは考えていた。
しかしその後のレイヴスとヴィーデの婚姻話が大きな問題となった。
たとえ宰相であろうと、イドラ皇帝が許可しためでたい話から花嫁を奪い取り事が穏便に済むわけがない。

どれだけ長くこの世で生きて来たとしても、思い通りにいかないことは山の様にあると心底思った。



ヴィーデを起こさないように静かに首の下から腕を抜きベッドの端に腰を下ろす。サイドテーブルに腕を伸ばし、今日二本目となる煙草に火をつけた。
溜息と共に煙を吐き首の骨をごきりとならす。

「あー……仕事行きたくないなぁ…」

できれば今日一日この部屋から出ずに、好きな時に思う存分ヴィーデを愛したい。黒蝶真珠のように輝く豊かな髪を撫で、薄桃色の唇にキスをして何度でも柔らかな肌を味わっていたい。
たった一度では足りるわけもなく、ヴィーデを知れば知るほど一層渇きが増すのは不思議なものだと思う。

そんなことをぼんやりと考えていると、毛布の中のヴィーデがもぞもぞと身体を動かし両腕をうんと伸ばした。

「んー…アーデン起きてたの…?」
「うん。もう朝だからね」
「……ねえ、アーデンの身体…なんともない?」
「ん?君からもらった魔力の事?」

アーデンがそう言うと、そっちじゃないとヴィーデが言う。

「ほら、私って星の病やシガイの影響を受けない身体だって言ったでしょう?もしかしたら逆にあなたに悪いことがあるんじゃないかなって…」
「あー、それね。うん、大丈夫だよ」
「どうしてわかるの?」
「ヴィーデの血液調べてみたんだ。そしたらさ、体内に入った寄生虫の活動を停止させ体外に排出させてしまう効果が認められた。これは感染経路がシガイそのものからでも同じだったよ。寄生虫やシガイを直接殺すようなものではないから、オレがヴィーデの身体の中に入っても悪影響はない」
「…へー…っていうか、いつの間に私の血液調べたの?」

不思議そうな顔をするヴィーデに、それだよと言って耳たぶに光るダイヤのピアスを指さした。

「オレがヴィーデの耳に針を刺した時に血液を採らせてもらったんだ、ガーゼに染み込ませてね。それから直接君の血を舐めてみたけど、やっぱり問題はなかったね」
「だからあの時血を舐めてたのね」
「シガイ化しないって言ってたからね、そこにどんな体内システムが働いてるのか分からない事にはさすがにオレでも少し怖いからさ」
「そっか…でも良かった。それだけ心配だったから」

そう言ってヴィーデが微笑んだ。残りわずかとなった煙草を灰皿に押し付けて火をけし、ヴィーデの頬にかかった長い髪を手で梳きながら整えてやる。

「だからさ、思う存分何度でもヴィーデを抱けるってこと」

毛布の中に手を入れて滑らかな肌に触れると、ヴィーデはするりとそれをかわしてベッドを降りてしまった。

「シャワー借りてもいい?」
「ああ、こっち」

バスルームにヴィーデを案内すると、シャワーから少しだけ熱めの湯を出した。そのままボディーソープを泡立てて、ヴィーデの背中を優しく撫でていく。

「アーデンも一緒に入るの?」
「洗ってあげるよ」
「…自分でできるのに…」
「恥ずかしいの?一緒に温泉にも入ったし、もっと凄いことしたのに」

アーデンがそう言うと、少しだけ唇を尖らせたヴィーデがその顔にシャワーをかけた。ぶっと顔をしかめ、それを取り上げる。

「ほーら、大人しくしてなってば」

ヴィーデの背後から手を回し、首から胸元までするすると泡を撫でつける。滑りの良くなった掌を何度も胸に擦りつけていると徐々にヴィーデの呼吸が深くなっていく。
反応のいいヴィーデの身体に気を良くしたアーデンがその背中に腹を密着させて手を下腹部まで下げ耳元で囁く。

「ねぇ、もう一回する…?」
「…い…今はもういいわ…それにアーデンの身体ももたないよ?私から力を貰いすぎると危険なんでしょう?」
「その瞬間にヴィーデの身体から出れば大丈夫だってことが分かったから。だってホラ、ヴィーデのここまだこんなに」
「…もう…!」

頭を洗ってやると言って、今度はアーデンの頭にシャワーをかけてやる。床に座り、互いの頭を洗い合いながらアーデンが言う。

「嫌な思いしか、したことなかったろ?男と触れ合うのって」
「それはね…もちろんそうよ。でも、そういうものだとずっと思ってきたから…苦痛が当たり前だって」
「少しは違った?」
「全然違うわ。あんな風に大きい声が出るなんて思ってもみなかったから驚いたし、あれだけ気持ちいいと思ったのも初めてよ」
「………そ…」

それはどうも、と真顔のヴィーデに言った。まるで本を読んだ感想の様に評価され、思わず苦笑いする。
着替えを終えたヴィーデは、アーデンからもらったクラッカーを齧りながら自分は先に行くと言った。

「何で?オレも一緒に行くよ」
「でも…二人揃って行ったら怪しまれない?」
「まだ早い時間だし、誰も来てないだろ。平気だと思うよ」

そう言われ、二人はリベルタを連れアーデンのマンションを後にした。




念のためにと宮殿裏の出入り口から入り、そのまま魔導兵保管倉庫へリベルタを連れて行く。朝食の野菜を与え、倉庫を閉めてから二人で長い廊下を歩いた。

「ほんと、まだ薄暗いし人気がないわね」
「だろ?まあ給仕や雑用なんかはもう起きてるかもしれないけどね」
「今日は忙しいの?」
「ああ。何日もこっち空けたから、書類山積みだろうなあ…一日デスクワークだよ」
「そう…私の今日の予定まだ分からないわ。レイヴスに聞かなきゃ」

取りあえず一度部屋に戻る、とヴィーデが言った時。

「遅い帰りだな」

背後から聞こえた声に振り返ると、そこにはレイヴスが立っていた。鋭い視線をアーデンに向けながら、ゆっくりと近づいてくる。

「これはレイヴス将軍…朝早いねぇ。仕事熱心なのはいいけど、無理すると身体壊すよ?」
「……………」

ヴィーデの捜索をアーデンに奪われた後、ニフルハイムへ戻ったレイヴスは自宅へは帰らずに宮殿でヴィーデの帰還を待った。
しかし夜明け近くなっても一向に戻る気配のないヴィーデと彼女を探しに行ったアーデンに気を揉み、とうとう一睡もしないまま朝を迎えたのだった。
人目を避ける様に早朝を選び宮殿へ戻ったこと、二人揃って身体からほのかに石鹸の香りを漂わせ、加えて同じように生乾きの髪。
どれをとってもレイヴスの目には不自然に見える。
疑いの眼差しなど気にする風でもないヴィーデにレイヴスは言った。

「ヴィーデ……無事か?」
「え?ええ…特にどこも怪我はしてないわ」
「…本当にそうか…?」

ヴィーデに近づき、下ろしたままの湿った髪を手で持ち上げ首を露わにする。視線をそこに向けながら、何かを確認するかのようにぐるりとヴィーデの周りを一周した。

「…レイヴス、何してるの?」
「…いや」

今度はアーデンを見据え、

「無事なんだな?」

と言った。
その問いには答えずに、アーデンはただ両手を軽く広げて笑顔を見せた。いっそのこと、宣戦布告でもしてしまった方が気が楽かとさえ思う。
目の前の男は、自分とヴィーデの関係を知った所でそれを上に報告するようなタチではなく、むしろ挑まれた戦いには一人で受けて立つタイプだろうとアーデンは思っている。

「…ヴィーデ、今日は半日身体を休めろ。訓練は午後から始める」
「ええ、分かったわ」

二人がその場を立ち去る後ろ姿を見つめていたレイヴスだったが、もう一度ヴィーデと声をかけた。
前方に回り込み、そしておもむろにヴィーデのタンクトップの胸元を指先で少しだけ下げる。

「……!」

鎖骨の下に見えたのは、赤く鬱血した小さな痕。アーデンがヴィーデを愛した時に、戯れから残した所有物としての証だった。

「レ、レイヴス…何?どうしたの?」

痕跡に気付いていないと見えるヴィーデの問いには答えず、レイヴスは強い威嚇を込めた目線で宰相を睨みつけた。
それを真正面から受け止めたアーデンは白い歯を見せて笑い、

「心配性だなぁレイヴス将軍。君の大事な部下はひとつも痛い思いなんてしてないって」

痛い思いはね、ともう一度付け加える。
ヴィーデを間に挟みしばし睨み合い、先に踵を返したのはレイヴスだった。遅れるなよとヴィーデに告げてその場を去っていく。

「……なんか変なのレイヴス」
「………まぁ…気持ちは分かるけどね」
「何が?」

首をかしげるヴィーデの頭をぽんと撫でて、何でもないよとアーデンは言う。これがまるで逆の立場なら、アーデンは気の狂う思いをするだろう。

「ヴィーデ、訓練は午後からだって言ってたよね。少し寝たほうがいいよ」
「ん、そうするわ…結局二時間くらいしか寝てないし…」

そう言って大きく伸びをしながらあくびをした。そんなヴィーデを見ていると、数時間前の白い素肌をさらした艶めかしい姿を思い出す。
周囲を見回し、細い腰に腕を回して死角になっている廊下の隅にヴィーデを引き込んだ。
頬を両手で挟み込んで上を向かせ、少しだけ開いた唇にキスをした。

「ア、アーデン…!人に見られたら…」
「ね、またオレの家に来てくれる?」
「…え…うん…」

また行ってもいいなら行く、と少しだけ頬を染めてヴィーデが言う。

「きっとだよ。毎日でもいいくらいなんだから」

ヴィーデを強く抱きしめ耳元で言う。鼓膜を振るわせるような低い音に、思わず目を閉じ深く溜息を吐く。ヴィーデはアーデンの声が大好きだった。

温もりが離れるのを惜しみつつ別れ、互いの部屋へと帰る。
ベッドに寝転んだヴィーデは、昨夜の出来事を思い返しながら自分の衣服にうつったアーデンの残り香に少しだけ身体を火照らせ目を閉じた。







昼休憩から2時間余りが過ぎた頃、一向に訓練場に姿を現さないヴィーデに業を煮やしたレイヴスは、気持ち速足になりながらその部屋へと向かっていた。
よもやまたあの男と一緒にいるのであるまいか。そんな焦燥感がレイヴスを急がせていた。

ヴィーデの部屋の前に立ちドアを数回ノックする。

「………出ないな…いないのか?」

静かにドアノブを回すと、キイと音を立てて内側に開いた。女の部屋に無許可で入るなどレイヴスの性には合わないが、それでも小さな声で入るぞと断りを入れ足を踏み入れた。
リビングのテーブルにはソードベルトと蓋が開いたままのペットボトルが無造作に置かれている。

あまりにも静かな室内に、部屋の主は不在なのではないかと思いながら隣の部屋のドアを開けると―。

「…ヴィーデ…」

室内のベッドの上に、大の字になって眠るヴィーデがいた。口を少しだけ開いて、そこから静かな寝息が聞こえる。
ゆっくりと近づき、ベッドサイドに腰を下ろした。他人が室内に入り込んでも全く起きる気配のないヴィーデにため息をつく。

視線は自ずと、先ほど見た白い胸元へと落とされた。今はタンクトップで隠れて見えないが、そこには確かに小さな薔薇に似た痕が残されていた。
アーデンの挑発的な態度から、軍内部で囁かれているヴィーデとの噂は事実なのだろうとレイヴスは思う。
立場を利用し繰り返しヴィーデを弄ぶアーデンに心底腹が立った。

「ヴィーデ…起きろ」

起こそうと声をかける割に、レイヴスから発せられたそれは囁くほどの小さなものだった。もう少しだけ、この無垢な寝顔を見ていたいという思いがレイヴスにそうさせた。
ヴィーデの頬にかかる黒い髪をそっと手で退けてやる。ルシス王家とフルーレ家双方の血を引くと言うヴィーデには、両方の良い面がしっかりと表れていると感じた。
夜空のような黒い髪はノクティスのそれとよく似ており、抜ける様に白い肌は妹であるルナフレーナを思い起こさせる。

「……………」

柔らかそうなその頬に、そっと人差し指の裏で触れた。労わる様に撫で、もう一度小さな声でその名を呼んだ。

「……ん……」

眉毛を僅かに動かして、ヴィーデがゆっくりと目を開いた。頬を撫でていた手をさっと引っ込める。

「起きたか?」
「………レイヴス」
「オレは遅れるなと言ったんだが…今何時だと思っている?」
「…な、何時?」

レイヴスは無言でベッドサイドの時計を手に取りヴィーデの顔の前に差し出した。その瞬間両目を大きく見開き身体を勢いよく起こした。

「…っ…!3時!?やだ私…何時間寝てたの!」
「オレは2時間お前を待ったぞ」
「ご…ごめんなさい…!すぐ出るわ!」

髪を結わきながらベッドから飛び降り、ドレッサーから靴下を引っ張り出して慌てて履く。

「よし、さあ行きましょ」
「……ブーツは履かないのか?」

そう指摘され、ああと頭を掻いた後ベッドの足元に放り投げてあったブーツに足を突っ込む。
今度こそ行くわよと言いながらリビングへ向かったヴィーデを見てレイヴスは軽くため息をつく。

「…引き出しくらい閉めていけばいいものを…」

そう呟いて開けっ放しのドレッサーの引き出しを閉めてから寝室を後にした。





レイヴスと共に部屋を出たヴィーデがドアに施錠をしていると、背後からコツコツと軽快な音が響いてきた。
そちらに視線を向けたヴィーデの顔が一瞬で歪む。

「あらこんにちわ…ヴィーデさんとレイヴス将軍…ご機嫌いかが?」
「ベ、ベネーヌさん……」
「いやーね、そんな顔しなくてもいいじゃない。私たち、お友達でしょう?」
「と…友達…」

ひきつった笑顔でそう言うと、ベネーヌは真っ赤な唇の端を吊上げて笑った。

「そうじゃなくて?私たち、もう何度もお話いたしましたでしょ?お互いの事をしっかりと理解できたと思ってるわ」
「は……はあ…」
「…それで、友人として忠告いたしますけど…貴女、こんな風に殿方をお部屋に引き入れているのですから、そろそろアーデン様とのご関係を清算なさった方がよろしくてよ?」
「…………」
「ああ、貴女の過去についてはもう何も言いませんわ。世界中には貴女の様に恵まれない生き方をしている方々が多くいらっしゃいますものね。生きるために身体を好きでもない男性にささげなければいけないなんて…本当にお可哀相」

そう言って、大げさに眉尻を下げてヴィーデを憐れんだ。あからさまな嫌がらせにヴィーデが小さく息を吐いたとき、背後にいたレイヴスが一歩前に出ようとした。
しかしその腕を掴んだヴィーデはレイヴスの顔を見上げて小さく首を振る。

「そうそう、それより見てこれ!アーデン様から頂いたのよ、綺麗でしょう?」
「…え?」

ヴィーデの顔の前に差し出した左手の薬指に、真紅に光る大きなルビーのついた指輪が輝いていた。ヴィーデの心臓が一瞬ドキリとなった。

「嬉しかったわー。私が赤い色が好きだってちゃんと分かってくださっていたのねアーデン様」
「……よ、よくお似合いです…いつ貰ったのですか?」
「…えっと…昨日よ!昨日貰ったばかり」
「…昨日…」

昨日アーデンは一日中ヴィーデと時間を過ごした。ベネーヌは嘘をついているとすぐに分かったが、小道具を用意してまでヴィーデとアーデンを引き裂こうとするその必死さはある意味感心さえする。

「ベネーヌさん…アーデン宰相を、とてもお好きでいらっしゃるのですね」
「…………私、これまで欲しかったものは全て手に入れてきましたわ。叶わなかった願いなどひとつもありませんでしたから」
「…………」
「ですからヴィーデさん、ぜひ貴女にも私を応援していただきたいの、お友達としてね。私は貴女とレイヴス将軍がお幸せになれるよう、心から願っておりますのよ」

ベネーヌはそう言いながら、ヴィーデとレイヴス双方に視線を向ける。

「アーデン様はお優しい方ですから、不幸な境遇のヴィーデさんを放っておけずにいるのでしょうね…でもあの方も家庭を持って幸せになる権利があるわ」

ヴィーデよりも背の高いベネーヌが、その顔をぐっと近づけて言う。

「これまでアーデン様に懇意にして頂いたことを恩に感じていらっしゃるなら、貴女から彼にきっぱりとお別れを告げるべきですわ」

これは友人としての忠告だ、とベネーヌが言った。そしてレイヴスの横を通り過ぎる際、

「貴方も、ご自分の婚約者の手綱はしっかりと握っておいた方がよろしくてよ?ヴィーデさんは少々男性に対して奔放なところがおありのようですから…」

と言った。レイヴスは一度目を閉じ、そして横目でベネーヌを見据えながら言う。

「思い通りにならない女ほど魅力的なものだ。手に入れるまでの工程を楽しむのも、恋愛の醍醐味だと思われないか?」
「………!」

一瞬立ち止まり鋭い視線でレイヴスを睨みつけたベネーヌは、品の無いことと呟いてその場を去って行く。
毎度毎度ご苦労なことだとヴィーデは深くため息をついた。






その後訓練場へ向かうエレベーターに乗り込むと、それまで無言だったレイヴスが口を開いた。

「お前も、あの女にあれだけ言われよく何も言い返さずにいるな」
「言い返すとめんどくさそうじゃない…」
「黙っていても変わりはないだろう」
「…私…あの人を少しだけ羨ましく思うことがあるのよ…」

エレベーターのボタンを眺めながらヴィーデが言った。

「欲しいものを欲しいって言えて、あんなに必死になって…自分に正直で…私には無理だわ」
「…お前も…言えばいいだろう」
「私は……今持ってるものをせめて失わないようにする事に必死で、だから自分から何かを欲しがるなんて…そんな生き方をしてこなかったわ」
「……………」
「ダメね、与えられることに慣れると我が儘になって。身の丈に合わないものを欲しがったって、きっと幸せにはならないのに…」

ヴィーデがそう言って下を向いたとき、レイヴスがその頭に右手を置きそのまま静かに胸に抱き寄せた。
一瞬身体を固くしたヴィーデに、

「…訓練場に着くまででいい…少しだけ許してくれ」

と言った。耳をぴったりとくっつけたレイヴスの胸から早い鼓動が伝わる。ニフルハイムへ来て以来、こうして他人から与えられる温もりの心地良さに酔いしれることが増えたように思う。
今自分を包み込む男が一族の仇だと理解していても尚、ヴィーデはその腕を払うことができなかった。






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