第22話

久しぶりの休日を明日に控えた日の夜、ヴィーデは鏡台の前に座りメイク道具一式とにらめっこしていた。
ニフルハイムへ初めて連れてこられた日、給仕の女性にしてもらった化粧はどんなだったか、どれをどの手順で使えばあの日の自分が再現できるのか。
目の前には10種類ほどの化粧品があるが、口紅とマスカラ以外は用途が分からずにいた。

とにもかくにもやってみない事には始まらない。
何度か見て印象に残っている貴族令嬢の化粧を参考に、瞼や頬、唇に色を乗せていく。

「……うーん…近いようで遠いわ…」

鏡の中の自分を見て盛大にため息をつく。これではいつか見たサーカスのチラシに載っていたピエロのようだ。
年頃の女性たちは一体どこでメイクの仕方を習うのだろうか。
一度このピエロメイクを落としてやり直そう、そう思った時、部屋のドアがノックされた。
特徴的な叩き方から、訪問者がアーデンであるとすぐに分かる。

「ヴィーデ、今なにし…て…」
「アーデン、こんばんわ」
「……………」
「どうしたの?」
「…悪い、部屋間違えたわ」

そう言ってドアを閉めようとするのを慌てて引き留める。

「待って…!間違えてないってば!ヴィーデよ!」
「………君何してるの?」
「お、お化粧の勉強…」




引っ張られるようにしてヴィーデの部屋へと入ったアーデンは、ひとしきり笑った後化粧が濃すぎだと言った。

「えー…でも、あの貴族の女性たちを真似してみたんだけど」
「参考が悪すぎるよ。ヴィーデは化粧なんてしなくても十分魅力的だから」
「でもそれじゃあ女としてどうかと思うの」
「だいたい何で彼女たちがあんなにがっつり化粧してると思う?」

そう言いながら、アーデンは湯に浸して温めたタオルでヴィーデの顔を拭き始めた。

「それは、綺麗になりたいからでしょう?」
「短所を隠すためだよ」
「…隠すために化粧をするの?」
「例えば、そうだな…目が小さい人がいたら、それを少しでも大きく見せるために瞼に色を塗って目の縁を黒く囲んで睫毛にたっぷりマスカラを塗るだろ。そうやって短所を隠してるんだよ。でも十分目の大きなヴィーデがそれと同じことをやると、さっきみたいな悲惨な顔になっちゃうってこと」
「…難しい…」

疲れたような顔をするヴィーデの頬を撫でて、アーデンは困ったように笑う。

「まあオレも男だから詳しいことは分からないけどね。でもさ、ヴィーデのまつ毛はマスカラなんていらないくらい濃くて長いし、ほっぺに色なんて塗らなくても血色がいいだろ?だからそのままでいいんだって」
「…なんだかつまらないわね」
「だいたい何で急に化粧なんてしようと思ったの?」

アーデンにそう問われ、ヴィーデは少しだけ俯きながらぼそぼそと言った。

「アーデンが…綺麗にお化粧した人の方が好きだろうなって思ったから…」
「オレが?何でそう思ったの?」
「貴族の女の子たち、みんな綺麗でオシャレだし…私なんていっつも同じような恰好してるじゃない?だからなんだか…」
「………」

要はヴィーデが自分のために化粧をしようと思ってくれたのだとアーデンは察した。
いつも自然体で、いい意味で無理な身の飾り方をしない女だと思っていただけに、ヴィーデが人知れず年相応の悩みを抱えていたことを知って嬉しくなった。

「へえ、オレのためってこと?」
「…自分のためよ」
「いずれにしても、彼女たちをお手本にするのは止めた方がいいと思うよ。あれはちょっといただけない」

そう言うと、男ってわがままねとヴィーデが言った。

「ところでさ、オレ今日からちょっと留守にするからね。二、三日かかるかも」
「どこかに行くの?」
「うん、ちょっと人案内にね。カーテスの大皿って知ってる?そこまで行くの」
「カレーの…お皿…?」
「……カーテスの大皿!巨神タイタンがいる所だよ」

呆れたように笑って、もう少し神話について勉強したらどうだとアーデンが言う。

「神話かぁ…難しそうね」
「薬草を育てるより簡単だよ。君の一族と関わりが全くないわけじゃないんだから、今度一緒に本でも読んでみようか」
「簡単なのでお願いするわ。じゃあ少しの間会えないのね」
「寂しい?」
「アーデンは?」

ヴィーデがそう言うと、オレは寂しいよと答えた。

「じゃあ私も寂しいわ」
「じゃあって何、じゃあって…」

ヴィーデの頬を両手で挟み込んで優しく押しつぶす。突き出た唇に音を立ててキスをしてぎゅうと抱きしめた。

「気を付けて行ってきてねアーデン…」
「ああ、君もね」
「…私が、何に気を付けるの?」
「んー…まあ色々と、ちゃんと自衛してね」
「…?…うん、分かった」

それからもう一度キスをして、部屋を出るアーデンを見送った。
明日の休みを使って、街の本屋にでも行ってみようかとヴィーデは思った。
どうやらこの先、ルシス王家との関わりにも神話は欠かせないようであるし、知識を頭に入れておいて損はない。
物知りなアーデンに対し、この世の事に無知すぎるままの自分では到底話についていけそうにはないとヴィーデは思った。




翌朝、遅い朝食を終えたヴィーデは寝間着のまま地図でグラレア内の書店を探していた。
広い街の中でやみくもに探すよりも、目的地を見繕ってから出掛けなければ今日中に終わる気がしない。
地図上の本屋の位置を赤い丸で囲み、これでオーケーと呟いた。

そろそろ着替えようかと思った時、部屋のドアがコツコツと叩かれた。

「…え…誰だろう。アーデンは夕べからいないはずだし…」

テーブルの上の剣を手に取り後ろに隠し、ゆっくりとドアを開ける。顔半分ほどの隙間から外を見ると、そこには真っ白い服が見えた。

「レイヴスだ」
「レイヴス…?」

見知った顔に少しだけ安堵しドアを開く。薄い水色のナイトワンピースに寝癖のついた髪のままのヴィーデを見て僅かに眉をしかめる。

「…お前まだそんな恰好をしてるのか…今何時だと思っている」
「だ、だって今日休みだし…」
「だいたい訪問者が誰かも分からないのにそんな状態でドアを開けるな」
「……平気よ。誰か分からないからこれ持ってドアを開けたし」

そう言って背後に隠し持っていた剣を見せた。

「…それでオレを斬るつもりだったのか」
「別にレイヴスなら安心でしょ。今日はどうしたの?私の部屋に来るなんて初めてじゃない」

安心な男と言われて喜ぶ者がいるのかどうか。複雑な胸の内は秘めて、レイヴスはヴィーデの持っている剣を見せてみろと言った。
顔を近づけて、その刀身に目を凝らす。

「刃こぼれが酷いな。一度も手入れをしていないんだろう?これでは野菜すら切れんぞ」
「あー…手入れか。そういえば一度もしてないわ。気にしたことなかった」
「今日は休みだったな?街に武器の手入れをしてくれる店がある。そこへ連れて行ってやるから支度をしろ」
「武器の手入れなんて軍の中でやるんじゃないの?」
「魔導兵が使う武器はほとんど使い捨てだから手入れはしない。だがオレや准将クラスの持つ武器は物が違うんだ。腕のいい刀鍛冶は欠かせない」

そう言われ、自分の剣を改めて眺めると所々が欠けて状態はいいとは言えない。

「…んー、分かったわ。ちょうど街に出ようと思っていたし、待ってて準備するから」

ドアを開け放ったまま室内へと戻る。待たせている間紅茶でも淹れてやろうと電気ポットのスイッチを入れるが、レイヴスはドアの外で立ったまま入ってこようとしない。

「……何してるの?」
「待っているんだが…?」
「入らないの?」
「………」

不思議そうな顔をしてこちらを見るヴィーデの顔に、他意は全くなさそうだった。

「着替えるのだろう?」
「そうよ、別に寝室で着替えるんだから平気よ。紅茶でも飲んで少し待ってて」

そう言われ、ようやくレイヴスが室内へと入ってきた。女の部屋に男が入るということの意味を、ヴィーデは全く考えてはいないようだった。
それとも、男として見られていないということだろうか。
出された紅茶は不思議な香りのするハーブティーで、口に含むと爽やかな酸味が広がる。

「……お前はいつもこんな風に部屋へ男を招き入れるのか…?」
「いつもっていうか…ここへ来るのは給仕の女性か宰相だけよ」

リビングの隣の寝室から声が聞こえる。布の擦れる音と、床にそれが落ちる音がレイヴスの耳に届く。引き出しを開け、今日これから着る服を取り出し、それを一つずつ身体に通してく。過敏になった聴覚がささやかな音をとらえ、映像としてレイヴスの脳裏に浮かぶ。
どうにも落ち着かず、半分ほどになったハーブティーを一気に飲み干した。

アーデンとヴィーデの関係については軍内部でもまことしやかに囁かれてはいたが、それがどこまで真実なのか定かではない。
ヴィーデがここニフルハイム帝国へ連れてこられた最たる理由は、彼女を介して多大な力を得るというものがあったわけで、それを宰相が利用しようと考え寵愛していたとしても何ら不思議ではない。しかしそこにヴィーデの心が僅かでも介入していたとしたら、レイヴスにとっては穏やかな話ではなくなる。

ヴィーデがはるか昔、フルーレ家からぞんざいな扱いを受け捨てられた神凪候補の子孫だと知った時、そしてこれまでどのような生き方を強いられてきたかを目にした時、レイヴスは心から憐れみ同情を覚えた。自分の祖先がしたことの罪を、今のヴィーデにどのように償えばいいかを考えるようになった。

そんな時、カリゴがレイヴスとヴィーデの婚姻話を持ち掛けたのだった。もちろんそこには軍でヴィーデを管理すると言う目的があってのことだが、自分の手の届く場所に置いておけば、彼女を守れるかもしれないとレイヴスは考えた。間違ってもヴィーデに妹であるルナフレーナとルシスの王であるノクティスに手を出させるわけにはいかない。世界を敵に回して生きていけるほどの強さを、ヴィーデは持ち合わせてはいないのだから。

罪を償い、そして守るため。

そう思いヴィーデとの婚姻を受けたが、近頃そこに一族とは関係のない、レイヴスの個人的な感情が混じるようになった。
宰相の取り巻きである貴族令嬢の嫌がらせを受けてもなお、ヴィーデはアーデンを庇うような言動をする。次から次へと違う女の機嫌を取り、逢瀬を重ねる男に通す義理などどこにあるのか。思い返すだけではらわたの煮える思いがする。レイヴスは誠意の欠けた人間が大嫌いだった。

「お待たせ」
「…ああ…」
「どうしたの?なんだか怖い顔してる…」
「何でもない。ところでお前の用事とはなんだ?買い物か?」
「うん、本屋さん。神話のお話について勉強しろってアーデン宰相が言ってたの。だから何か本を探そうと思って」
「……………」

またあの男の話だ。
もともと鼻持ちならない人間だと思っていただけに、その名がヴィーデの口から発せられると嫌悪感が増す。

「本屋さん、どこかお勧めある?」
「…ああ、鍛冶屋への途中に何か所かある。そこで探せばいいだろう」

レイヴスと街へ出ると、人々の視線を浴びていることがどうにも気になった。以前蓄音機を買いに来たときにはこのような状態ではなかったのにとヴィーデは持った。

「…レイヴス、どうして普段着で来なかったの…?その恰好目立つよ…」
「そうか?」
「街の人たち、みんなじろじろ見てるじゃない…」
「オレとお前の婚姻の話が公になったからではないか?今ではお前も黒チョコボの騎士などと呼ばれ有名人らしいからな。嫌でも目立つさ」
「…早く本屋さんに入りたい…」

ヴィーデが小さな声でそう呟くと、そこに一軒目があるとレイヴスが先を指さした。
大きくはないが、古そうな本屋だった。人目を避けるようにして、ヴィーデが駆け込むとそれにレイヴスが続く。

店内は壁いっぱいに本棚が並び、そこにみっちりと本が押し込められている。棚に入りきらない分は無造作に積み上げられ、少しでもぶつかれば頭上からばらばらと落ちてきそうな状態である。本屋と言うよりは古書店のようだとヴィーデは思った。

「…神話のお話…神話神話…」
「ヴィーデ」

名前を呼ばれレイヴスの方を振り向くと、その手には数冊の絵本が持たれている。

「これがお前には分かりやすいと思うが」
「………絵本じゃない…私子供じゃないんだから」
「オレも子供の頃同じ本を読んだ。短いが神話の大まかなストーリーを把握するだけならそれで十分だと思うぞ。本格的なものは分厚いし内容も小難しい」

受け取った本を裏返すと、下部に小さく『スティーブ』と書いてある。以前の持ち主の名前だろう。

「スティーブ…か…」

本を開きぱらぱらとページをめくると、所々茶色いシミや小さな落書きがある。思わず笑みがこぼれた。

「…じゃあ、これにしよう。大事に読むわねスティーブ」

レイヴスから勧められた本を紙袋に入れてもらい店を出た。
その後ヴィーデとレイヴスの武器の手入れをしてもらうために鍛冶屋へ行き、ぴかぴかに磨かれたそれを携えて帰りの道を歩いていた。

ヴィーデの隣を歩くレイヴスが、ふと道の途中で足を止めた。どうしたのかと振り返ると、一軒の店の前で何かを見つめている。

「レイヴス?」

そこは婚礼衣装の専門店だった。ガラス張りのショーウィンドウには真っ白なドレスやタキシードが飾られていたが、レイヴスが見入っているのは右端に取り付けられたテレビモニターだった。
オルティシエに保管されているルナフレーナ・ノックス・フルーレの婚姻衣装の様子が流れている。
本来ならば今頃は、ルシスの若き王子とオルティシエで結婚式を挙げていたはずの妹はその安否もわからぬまま。
一部では神凪の目撃証言も出ているがそれも定かではない。兄としては心配が尽きないのではないかとヴィーデは思う。

そっとしておいてやった方がいいかと思い静かにそこを立ち去ろうとした時、店内から姦しい女店員が現れた。

「あらららこれは…!レイヴス将軍閣下にヴィーデ少佐ではございませんか!この度はご結婚大変おめでとうございます!」
「…えっ…い、いや…結婚はまだ…」
「ご婚礼の衣装をお探しですか?でしたら店内に色々なデザインがございますよー!ぜひご試着もどうぞ」
「いえ…あのっ…私…」

結婚するなんて一言も言っていない。しかも店員の大きな声で人が集まってきてしまった。
逃げ場を失っているうちに腕を引っ張られ、ずるずると店の中へ引きずり込まれた。

「っちょ…っと!レイヴス!!なんとかして!」
「…オレはここで待っている」
「そうじゃなくて!!」

悲愴な表情のまま店内へ連れて行かれるヴィーデを見送り、レイヴスは再びモニターに視線を移した。
袖部分が切り離され翼の様にも見える真っ白なドレス。これをルナフレーナが着ることは恐らくできないであろうことをレイヴスは分かっていた。
そしてそれは本人も理解しているはずだった。それでも、一目だけでいいからこれに袖を通し幸せに微笑む妹の姿を見たいと願ってやまない。
兄らしいことなど何一つしてやれなかったレイヴスの、ただ一つ出来ることはルナフレーナが使命を全うし本懐を遂げる事を祈るだけだ。

ぼんやりと見入っていると、そのうち周囲からわっと声が上がった。

「レイヴス将軍閣下、お待たせいたしましたー!簡単に試着していただいただけですけど、いかがです?とーってもお綺麗ですよ!」
「………」

店員に押し出されるようにして店の外に出てきたヴィーデは、背中の大きく開いたプリンセスラインのドレスを着ていた。
ほくろ一つない真っ白な肌を惜しげもなく見せ、それとは対照的な漆黒の髪を頭部の下の方で緩くまとめている。
そこから大きな白いバラの花で留められた長いベールが風に揺れ、文句の付けどころのない完璧な花嫁がそこにいた。

わずかに目を見開き固まるレイヴスに気付き、どんな嫌味を言われるかとヴィーデは警戒した。
常日頃からろくなことなど言われた試しがないのだ。

「な…なんですか…私だって着たくて着たわけじゃないんだから」
「…いや……やはりお前は、美しいな…」
「………今なんて?」
「……………」

聞き違いだろうか、美しいと言われたような気がした。
うっかり出た本音に口元を拳で隠すレイヴスの、ほんの僅かに染まった頬を見ているとそれが冗談の類ではないことを鈍いヴィーデでさえ悟った。
相手が赤くなるものだから、つられてこちらまで顔が熱くなる。いい歳をして何をやっているのだか、とヴィーデは思った。

と、その時突如ビルの間を強い風が吹き抜けた。ヴィーデの頭に付けていたベールが外れ、真後ろに向かって飛ばされそうになった。

「ああっ!ベールが…!」

思わずのけぞり後ろに手を伸ばした。長いドレスの裾を踵で踏みつけ、ヴィーデの身体が真後ろに倒れていく。

「馬鹿…!あぶない!」
「!!」

レイヴスが咄嗟に両腕を伸ばして白い花嫁の身体を受け止めた。その瞬間、二人の耳にカメラのシャッター音が聞こえた。
音のした方を見上げると、カメラを構えた若い女の姿があった。

「ね、ねえちょっと…今撮ったその写真どうするつもりなの?」

そう声をかけると、女は人懐っこい笑顔で言った。

「どうにもしませんよ、安心してください!私、黒チョコボの騎士のファンなんです。だから一枚だけ許してください…!」
「え…ファン?わ、私の…?」

そう言われて悪い気はしない。内心にやけながら、くれぐれも悪用しないようにと女に注意をする。
その後ドレスを脱ぎ、人だかりをかき分けて急ぎ足で宮殿へと逃げるように帰って行った。





それから二日後の夜。


ノクティスら一行をカーテスの大皿まで導き、巨神タイタンの啓示を受けさせたアーデンがニフルハイムへ帰還した。
揚陸艇が宮殿へ到着し、魔導兵を保管倉庫へ戻していた時。

アーデンの前にカリゴが現れ、一部の新聞を差し出した。

「お早いお帰りで…いや、遅かった…と言うべきかな?」
「?」

受け取った新聞を見たアーデンは大きく目を見開き、血相を変えてヴィーデの部屋へと走り出した。



その頃、ヴィーデはレイヴスに見繕ってもらった神話の絵本に目を通していた。
ページの下の方に、前の本の持ち主であるスティーブが描いたと思われる可愛らしい雷神ラムウの落書きがある。
茶色いシミは、チョコレートでも食べながら読んでいたのだろうか。

大きなあくびをして、そろそろ寝ようかと思っていると突然部屋のドアが大きな音で叩かれた。
びくりと肩を揺らし、思わず本を床に落としてしまった。

「びっくりした…な、何?誰!?」

アーデンの叩き方ではない。この時間帯に正体の分からない来訪者を迎えるのは危険だと思い息を潜めた。
しかし…

「ヴィーデ、オレ…!!」

アーデンの声だった。いつもとは明らかに様子が異なるが、ドアの向こうにいるのがアーデンだと分かりホッと息を吐いた。
今開けると声をかけて、ドアを開いた。口元に笑みを浮かべてはいるが、その目には怒りの色が見える。

「おかえりアーデン…ど、どうしたのその顔…」
「あのさ、なにこの写真?」

手に持っていた新聞紙をヴィーデに突き付ける。するとそこには紙面の半分を使い、先日のウエディングドレスを試着したヴィーデの姿が写っている。
見出しは『黒チョコボの騎士、鎧を脱いで花嫁衣裳に』とある。しかもあろうことか、あの時ヴィーデが飛ばされたベールに手を伸ばし倒れかけ、そこをレイヴスに抱きとめられ馬鹿と罵られた瞬間の写真だった。

「ええ!!なにこの写真!?」
「それ今オレが言ったセリフだよね。聞いてるのはオレの方だから。ねえヴィーデ、オレが留守の間にいつの間にレイヴス将軍との結婚の話を承諾したの?しかももうドレス探したの?ご丁寧にこんな写真新聞に載せちゃって帝国中に知らせて、これどうなるかわかってるの?」

早口でそう捲し立てた。今まで見た中で一番怒っているのではないかと思う。
あの女が新聞社に写真を売ったことは明白だ。ファンだと言われ浮かれたのが馬鹿だったと後悔した。

「ち、違うのこれ…!結婚なんてしないし…写真も勝手に撮られてその人が新聞社に売っちゃったのよ!」
「そもそもどうしてウエディングドレスなんて着てるの?そこからしておかしいだろう!?」
「あー……それも…その…そうだ、レイヴス!レイヴス呼ぶから!話を…」
「へえそう、レイヴス将軍をここへ呼んで二人揃ってオレに結婚報告してくれるってわけ?悪いけどご祝儀はやれないよ?祝う気持ちなんてこれっぽっちもないから」

口だけ笑ったアーデンの顔はもはや凶悪そのものだった。
自分の説明ではさらに誤解を招きそうなので、弁の立つレイヴスを読んで来なければとヴィーデが部屋を出ようとした時アーデンがその手首を力強く掴んだ。

「ちゃんと、ヴィーデの口から説明を聞きたいんだよオレは…!逃がさないよ」
「に…にげ…逃げるつもりはないから…」
「オーケー分かったよ。まぁ、朝までまだたっぷり時間はあるから…せいぜいオレが納得できる言い訳してよね」
「……はい……」

その日はヴィーデにとって、ここ数年で最も長い夜となった。それ以降写真がトラウマとなり、しばらくは街を散策することも出来なくなった。







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