第20話

アーデンは宮殿に与えられた部屋以外に、そこからほど近い高層マンションにも家を持っていた。
しかしヴィーデがニフルハイムへやってきて以来、必要な物を取りに来る以外に自宅へ戻ることは少なくなり、そのほとんどを宮殿で過ごすことが多くなっていった。
そのうちここへヴィーデを連れて来られたら、そう思うようになった。

確かな言葉で確認したわけではないけれど、アーデンはヴィーデとの確実な距離の縮まりを感じている。
ヴィーデに出会った当初は、単に物珍しさから玩具に触れる感覚で接していただけのように思う。
けれどその心を覗くほどにさらに奥へと誘われ、今ではすっかりヴィーデという存在がアーデンの中で大きく膨らんでいた。

常に側にいる事が叶わない上ヴィーデにはレイヴスとの結婚の話まで浮上し、アーデンを取り巻く邪魔な貴族という複数の壁があり思い通りにいかない事も多々あれど、かえってそれが二人の想いに熱を注ぐ形となっている。
今もこうして人目に触れぬように、別の男からプロポーズを受けているヴィーデの元へ通うことはある種のスリルをアーデンに与えていた。
障害が多ければ多いほど、男女の想いが高ぶることはいつの時代でも同じであると言える。

「ヴィーデ、オレ」

そう声をかけて部屋のドアをノックすれば、笑顔のヴィーデが迎えてくれる。
ドアを閉めてすぐに抱きしめ、そしてキスをする。この時間帯、朝食を終えてひと時のティータイムを楽しんでいたヴィーデの唇からはハーブの香りがする。

「今日はローズヒップ?」
「そうよ、ハーブティーに詳しくなったねアーデン」
「ヴィーデのおかげでね」

そう言ってもう一度キスをする。毎回違うハーブを味わうのも、アーデンの楽しみの一つとなっていた。

「…で、今日はどちらの貴族令嬢とデートなの?」
「え?」
「そうなんでしょ?」
「…なんで分かったの?」
「だってアーデン、貴族の女性と会う日は必ずその日の朝に私の所へ来るわ」
「……そう…なの?」

無意識だったのかもしれない。嫌な仕事がある日は一日の初めにヴィーデの顔を見ておきたい、そんな気持ちが行動となって現れ、そしてそれをヴィーデはしっかりと見抜いていた。

「ベネーヌさん?」
「いや…今日は違う」
「モテる男は大変ねぇ」

そう言ってアーデンをからかう。

「ホント…大変なんだよ。今日の相手は若くてね…あのさ、全く会話が成立しないの。人の話を聞かないとかそういう次元の問題じゃあなくてね。今の若い子ってみんなああなのかな」
「若い子って、アーデンからしたらこの世界にいる人達みんな若いんじゃないの?」
「そうだけど…いや、なんていうか…」

上手く説明できずに困ったように頭を掻くアーデンを笑い、それにつられてアーデンも笑う。

「あー…そうだ。そのベネーヌ、もしかしたら君に接触してくるようなことがあるかもしれない」
「私に…?どうして?」
「以前釘を刺されたからね、人妻にちょっかい出すなって」
「…まだ結婚してないのに…」
「彼女の親は研究機関に最も多くの資金援助をしている。そのせいか、オレに対する態度も一番強気でね…」
「あなたに言ってもダメなら私にってことかな…?」

そう言って軽くため息をつくヴィーデのおでこに軽くキスをして、そういうこと、とアーデンは言う。

「近いうちまた貴族の連中が集まる。もしそこで何か言われても、相手にするなよ」
「分かってる、大丈夫よ」
「…オレについて言われても信じないで。いい?」

再度念を押され、心配性ねと言ってアーデンを抱きしめた。

「平気よ、私あの人の事信用してないもの。アーデンの言葉を信じてるから」
「……うん、そうだね…」

寝癖の残ったままのヴィーデの前髪を直すように指先で梳いて、小さな頭を覆うようにして胸に抱きしめる。

「あー…行きたくない。ヴィーデの下手くそな釣りでも見てる方が100倍楽しいよ…」
「…下手くそは余計なんだけど…!」
「ヴィーデの今日の予定は?」
「レイヴスとヴォラレ基地。夜からシガイ討伐だって」
「もうシガイを相手にしてるのか…気を付けてよ、くれぐれも」

あまり早く成長しないでほしいと願うのは我が儘だろうかとアーデンは思った。
自分の手を必要としなくなれば、本当にどこかへ飛んで行ってしまいそうで時たま不安になる。

「…本当に行きたくないよ」
「行っておいでよ、それも『仕事』なんでしょう?」
「ヴィーデはオレが他の女と会ってても文句ひとつ言わないよね」
「…そうね…あなたがあの貴族の女性たちと会う度に私と比べて、やっぱりヴィーデの方がいいなって思ってくれたらそれでいいわ」
「…………」

なんてことを言う女だろうか。
恋愛に慣れていないはずなのに、ヴィーデは時々男の庇護欲と独占欲を刺激するようなことを平気で言う。
相手の心を揺さぶる台詞を、アーデンの知らぬところでよその男に使っているのではないかとあらぬ疑いすら持ってしまう。
危なっかしくて目が離せない理由の一つだった。

「そんなこと言うと行かないし行かせないよ…」
「私が遅刻しちゃうわ!」

笑いながらそう言った。
惜しむ様にもう一度キスをして、ヴィーデの匂いをたっぷりと身体に纏わせてからようやく離れた。
行って来るよと声をかけて仕方なしに部屋を出る。

今日会う女の名前も顔すらはっきりと思い出せないのに、金のためだと自分に言い聞かせて重い足を無理やりに動かす。
作り笑顔も度が過ぎると顔の筋肉がおかしくなるものだ。

「……あれ…どこに迎えに来いって言ってたっけ…?」

すでに待ち合わせの場所さえ忘れてしまった。深くため息を吐いて頭を掻き、アーデンは『仕事』へと向かった。






数週間後―



午前の任務を終えたヴィーデは、昼過ぎから行われる貴族を招いての茶会の護衛に駆り出されるため急ぎ自室へ向かっていた。
本来ならば国を守るはずの軍人が、貴族の機嫌取りのための集まりにこうも毎回使われていてはたまったものではない。

今回は前回の舞踏会ほど盛大に行われるものではないため、護衛の任務に就くのはヴィーデとレイヴスだけであったが、そもそもこれも形だけのものなのだった。
貴族にとって宮殿に招かれるということは何にも代えがたい名誉であり、そのために国へ惜しみなく資金援助をしているという背景がある。
形式だけの護衛を付けるということは、彼らが守られるべき存在であるということを示す、いわば帝国側から上流貴族への敬意表明なのだ。

仕事とはいえ、先の舞踏会の様にアーデンの背後で火花を散らしあう貴族令嬢を見なければならないというのもヴィーデにとっては苦痛の一つだ。
彼にとっても彼女たちの相手はただの『仕事』で、決して自ら進んで楽しんでいるようなことはない。
それを頭では理解し、アーデンにいらぬ負担をかけさせないために笑顔で彼を送り出すけれど、やはり無理が無いと言えば嘘になる。

「ダンスにお茶に…他にすることないのかしら」


そう呟いて、ポケットから取り出した鍵をドアノブに差し込む。

「…ん…?開いてる…やだ、閉め忘れたんだ」

部屋へと入り、汗を流すためタンクトップを脱ぎながらバスルームへと向かう。鏡の前で髪をほどきブラシで梳いていた時、リビングの方でカタンと小さな物音がした。

「なんだろ…」

念のため身体にバスタオルを巻き音の聞こえた方へと向かうと、閉めたはずの部屋のドアがほんの僅か開いていた。
また閉め忘れたのだろうか、それとも―。

「…カ…カリゴ准将じゃないでしょうね…」

そっとドアを開いて辺りを見回すも、それらしい人影は見当たらずひとまずホッと胸を撫で下ろした。
今度こそ厳重に施錠をし、再びバスルームへと戻った。





茶会開始まであと15分と差し迫った頃、ヴィーデはソードベルトを腰に巻きつけながら廊下を歩き会場へと向かっていた。
今日はいつもの軍服とタンクトップと言った装いなので、それだけでいくらか気は楽なのだが、なにより大嫌いなハイヒールを履かずに済むのが救いだ。

「間に合うかな…ちょっと急ごう」

ヴィーデが小走りになった時、右側の通路から突然現れた人物の身体にどんとぶつかってしまった。
ごめんなさい、と言いかけ顔を上げると、こちらを見下ろしていたのはレイヴスだった。

「レイヴス…」
「急げ、遅れるぞ」

そう言われ、速足のレイヴスの後について歩いていた時、その道を塞ぐように派手なドレスを着た女が二人の前に姿を見せた。
両腕を胸の前で組み、口元を奇妙に曲げたベネーヌだった。

「ごきげんよう、ヴィーデさん…とレイヴス将軍」
「…ど…どうも」

今日はいつにも増して好戦的な顔をしている。ベネーヌの扱いに慣れているアーデンが側にいない分、何かを言われても上手く切り抜ける自信が全くない。
とにかく機嫌を損ねないように。彼女の問いに下手に答えるとかえって窮地に立たされるかもしれない。
ヴィーデを真っ直ぐ見つめる派手なアイシャドウが施された瞳に、思わずごくりと喉を鳴らす。

「ヴィーデさん…どうして貴女のような女性が誇り高いニフルハイム帝国の軍人をなさっているの?」
「…ど、どうして…とは?」
「…知ってるのよ、私」

そう言って真っ赤な唇を三日月の様な形にした。

「貴女…男に身体を売って生活していたんですって?」
「!!」
「どういう経緯でこちらへいらしたのか存じませんけど…アーデン様はおろかそちらのレイヴス将軍にもふさわしくありませんわね」

おお穢らわしい、と言って、蔑む様な目線をヴィーデに向ける。
そこでヴィーデは、先ほど自室で聞いた不審な物音と閉めたはずの部屋のドアが開いていたという出来事を思い出した。

「…もしかして…私の部屋に入ったんですか…?」
「…まぁ…それはたまたまですわ。ちょっと貴女にお話があってお伺いしましたらお留守でしたので…」
「それで…室内を物色したのですね…」
「物色しただなんて人聞きの悪いことを言わないでくださる!?」
「簡単に人目に付くところには置いていませんでした…あの日記は……」

先の舞踏会でレイヴスとヴィーデの悶着に駆けつけたアーデンを追って後をつけたベネーヌは、ヴィーデの秘密が日記にあるということを把握していた。
人に見られ激昂するほどの内容が書かれている。そう察したベネーヌは、なんとかそれを盗み見てやろうと機会を伺っていたのだった。

泥棒のようなマネに、もはやヴィーデは呆れかえった。

「あの日記の最初の方は何と書いてあるのかさっぱり分かりませんでしたけど、後半は貴女の一族の女性がどのようにして生きて来たかがしっかりと書かれてましたわ…この事、アーデン様はご存じなのかしら?イドラ皇帝陛下のご命令でこちらへいらしたそうですけど、陛下もご存じないのではなくて?」

知っている。むしろ本来はそのためにニフルハイムへ連れてこられたのだ。
カウザの日記は、半分以上が古いテネブラエの言語で書かれているのでそれを知らない者が読んでも解読することは出来ない。
ヴィーデの血筋を知られずに済んだのは不幸中の幸いと言える。

「このお話、今から行われるお茶会で皆様にご報告した方が帝国のためじゃないかしら…」
「…………」
「ねえレイヴス将軍、あなたもこんな穢れた女性を妻にするなんて無理じゃなくて?ヴィーデさん、皆様の前で恥をかきたくなければ早々に帝国からお出になった方が身のためよ?」

過去をばらされたくなければアーデンから手を引けと言っているようなものだ。あまりにも必死なその様に、ヴィーデは思わずため息をつく。
相手にするな、というアーデンの言いつけを守り、ヴィーデがその場を去ろうかと思った時―。

「恥さらしなのは貴女の方だ、Ms.ベネーヌ」

そう言ってヴィーデの前に一歩踏み出したのはレイヴスだった。
恥さらしと言われ、一瞬きょとんと目を丸くした後大きく顔を歪ませてレイヴスに噛み付く。

「…なんですって?この私のどこが…」
「曲がりなりにも貴族の令嬢が、他人の部屋へ入り込み部屋を物色し私物を勝手に盗み見るなど言語道断。帝国貴族も落ちたものだ…」
「…な…レイヴス将軍、貴方誰に向かって…!それに、この女の過去を知っても尚奥方に迎えることなどできますの!?」
「オレはヴィーデの過去に興味はない。この女の未来をもらうために求婚したまでだ。返事はまだ…貰っていないが」
「……!」

信じられない、とベネーヌの顔に書いてある。さらに追い打ちをかけるように、レイヴスは表情一つ変えずに貴族令嬢へ言い放つ。

「貴女の泥棒のような行為、この後の茶会の席で皆へご報告した方がよろしいか?その方が、帝国のためかもしれんな」
「……レイヴス将軍…私を脅すおつもりかしら!?」
「さて…貴女と同じ台詞を返したまでだが」
「………っ…」

ベネーヌはぎろりとレイヴスを睨みつけ、その後ヴィーデに向かって小声で憎まれ口を叩いてその場を走り去った。
呆然とその後ろ姿を見送っていると、レイヴスがヴィーデの頭にぽんと手を置いた。

「行くぞ」
「………レイヴス…」
「何だ?」

顔を前に向けたまま、横目でヴィーデを見下ろす。その表情は相変わらずポーカーフェイスで、そこからレイヴスの本心を窺い知ることは出来ない。
けれど庇ってくれたことだけは確かで、その事に感謝をしつつも貴族の女を一人敵に回したレイヴスを僅かに案じた。

「…あ…ありがとう…庇ってくれて…でも、あの人を怒らせたら何をするかわからないわよ…?」
「オレは軍人だ。貴族が献金しているのは帝国の研究機関…オレとは関係ない。それに…」
「それに?」
「お前を庇ったつもりはない。本心を述べたまでだ」
「…そ…そう…」

やはりこの男の心情は分かりにくい。怒りも不満も喜びも、非常にわかりやすいアーデンとは正反対だと感じた。
ヴィーデの未来をもらうため、レイヴスは確かにそう言った。この先何年か後に、誰かと寄り添って生きていく自分の姿を想像できない。
「未来」というポジティブな言葉など、不似合なのだとヴィーデは思った。


会場に着くと、配置されたテーブルには色とりどりの美しいデザートが3段のティースタンドに並べられている。
会場を見回すと、相変わらずアーデンの周囲には貴族の娘たちが牽制し合いながら微笑みあい、ついでに先ほどヴィーデに脅しをかけてきたベネーヌの姿もある。
こちらの視線に気が付くと、一段と鋭い眼光を返してきた。恐ろしさに思わず目を逸らす。

すると何を思ったか、ヴィーデの隣にいたレイヴスは真っ直ぐにアーデンの元へと歩いていくとその姿を無言で見つめた。

「ああ、レイヴス将軍、おつかれ」

アーデンはのんびりとした調子でそう言って、レイヴスの数メートル後ろにいたヴィーデに気付くと軽く手を上げて笑顔を向けた。
その様子に右目を僅かに細めると、

「…取り巻きの女達の躾けくらい、もう少しまともにやったらどうだ?」

と低い声で言った。何を言われているのか分からないと言った風のアーデンは、口を半分開いたまま首をかしげる。

「レイヴス…!!」

慌てて側に駆け寄ったヴィーデは余計なことを言うなと小声で言ってレイヴスの腕を引いてその場を離れる。

「何が余計なことだ。あの女がまた脅しをかけてこないとも限らんぞ」
「いいから…!アーデン宰相には言わないで」
「……何故」
「なんでも。心配かけたくないの」
「…くだらん」

そう言われ、カチンときたヴィーデがレイヴスの脇腹に肘を入れる。うっと呻き声をあげて立ち止まり、ヴィーデに顔を近づけて何をすると睨みつけた。
そんな様子の二人を背後から見て、つまらなそうにため息をついたアーデンに、ベネーヌはすかさず耳打ちをした。

「アーデン様ぁ、あのお二人本当にお似合いね。あんなに楽しそうにじゃれ合って…早くご結婚されたらいいのに」
「……そう?ぜーんぜん似合わないよ。二人とも真っ白い顔して…」
「…アーデン様?」
「え?…あぁ、いや…何でも」
「………」

どうしてもアーデンはヴィーデを手放すつもりはないらしい。近頃はニフルハイム帝国内でも黒チョコボに乗ったヴィーデの姿に国民が沸いていると言うし、ベネーヌにとっては面白くない事ばかりだ。何とかして恥をかかせてやりたい、かねてからそう考えていたベネーヌは、静かにその場を離れた。


茶会もそろそろお開きかと言う頃、ヴィーデは小腹を黙らせるために近くのテーブルから小さなスコーンをひとつ失敬した。
ほろっと口の中で崩れ、ほんのりと甘い香りが口に広がる。

「んふっ、おいしい…」

もう一つくらい頂いてもバレはしないだろうとティースタンドに手を伸ばした時。

「……ん?」

ヴィーデの耳に、笛のような音がかすかに聞こえた。聞き覚えのある音、決して忘れる事のないそれはかつてヴィーデの愛鳥を瀕死に追いやったあの獰猛なモンスターの鳴き声だった。
大きな窓から外を見ると、遠い空からこちらへ向かって飛んでくる巨大な影が見えた。

「グリフォン…!!」

それがピーと一際大きな雄たけびを上げると、それまで穏やかに茶会が開かれていた会場には一気に人々の悲鳴が響き渡った。
こちらへ来る。そう思ったヴィーデはポケットからチョコボホイッスルを取り出し窓の下に向かってそれを吹いた。
窓枠に飛び乗り少し待ち、そして地上から数百メートルという高さから飛び降りた。

「ヴィーデ…!」

その姿を確認したアーデンは思わず席を立ちあがった。背中や腕にしがみつき怯える貴族の女たちを振り払い駆け寄ろうとした時、窓の外にはリベルタにまたがりグリフォンに向かっていくヴィーデの姿が見えた。

鞍と自身のベルトをバンドでしっかりと繋ぎ留め、リベルタに背負わせておいたリュックからチョコボ用の防護マスクを取り出し装着させる。
ゴーグルを着け、ショットガンに魔法を充てんした弾を装弾する。

大きく羽ばたくグリフォンの翼の間を縫うように飛び、その姿を目下に置いた。

「リベルタ、あの時のお返しをしてやるわよ!グリフォンの弱点は炎…!」

ボンと音を立てて怪鳥めがけて弾が飛んでいく。その大きな背中に命中し、一瞬でグリフォンの身体が炎に包まれた。
一瞬ふらりと中空で体勢を崩したが、再び雄たけびを上げて今度は宮殿の中へと入りこんで行った。

「うーん、あれくらいの大きさだとファイアじゃ効き目はイマイチね。でもカーズは効いてるかな」

そう呟きながら後を追う。



「変だねー、この辺りにグリフォンなんていないはずなんだけどなあ」

目の前で興奮するグリフォンを見てアーデンが首をかしげる。
めんどくさいなあと呟いて右手に剣を出そうとした時、アーデンのすぐ目の前に黒いチョコボが立ちふさがった。
グリフォンと比べるとその大きさはあまりにも小さい。けれどアーデンを庇うように、一歩でも近づかせまいとヴィーデを乗せたリベルタは翼を羽ばたかせ右に左にと身体を動かす。

「ヴィーデ…」

その顔に恐怖は見えない。意識を自分に向けようと、ハーネスを動かしリベルタに威嚇の声を上げさせる。
カーズで弱らせているとは言え、その鋭い爪で攻撃を受ければひとたまりもない。
窓の側までグリフォンを誘導し、もう一度ショットガンでファイアをお見舞いしすぐさま外へと飛び出した。
怒り狂ったそれが後を追うように空へと向かうと、会場では僅かに安堵のため息が聞こえた。

窓の外でリベルタとグリフォンの攻防が始まった頃、レイヴスが短剣を持って駆け付けた。

「ヴィーデ!!」

大きな声でそう呼びかけると、リベルタは大きく旋回してこちらへと向かって来る。背中に乗ったヴィーデが左手を伸ばしながら近づき、通り過ぎざまレイヴスの腕を掴んで拾い上げリベルタの背に乗せた。

「レイヴス遅い!」
「武器を取りに行っていた!グリフォンの弱点は短剣…もう一つは?」
「…え?知らない…」
「槍だ!もっとモンスターについて勉強しろ!」
「はいはい!分かったからさっさとやっつけて!」

一気にグリフォンへと近づくと、レイヴスがその背中に飛び乗った。その一騎打ちを見守る様に周囲を大きく飛びつつ、今度はショットガンにファイガを装弾する。

「これでファイガを打つのは初めてだけど…壊れたりしないでしょうね…」

そんなことを考えていると、一際大きなグリフォンの断末魔が響いた。決着が着いたのだ。

「さすが早い…あの人は本当に強いわね」

落下するグリフォンの下まで飛びレイヴスをリベルタの背中でキャッチし、今度はその巨体が地面に落下するのを防ぐためにファイガを打ち放つ。
周囲に獣の焼ける匂いが漂うと、獰猛なモンスターは灰となって散り散りに空中へと飛散した。

外の様子を伺っていた者達がわっと沸き立つ。
レイヴスとの完璧なコンビネーションを見せつけられ少しだけ面白くないと思ったアーデンだったが、数か月前とは比べ物にならないほどの成長を見せるヴィーデを心から誇りに思った。
自身の役割を理解し、斥候と撹乱、補助に徹する潔さ、また倒した後の後始末まで完璧にこなすあたりヴィーデの細やかな性格が良く出ている。
アーデンが教えた黒チョコボの操縦の仕方もしっかりと身についており、リベルタにストレスを与えることなく意のままに空を飛んでいる。

「すごいねヴィーデ、かっこいいじゃない…」

遊ぶように空をくるくると飛ぶヴィーデを眺めてそう呟く。

「アーデン様ぁ、私怖かったわ…」
「Ms.ベネーヌ…大丈夫ですよ、ヴィーデとレイヴス将軍が倒しました」
「…ほーんと…ヴィーデさんって男勝りで逞しい事…あれじゃあ殿方の助けなんていらないわねぇ」

「…………」

この女は何も分かっていないとアーデンは思う。生きる力に溢れ、常に全力で健気なその姿がいかに美しく、男の保護欲と支配欲を刺激するのかを。
男に色目を使い、常に守られる立場を主張し甘い声を出す女がどれほど興醒めなものかを。
曖昧な笑顔を作り、ふとベネーヌの手にある小さなポーチに目を向けると。

(……エネミーホイッスル…?)

見知ったそれがポーチの隙間から見える。ベネーヌの父親はオルティシエの闘技場へモンスターを卸す仕事をしていると耳にしたことがある。グリフォンを捕まえる事が出来ても不思議はない。
そういう事かとため息をつき、もう一度外へと目を向けた。


レイヴスを下ろしたヴィーデは、高い塔のてっぺんから空を眺めた。目に染みるほど美しい夕焼けが地平線に沿ってどこまでも広がる。

「見てリベルタ…きれいな夕日ね。ノクト達とさよならした時の夕焼けもこんな色だったわ…」

あの連中は元気にしているだろうか。リベルタの義足のメンテナンスを兼ねて、久しぶりにハンマーヘッドへ行ってみたい。
彼らに会うことが出来たら、また一緒に釣りをしたい。そう思った。

「でもー…黙って行ったらアーデン怒るかな……そうだ…!」

ヴィーデはリベルタの背中にくっついているグリフォンの羽毛を手に持ちリュックからペンを取り出した。




そろそろヴィーデが戻ってくるだろうか、後で今日の活躍をうんと褒めてやろう、アーデンがそう思った時。

窓から突風と共に黒い塊が飛び込んできた。回転しながらアーデンの前を通り過ぎ、反対側の窓から出て行った。
それは一瞬の出来事だった。

「まあ、アーデン様…それ…!」
「ん…?」

頭部に違和感を感じ手で探ると、髪にグリフォンの羽毛が刺さっている。


「…さっきのヴィーデさんね…!アーデン様になんて無礼な事!」
「……!」

希少価値の高いそれを裏返すと、ヴィーデからのメッセージが書かれていた。

『釣りに行ってきます』

小さな丸い文字でそう一言。可愛らしい悪戯に、アーデンは何故だか嬉しくなった。
肩にしがみつくベネーヌの腕をそっと外し、ヴィーデが抜けて行った窓の前に立つ。

「ヴィーデ、明日までには帰っておいでよ!」

大きな声でそう叫び右手を振った。
それに答える様に、ヴィーデはリベルタを沈みゆく太陽に沿って大きく2回旋回させてルシス方面へと飛び去って行った。






[ 20/31 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -