第15話

リベルタをシドに預けてから二日後の早朝、まだ太陽が地平線から半分ほどしか姿を見せていない時間にヴィーデは目が覚めた。
あれからシドは一度も工場から出てきてはいない。時折響く金属音の他にはさして物音もせず、リベルタの状態を知ることはできずにいた。

深くため息をつき、まだ客の誰もいないレストランへと入った。人見知りの店主がカウンターの向こうで一瞬驚いた顔を見せる。

「おっ…おお…あんたか…早起きだな…」
「おはようタッカ、コーヒーもらえる?」
「ああ、今淹れる…」

白い湯気の立つカップを受け取り、窓際の席に座る。コーヒーに口を付けることなく外を眺めていると、こんなに早朝でも道路を走る車がそこそこ見られるのだなとぼんやり思う。
ヴィーデに付き添いハンマーヘッドに留まってくれているノクト達に感謝しつつも、丸二日も姿はおろかその声さえ聞けないでいるリベルタへの不安は増すばかりだった。
もしもこのままリベルタがこの地で死んでしまったらどうしようか、いっそのこと全てを諦めて自分もこの地に留まりリベルタの墓の側で生きていこうか。
そんなことさえ考えるようになっていた。

深くため息をついたとき、突然ヴィーデの目の前に豆料理が置かれた。

「…え?」
「食ってないだろう?飯…」
「あ…うん…食欲なくて…」
「あのチョコボのことなら、大丈夫だ…シドさんの腕は凄いからな」
「…うん…ノクトもそう言ってた…」
「…チョコボが元気になった時に、あんたの元気がないんじゃしょうがないだろ?飯はちゃんと食っておけ」
「…タッカ…そうね、ありがとう」

礼を言うと、タッカは軽く右手を上げてキッチンの奥へと戻って行った。寡黙だが、心根の優しい男なのだとヴィーデは思う。
さりげない気遣いがありがたかった。

ここルシス王国へ来て出会った人々は皆面倒見がよく温かい。先祖の敵がいる国だなんてとても思えずにいた。
温かいチリコンカンを一口食べると、空っぽの胃袋に染み渡る。じっくりと煮込んであるので、疲れた身体にも優しそうだ。

リベルタもきっと腹を空かしているに違いない。目が覚めたら、好物の野菜をうんと食べさせてやりたい。
そう考えたら、じわりと涙が出てきた。

空になった皿を脇へ寄せてテーブルに突っ伏して顔を腕に押し付ける。必ず元気になるんだから泣いちゃだめだと自分に言い聞かせた。
そのうちに疲れ切った身体は自然と睡眠を欲し、ヴィーデはうとうとと眠りについた。


遠巻きにそれを眺めていたタッカは店の奥から「HAMMER HEAD」のロゴが描かれたジャケットを取り出し、恐る恐るヴィーデの肩にかけてやる。
空になった皿を見て、店主は僅かに安堵した。






それから数時間後、プロンプトがハンマーダイナーへ駈け込んできた。

「ヴィーデ!起きてヴィーデ!!」
「…んっ!?あ…私寝てた…?」
「疲れてたんだね、もう昼過ぎだよ」
「そ、そんなに寝てたの…?やだ…」
「それよりさ、来て!リベルタに会いに行ってやってよ」
「!」

急いで工場まで走ると、そこにはしっかりと地に足を付けて立つリベルタの姿があった。ヴィーデを見つけるとばたばたと翼を動かして嬉しそうに何度も鳴いた。

「リベルタ!!良かった…!!」

首を抱きしめて頬ずりをすると、目を閉じて甘えるように首を動かす。

「良かったなヴィーデ」
「ノクト…!うん…ここへ連れてきてくれてありがとう…!」

リベルタの足元を見ると、鈍い黄金色の金属で作られた義足を取り付けられていた。形はチョコボの脚と見まごうほど精巧に作られており、関節部分は実に滑らかに動く。

「どうだ?問題なさそうだろう?」

工場の奥から少しだけ疲れた様子のシドが煙草を吹かしながら現れた。嬉しさのあまり、ヴィーデはリベルタの恩人に抱きついた。

「シドさん…!!本当にありがとう!」
「…おっ…おお…一番頑張ったのはこいつだよ。うんと褒めてやんな」

少しだけ照れた様子でそう言った。

「この義足はこいつの脚の根元の神経と直接繋がってる。僅かな筋肉の動きを読み取って電気信号に変換させて稼働する仕組みだ。問題がなければこれまでと同じように動かせるはずだぜ」
「なんだかわからねえがとにかく凄いってことだな」

グラディオが感心したように頷いた。
敷地内をうろうろと動く姿を見ていると、違和感なく使えているようだった。

「本当に、なんてお礼を言ったらいいのか…そうだ、お代払わなくちゃ!」
「いいよ、そんなもんいらねえ」
「ダメよ!この子の命の恩人だもの、ちゃんと…」
「いいって。それより、時たまこいつを連れてまたここへ来てくれ。義足のメンテナンスも兼ねてな…それでいいだろう?」
「……シドさん…感謝します」

それから僅かな時間をハンマーヘッドで過ごし、夕方が近くなった頃にヴィーデはその地を離れることとなった。
元気になったリベルタにまたがり、世話になった者たちと別れの言葉を交わした。

「シドさん、シドニー、このご恩はずっと忘れないわ。それからノクト、グラディオ、プロンプト、イグニス…あなたたちにも本当にお世話になったわね、ありがとう」
「またこっちに来たときは、オレが釣り教えてやるから」
「ふふっ。そうね、必ず来るわ!ねえ、もしかして…あなたたちハンター?」
「ああ、まだ駆け出しだけどな」
「やっぱり。どうりで強いはずね…私も負けられないわ。じゃあね」

リベルタを促し道路へ出て、愛すべき恩人たちに手を振る。

「よし、行くよリベルタ」

そう言って両足でリベルタの腹を蹴る。

その瞬間―。

一瞬で全速力に達したリベルタの姿はあっという間に見えなくなり、遠くにヴィーデの悲鳴だけがこだましていた。
そして遠くの空にヴィーデを乗せた黒チョコボの姿を見つけると、ノクト達は声を出して笑った。

「すっご!!スーパーチョコボじゃん!オレも乗りたーい!」
「さすがシドだな、オレの提案大当たりだ」

傾きかけた太陽の中に、空飛ぶチョコボの姿が見える。それが完全に見えなくなるまで、4人は見送り続けた。










ヴィーデがニフルハイム帝国へ到着したのはその日の深夜だった。リベルタを魔導兵保管倉庫へとつなぎ、忍び足で自室へと急ぐ。

「まずい…あと少しで次の日になっちゃう…!結局3日もルシスにいたのよね…訓練サボったことレイヴス将軍怒るかなあ」

ポケットから鍵を取り出しドアノブの穴に差し込んで、手ごたえの違和感に首をかしげた。部屋が開いているのだ。
恐る恐る真っ暗な室内へと入る。手探りで壁のスイッチを探し押すと、リビングの椅子に人影を見つけた。

「きゃっ!」
「……おかえり」

そこにいたのはアーデンだった。カリゴ准将がいたのならどうしようかと怯えていたヴィーデの心臓はドキドキと鼓動を打っている。

「…び…びっくりした…真っ暗な部屋でどうしたの…?」
「無断外泊…」
「…あ…ご、ごめんなさい…なにせ連絡手段がなくて…」

アーデンはゆっくりと椅子から立ち上がると、そのままソファにどかっと腰を下ろした。
その顔は随分と疲れた様子にも見える。

「何で帰ってきたの?」
「…え?だ、だめだった…?」
「逃げたんじゃなかったのかなあって」
「逃げるってどこへ?」
「……………」

いつになく言葉数が少ない。こういう時のアーデンは、やはり少しだけ怖いものだと思った。

「レイヴス将軍がさ、君がチョコボに乗って飛んで行ったって言うから…もう帰ってこないかと思ったよ」
「あれは…不可抗力よ…逃げたなんてそんな…。アーデンにハーネス貰ったから、少しだけ乗ってみようと思ったら全然言うこと聞かなくて。そのまま倉庫から飛び出しちゃったの…」
「で、今までどこにいたの?」
「えと…ルシス王国…」

そう言うと、アーデンは腹の中の空気をすべて吐き出すほどの長いため息をついた。怒っているのだと察した。

「1日で帰ろうと思ったんだけど…リベルタが大怪我して…治療してたのよ」
「大怪我…?」
「うん…すごく大きな、グリフォンっていうんだったかな…それに襲われてね。私を守ろうとしてあの子両脚をダメにしちゃって」
「………」

アーデンはいよいよ頭を真下に向けて髪を乱雑に掻いた。表情が見えない分さらに恐ろしい。

「あのさあ、グリフォンがどれだけ凶暴なモンスターか知ってる?クアールさえ相手に出来ないヴィーデが敵うわけないだろう」
「分かってる…だから…」
「リベルタは…どうなったの?」
「うん、自動車整備工場のお爺さんに修理してもらったの!もうすっかり良くなったわ」
「……自動車整備って…リベルタを車にでも改造してもらったの…?」

呆れた顔でそう言った。言葉では上手く説明できないので、とにかく明日会ってやってくれとアーデンに言う。

「アーデン、随分疲れた顔してるのね。何かあったの?」
「……何かあったの…か…はは」

この数日間、ずっとヴィーデの部屋でほとんど睡眠もとらずに待ち続けたアーデンの心情など察する事ができない様子だった。
アーデンはこっちへおいでと手招きをして、目の前に来たヴィーデを脚の間に座らせた。

「ヴィーデ、オレがあげたイヤリング、あれは肌身離さず付けといてよ」
「でも、ダイヤなんて落としたら…」
「ダイヤには力を強化する効果があるんだよ、知らなかった?」
「え…!そうなの?」
「ああ、だからハンター達は複数のアクセサリーを身に着けてるよ。効果は色々。魔力を高めるもの、体力を上げるもの、毒を防ぐもの…その中でもダイヤは力を上昇させる効果がダントツだ」
「知らなかった…だから付けろって言ってたのね」
「…うん、まあ…そうだね」
「…でも、イヤリングって本当に落としそうで怖いの」

ヴィーデがそう言うと、作り変えておいたとアーデンが答える。

「ほら、ピアスに変えた。これなら落ちにくいだろ?」
「あー…でも、私耳たぶに穴開いてないのよ?」
「開ければいいんだよ」

そう言ってポケットから小さな白いケースを取り出し、そこから一本の細い針を出した。
医療用だから大丈夫だと言うアーデンを、ちょっと待ってと制止する。

「そういう針で開けるの!?病院で開けたりするんじゃないの?」
「でも、病院に行ったって結局針で開けるんだよ。同じことだろう?」
「そ…それはそうだろうけど…」
「耳たぶ、冷やしながらやってあげるから」

アーデンが右手の人差し指と親指に冷気を込めると、第二関節まで真っ白になった。

「…アーデンもやっぱり魔法使えるのね」
「まあね、一応。はい、耳貸して」

ヴィーデが髪をかき上げ右耳を出すと、耳たぶを二本の指先で挟んだ。じわじわと冷たさが伝わり、そのうち感覚が鈍くなっていく。

「冷たくなった?」
「うん…冷えて少し痛いくらい」
「はい、じゃあ刺すからね」

左手をヴィーデの身体に回し耳たぶを固定し、右手に持った針をゆっくりと押し込んでいく。
柔らかな肉に尖った針が少しずつ沈み込んでいき、そのうちぷつっと音を立てて先端が潜り込んだ。

「…あっ……」
「…痛い?」
「ん…少し…っていうか、けっこう」

僅かに力を込めて徐々に奥へと進めると、耳たぶの裏側まで針の先端が到達した。薄皮一枚を貫通する瞬間に、ヴィーデの身体がびくんと震えた。

「あぁっ…!」
「ほーら、動くな。危ないよ」

左腕に力を込めて、暴れられないように小さな身体を固定する。完全に耳たぶを針が通りきったのを確認すると、そこから今度はゆっくりと異物を抜いていく。

「…痛いだろう?」
「痛い…かなり痛い…」
「無断外泊の罰…」
「…酷い…」
「痛がってる顔も可愛いよ」
「アーデン、サディスティックだわ…」

地味だけれど重く強い痛みにヴィーデの額に汗が浮き出る。針を抜き取ると、患部は熱を持ったようにじんじんと痛みそこからぷっくりと小さく赤い血が溢れ出た。
アーデンは針の入っていたケースからガーゼを一枚取り出し、それをヴィーデの耳たぶに充てて血液を拭い取る。
ガーゼが血を吸い込んだのを確認し、もう一度耳たぶを見る。再びじわりと滲む赤い血が、まるでルビーのようだと感じた。

「…んー…」
「どうしたの?」
「いや、血がね…」

そう言って、アーデンはヴィーデの耳たぶを口に含んだ。口の中に広がる鉄の味を感じながら、唾液と共に飲み込んでみる。
数秒置いて、大丈夫みたいだと言うともう一度、今度は舌先でヴィーデの耳たぶを弾く。

「…んっ…アーデン、何してるの?私二日間お風呂入ってないんだけど…」
「別にかまわないよ。ヴィーデの匂い好きだから…」
「私がかまうってば…!」

暴れようとするヴィーデの身体を両腕でがっちりと拘束し、今度はきつく耳たぶを吸い上げる。何度も食む様に唇で挟み、音を立ててヴィーデの血を舐め取る。
痛みとアーデンの舌の刺激で、ヴィーデの身体から徐々に力が抜けていく。幾度か荒いため息をついて、横目でアーデンを睨みつけた。

「いつまで血を舐めてるの…!」
「ヴィーデの耳たぶって…皮を剥いた葡萄みたいな歯ごたえだね」
「…変な例え…ねぇ、ホントにもういい加減に…」
「何?気持ちよくなってきちゃった?」

そう言われ、ヴィーデは頭を軽く前に倒すと勢いよく後ろに倒してやった。固い頭蓋骨がアーデンの鎖骨を直撃し、痛いと言って耳たぶから唇を離した。

「もう血は止まったでしょ?」
「凶暴だなあヴィーデは…」

ブツブツと言いながらダイヤのピアスを手に取り、それを穴の開いたヴィーデの耳たぶに差し込んでいく。
ポストを奥まで遠し、最後にピアスキャッチで留めて完了した。

「よし、終わった。穴が固定するまで絶対外しちゃだめだよ?塞がったらまた針ささなきゃいけないから…あともう片方ね」
「もう血は舐めないでね」

そう言われ、保証はできないとアーデンが返す。
その後、左耳も無事ダイヤのピアスを嵌め込むと、アーデンは疲れたと言ってヴィーデの頭に顎を乗せた。

「そんなに疲れるほど仕事してたの?ほどほどにしないと…」
「……ねぇヴィーデ、この二日間オレがどれだけ不安だったか分かる?」
「…え…」

その時、ヴィーデの頭には何故かルシス王国へ飛び立つ前に見た赤いドレスの女が浮かんだ。
何かを言いかけて、けれど口をつぐんだヴィーデに、何?とアーデンは問う。

「…ううん…ご、ごめんね。あなたの秘密を知るただ一人の人間が突然消えたりしたら、そりゃあ不安になるよね。でも、私は別に誰かに話そうなんてちっとも考えてないよ?」
「………………」

まったくもって見当違いの返事に、アーデンはそうじゃないだろと小さな声で呟いた。
ヴィーデは、それまで小さな部屋で飼われていたはずが、ある日突然広い広い外の世界を知りそこを自由に生きていける喜びを味わった猫のようなものだとアーデンは思う。
拘束と解放のバランスを保ち、アーデンの元こそが帰る場所なのだと覚えさせる必要がある。

「…本当に…疲れたよ……」
「アーデン、ベッドで寝たほうがいいんじゃない?………アーデン?」

ヴィーデの左肩に頭を乗せたアーデンから、静かな寝息が微かに聞こえる。カールのかかった毛先がヴィーデの耳に擦れて少しだけくすぐったく感じた。
ゆっくりと身体を後ろに倒し、アーデンの背中をソファーにもたれさせる。邪魔にならないようにと立ち上がろうとしたけれど、ヴィーデの太ももに置かれた力の抜けた大きな手を見て、そのまま自分も寝てしまおうと思った。
ヴィーデよりも一回り以上大きく、そして骨ばったいかにも男らしい手。そこに軽く手を添えて、静かにアーデンに寄りかかる。

明日の朝、給仕の女が来る前に起きなければと肝に銘じてヴィーデはゆっくりと目を閉じた。





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