第14話

初めて目にする標は、平らなやや小高い岩場だった。周囲には不思議な模様が描かれており、中央には青白い炎がくべられている。
ノクト達一行は標でのキャンプに慣れているらしく、テントや調理道具をてきぱきと並べあっという間にセッティングは完了した。

「みんな手馴れてるわねー…よくキャンプするんだ?」
「ああ、キャンプはいいぞ。満天の星空を見ながら外で食う飯は最高だ」

レジャーチェアを並べながらグラディオが言った。座るよう勧められそのうちの一つに腰を下ろすと、隣をプロンプトが陣取った。

「グラディオ、イグニスの作るご飯だから最高なんじゃないの?」
「もちろんそれもあるな。というより、イグニスの飯に星空が合うってことだな」

そう言いながらこちらに背を向けて料理に精を出すイグニスに視線を向ける。
イグニスは小気味よリズムで包丁を動かし、こちらをちらりと見て口元に笑みを浮かべた。


「彼が料理担当なの?」
「そ!凄いんだよ〜、そこらへんで採った食材でパパーっと作っちゃうんだから。楽しみにしてて、ホントに美味いから!」
「ふふ、もういい匂いしてるね」

昼を軽く済ませたヴィーデの腹はすでに空っぽで、こちらまで届くいい香りで空腹に拍車がかかる。
何を作っているのか興味が湧き、席を立ってイグニスの側まで行こうとした時ノクトが声をかけてきた。

「なあヴィーデ、あんた何の仕事してるんだ?あんなレアな釣り道具持ってるなんて、もしかして釣具屋?」
「つ…釣具屋じゃないわ。あれはー…えっと、上司にもらったのよ」
「随分太っ腹な上司だな、羨ましいぜ」
「私の集中力と根気を養うのに釣りがちょうどいいからやってこいって言われてね」
「それはアタリだな。釣りは精神が研ぎ澄まされる」

ノクトがしたり顔で言うと、お前が言うかとグラディオが笑う。

「今は…ちょっと休暇中っていうか、釣りをしながらのんびりとね。本当はそろそろ戻らないといけなかったんだけど、釣りが楽しくて時間忘れちゃった」
「分かる!マジでそれだよな…!時間忘れるんだよ。なのにこいつらオレが釣りやってると長ぇとか文句ばっかり」

ノクトが親指でプロンプトを差しながら言うと、

「ノクトが釣りやってる時にオレがゲームやると怒るんだよ」

と言った。ちゃんと見ててほしいんだよねと付け加えると、別に違うとノクトがしかめっ面をする。
見たところまだ全員若そうだったが、年相応の明るさを持ちながらもそれぞれの役割をしっかりとこなすいい連中だと感じる。
ノクトとプロンプトがぎゃあぎゃあと言い合いをしているうちに、イグニスが食事の乗ったトレーを運んできた。

「天然パラマンディのグリルと、野菜たっぷりシチュー、そしてふわとろ親子丼だ」
「…うわ…すっごい美味しそうなの来た…!」

とたんにヴィーデの口の中に唾液が溢れる。とてもキャンプで食べられるような食事とは思えなかった。

「おいイグニス、なんだかいつもより豪勢じゃねえか?種類が多いぞ」
「べ…別にいつも通りだろう?」
「さてはお前、ヴィーデがいるからって見栄を張っただろう?」
「違う…!普通だろ!」

どうやらヴィーデのためにより腕を振るってくれたようだった。仲間たちからツッコミを入れられながらイグニスが料理を取り分けてくれる。
目の前に立ち上る白い湯気にヴィーデは喉を鳴らす。

「温かいうちに食べてくれ」

そう言われ、いただきますと手を合わせてスプーンを持つ。柔らかそうな卵の乗ったご飯を手に取り一さじすくうと、半熟の黄身がふるふると揺れる。
短い息を二回ほど吹きかけて口に頬張った。

「お……あっつっ…おいひぃっ…!」

口元を抑えながらそう言うと、4人はヴィーデを見て微笑んだ。まるで、当たり前だとでも言っているようだった。
ヴィーデが先に食べたのを見届けると、その後全員が競うように口に運んだ。





食事を終え、ヴィーデはリベルタに野菜を与えながら膨れた腹をこなしていると、そこへイグニスがコーヒーを持ってやってきた。

「食後のコーヒーを…黒チョコボ、良く懐いているな」
「ありがとうイグニス。ええ、私が卵から孵したからね。親鳥だと思ってるのよきっと」
「卵から孵したのか?それは凄いな…」
「野獣が多くいる地域に産み落とされててね…周囲に親鳥も見当たらなくて心配になっちゃって。本当は自然に手をくわえない方がいいのかもしれないけど、黒チョコボは数が少ないからね」
「そうか。それにしても黒チョコボの割には人が近づいても平気だな、いい子だ」

自分が褒められたことが分かるのか事が分かるのか、リベルタはイグニスに向かってクウと鳴いた。

「ありがと。人と触れる機会が多いから、多少は慣れてるのかもしれないけどね。でも私が誰かに触られると怒るのよ」

そう言うと、グラディオが確かめてみようぜと言ってヴィーデの肩を抱き寄せた。
するとそれまで穏やかに野菜を啄んでいたリベルタが突然立ち上がり、グラディオの脇腹を鋭い口ばしで突いた。

「いでっ!!ちょっと…悪かったって!もうやめろ!」
「…リベルタ、もっとやっていいぞ」

冷たい視線でイグニスが言うので、ヴィーデはノクトとプロンプトと共に声を上げて笑った。



初対面であるけれど、ヴィーデは彼らに対する警戒心を一度も持たなかった。そうでなければ見知らぬ複数の男と寝食を共にするなんて、自ら進んで出来るものではない。それどころかノクト達と一緒にいる間何度笑っただろう。不思議な連中だと心から思った。

その後、ヴィーデにテントを使うようにと勧めてくれるイグニスの申し出を辞して、リベルタの腹をベッドの代わりに眠りについた。満天の星空を天井にし、この上ない贅沢を満喫しながら。







翌日早朝、ニフルハイム帝国帝都グラレア―。


宮殿の廊下に差し込む朝日に眼をしばたたかせながら、アーデンは魔導兵保管倉庫へと向かっていた。
睡眠不足によってその目の下にはうっすらと隈が見える。

「あー…やっと解放された…。つっかれたなあ…」

そう呟いてコートの袖に鼻を近づけると、まったりとした人工的な香りが脳の中心を刺激する。

「…臭いが移ってる…香水付けるにしたって限度があるだろうに」

金持ちの女と言うのはどうして揃いも揃ってシャワーでも浴びるように香水を振りかけるのだろうか。アーデンはその鼻腔に優しくない臭いが苦手だった。
打って変わってヴィーデは人工香料の類は一切付けていない。その身体からはほんのりと甘い草原のような香りが漂う。
ヴィーデの髪が揺れ動くとき、またふとした瞬間に身体が近づくとき、アーデンはその柔らかな香りを楽しんだ。

「さて…リベルタの寝床でも見に行ってやるかな…」

早起きのチョコボの事だから、もうすでに起きて腹を減らせているかもしれない。
そう思いながら歩くうちに保管倉庫が見えてきたが、そこでドアが開け放したままになっているのを目にした。

「おいおい…開けっ放しじゃないの…ん?」

倉庫内の壁際に、拙い技術で作られた木製の柵が見える。その足元にはワラが敷き詰められているものの、そこを使うはずのリベルタの姿がなかった。
リベルタ恋しさにヴィーデが夜中に部屋へ連れ戻したか、アーデンはそう考えたが―。

「あの女なら、昨日の朝からいないぞ」

その声に振り返ると、そこにはレイヴスの姿があった。

「昨日の朝からって、彼女に会ったの?」
「ああ…だが、黒いチョコボに乗って飛び去って行った…」

そこから、とレイヴスは倉庫のドアの向こうを指さす。

「手なずけきれなかったようだな。あの女と、黒チョコボも…」
「……………」

アーデンはその足でヴィーデの部屋へと向かった。ドアノブを回すとしっかりと鍵がかけられている。
合鍵を取り出し部屋のドアを開け室内へ入ると、レイヴスの言った通り部屋の主はいない。
寝室からバスルームまで見回るもその姿を見つけることは出来なかったが、代わりにヴィーデのリュックや武器が部屋には残されていないことに気が付いた。私物が消えているのだ。

もともとヴィーデは手荷物をほとんど持たずに村からここへやってきたので、私物と言えるほどの物はほとんど持っていないのだが、残されていた物がただ一つ。

「……ざる…か」

リビングの隅に置かれていたざる。それはヴィーデが村からここへ持ち込んだ唯一のもの。
リベルタが卵から孵り、小さなヒナだった時にそのざるの中で育てていた。
手に取ると、リベルタの黒い小さな羽毛が所々に見えた。

アーデンはそれを持ったままリビングの椅子に腰を下ろし、そこから見える窓の外へ視線を向けた。

「まったく…どこに飛んでっちゃったの…」

先ほど回った寝室の鏡台にはアーデンが彼女に贈ったイヤリングが残されている。
連絡手段のない状態で、さらに盗聴器を仕込んだそれを身に着けていないならヴィーデの様子を知りうる手段は一つもなかった。






キャンプを片付け互いに出発の準備を整えたヴィーデとノクト達は、最後の別れのあいさつを交わしていた。

「じゃあねヴィーデ…本当にスマホ持ってないの?」
「スマホ…って何?」
「……マジで?」

一瞬驚いた顔をしたプロンプトは、これだよと言ってポケットからスマートフォンを取り出して見せる。
ここルシスでは広くそれが普及しており、遠距離の者との連絡手段としてごく当たり前のように使われていたが、ヴィーデの村ではスマートフォンどころか電話すらごく一部の家庭でしか使われてはいなかった。

「こんな小さなもので話ができるの?」
「ヴィーデってどこの田舎で暮らしてるの…」
「…便利ねこれ…!私も今度探してみるわ」
「じゃあさじゃあさ!スマホ買ったらオレに連絡ちょうだい!番号教えとくから」

そう言って、紙切れにナンバーを書いてヴィーデに手渡す。

「またキャンプしようよ、釣りも」
「もちろん!その時までに、もっと釣りの腕を上げておくわ!」

ヴィーデが笑顔でそう言ってリベルタに飛び乗った時、上空で笛を鳴らすような大きな音が響いた。

「…何!?」

全員が首を真上に向けると、真っ青な空にオレンジ色の羽を持つ巨大な怪鳥が羽ばたいているのが見えた。
鳥類のはずなのに羽の根元には鋭い爪の前脚が備わっており、猛禽類を思わせる巨大な羽がたなびく度に突風が地上まで吹きすさぶ。

「グリフォンだ!来るぞ!!」

グラディオが叫ぶ。雄たけびを上げながら急降下するグリフォンに、ノクト達は一斉に武器を構えた。
臆する事のないその様子に、戦い慣れているのだとすぐにわかった。

「ヴィーデ、隠れてろ!」

ノクトが槍を構えながら言う。けれどヴィーデを背に乗せたリベルタは酷く興奮し、巨大な敵に向かって威嚇を始めた。

「ダメよリベルタ!あなたが勝てる相手じゃないの!言うこと聞いて!」

リベルタの背から飛び降り手綱を強く引く。十数メートル先にある大岩の影まで何とか連れて行かなければ、そう思いながら背後に視線を向けると、3人は自由に空を飛行する相手に奮闘している。

「…すごい…何者なのあの子たち…」

各自が力を振るうだけでなく、時に絶妙なチームワークと連携で確実にグリフォンに攻撃を当てていく。
怪鳥は一度上空高く舞い上がり、体勢を立て直すとターゲットをヴィーデとリベルタへと向けて急降下してきた。

来る―

クアールにすら歯が立たないヴィーデに敵う相手ではないけれど、背後にいるリベルタを守らなければととっさに腰の剣を抜く。
身体が大きくても、孵化してまだ幾月も経たない子供なのだ。

振り下ろされる巨大な前脚を剣ではじくもその衝撃は大きく、ヴィーデの身体はリベルタと反対方向へ飛ばされた。
すぐに立ち上がり、グリフォンの意識がリベルタへと向かないようにこっちだと敵を呼ぶ。

「グラディオ!ヴィーデを頼む!」
「任せろ!」

ノクトの指示でグラディオがヴィーデ元へ駆け寄るが、グリフォンは再びその鋭い爪で迫った。

間に合わない、とグラディオが思った瞬間、辺りにぱっと黒い羽根が舞い散った。

「リベルタ…!!」

ヴィーデの前に躍り出たリベルタは、グリフォンの攻撃を受けてもなお飛び上がり相手へ攻撃を繰り出す。
けれど大きな口ばしでリベルタの両脚をくわえたグリフォンはそれを引きちぎろうと頭を幾度も振った。
倒れこむヴィーデは思わずやめてと悲鳴を上げる。

「てめえ…!」

駆けつけたグラディオが敵の顔面に大剣を振り落すと、ぱっと口を放し再び上空へと戻る。
主を狙う敵がいったん離れたことを悟ったリベルタは、ヴィーデのズボンを口ばしにひっかけて放り投げ背中に乗せると最後の力を振り絞り岩陰まで走った。


その後、十数分の奮闘の末ノクト達の手によってグリフォンが退治されると、ようやくあたりに静寂が戻った。
イグニスがいち早く岩陰のヴィーデの元まで駆け寄ると、ぐったりと身体を横たえるリベルタの姿があった。
両脚が酷く負傷し、特に左脚は千切れかけている。

「…こいつは酷い…!」
「…どうしよう…リベルタ…ごめんね…!」

リベルタの顔を膝に乗せて抱きしめると、クウと力なく声を出した。

「どうすりゃいいんだ…獣医なんてこの辺にいるか?」
「……シドだ…シドの所に連れて行こう…!」

ノクトが提案する。

「シド…?ありゃあ車専門だろ?」
「獣医に見せたところでこの脚はどうにもならないだろ…あの爺さんは武器の改造もやってる。もしかしたら…」
「…こいつの脚を…ってことか…」
「今できるのはそれしかない…急ぐぞ!」






負傷したリベルタが運び込まれたのは、リード地方のハンマーヘッドという自動車整備工場だった。
シュモクザメを模したモチーフが掲げられ、それが店名の由来となっているようだ。
ノクトの呼びかけで工場の奥から姿を現した老人は、リベルタの姿を一目見て顔をしかめた。

「黒チョコボじゃねえか…酷ぇ状態だな。一体どうした?」
「グリフォンに襲われたんだ。シド、この脚治ると思うか?」
「……治るか治らねえかで言えば、治らねえだろうな。ここまで傷ついてちゃあ、切断以外方法はねえ。だがチョコボは立って歩いてなんぼだ。脚を切られて地面に置かれちゃあ、そっから床ずれで肉が腐っちまう。こういう時は、安楽死ってのが一般的だろうよ」
「そうさせたくないからここに来たんだ!」

ノクトの訴えに、シドはうーんと唸る。

「改造しろってか?オレぁ車や武器の改造しかやったことはねえ。お嬢さん、こいつはあんたのチョコボだって言ったな?」
「…はい…私を守ろうとして…」
「……一か八かだなぁ。上手くいく保証はねえぞ。それでもやるか?」
「お願いします…!あなたは優秀な技術者だとノクトから聞いたわ…この子をもう一度走らせてあげたいの!」

ヴィーデがそう言うと老人は、随分と高く買われたもんだと帽子の上から頭を掻いた。

「一日…いや、二日はかかるか…それまで待てるか?」
「もちろん!いくらでも待ちます!…ありがとう…!」
「よし、コイツを工場へ運べ。おいシドニー、手ぇ空いてたらお前も手伝え!」
「あの…私も何か…」

そう言いかけると、お前さんはいいとシドが言う。

「見りゃあお前ら疲れ切ってるじゃねえか。こいつの脚ができるまで、そこのモービルキャビンで待機してろ」

リベルタが工場の奥へ姿を消すと、ヴィーデは身体の力が抜けて倒れかけた。それをとっさに抱えたグラディオがしっかりしろと声をかける。

「…どうしよう…リベルタ…私のせい…」
「主を命がけで守ったんだな。大した根性だ、気に入ったぜ…!」
「…うぅ…ごめんね…」

涙が止まらなかった。
村でどんな辛い事があっても、母が死んだ時でさえ涙は一滴も出なかったのに。
我が子の様に可愛いリベルタを守りきれず、それどころか自分を守って負傷したことがたまらなく悲しかった。

「ヴィーデ…シドならやってくれる…大丈夫だ、絶対…」

そう励ますノクトの言葉に、今はただ黙って頷くことしかできなかった。








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