第12話

アーデンの力強い瞳が恐ろしかった。そういえば以前も一度素性を問われた時、こんな風に逃げ場を失ったような恐怖感を味わったのだと思い返した。
掴まれた肩に痛みが走り、ヴィーデの顔が僅かに歪む。

「…アーデン…私、あなたに嘘なんてついてないわ…」
「…じゃあ言い方を変えようか。まだオレに話してないことがある…そうだろう?」
「…………………」
「まず、君が魔法を使ったことについて聞かせてくれるかな」
「…あ、あれは…マジックボトルを…」

そう言いかけると、アーデンはヴィーデの体をドアの横の壁にぐっと押しつけた。背中を丸めて笑みの消えたその顔をヴィーデに近づける。

「もう一度だけ言うよ。オレに、嘘はつくな」

単語を区切る様に、ゆっくりとそう言った。

ここでこの男に本当の素性を明かしたら、ヴィーデの目的はおろか命すら危うい。あの時チョコボの卵を守るために軽率に魔法を使ってしまったことを深く後悔した。
目をきつく閉じ唇を噛むヴィーデに、アーデンは追い打ちをかけるように言った。

「…そうだ、ねえヴィーデ。君が生まれ育ったあの村…オレが焼いてやろうか?」
「…え…?」
「嫌いなんだろう?あの村…君に長い間酷い仕打ちをしてきた連中だもんなぁ。憎いよね?殺してやりたいと思わない?」
「…な…何言ってるの…そんなこと…」
「できるよ、オレは。ヴィーデのためなら、あんな小さな村ひとつ消すのに半日もかからないよ…ね、どうかな?」
「…アーデン…!」

今度発言を偽れば、アーデンはヴィーデの故郷を焼き払う、そういう脅迫だった。
ヴィーデが村に対して愛着を持っていないながらも、ここでイエスと言うような事のできる女ではないことを分かった上での脅しなのだ。

「オレは君の味方だと言っただろう?だからさ、ヴィーデが望むなら」
「…言うわ…!言うから……それはやめて…」

大嫌いな故郷だけれど、それでも彼らに死んでほしいなどと思ったことはない。ヴィーデはただ自由になりたかっただけなのだ。
アーデンはヴィーデの肩を掴む手の力を少しだけ緩め、リビングの椅子に座るよう促した。

深く息を吐いて、ヴィーデは膝の上で握った拳を見つめながらポツリポツリと話し始めた。

「…最初に…私の本当の名前を教えるわね…」
「…本当の名前?」
「代々受け継ぐだけで使っていない名前……私の一族はずっと、ファーストネームだけで生きてきたの」
「………」
「私の名は……ヴィーデ・ノックス・フルーレ…村の皆も知らない私の名前よ」
「ノックス・フルーレ…テネブラエの?」

そう聞かれ、ヴィーデは無言で頷く。

「でもそれじゃあ、君が魔法を使える理由が分からないけどねぇ…」
「理由ならあるわ。私が……ルシス王家の血も引いているからよ」
「…なんだと?」

そこでようやくヴィーデがアーデンの顔を見上げた。逃げ道がないのなら、もう前に進むことしかできない…そう覚悟を決めた顔だった。

「もうずっとずっと昔のこと…まだテネブラエがニフルハイム帝国に支配される前の事よ。当時のフルーレ家には三人の娘…神凪候補がいたの。そのうち末の娘が、カウザ・ノックス・フルーレ…今の私の一族の初代…ということになるわ」
「…フルーレ家を出た…ということか」
「彼女は、友好国だったルシスの王族の一人と恋に落ちたの。けれど、自由恋愛なんて認められていなかった当時、互いに国の決めた婚約者がいたのよ…」
「なるほど…まぁ、良くある話だね」

アーデンは立ち上がり、ワインセラーから赤ワインを一本取り出し開けると、それを二本のグラスに注ぎ、一つをヴィーデの前に置いた。
それを一口含んで喉を潤し、再びヴィーデはゆっくりと話し始めた。

「……確かに良くある話ね…ここまでは…」
「………」
「カウザが…相手の子供を身ごもったのよ。怒り狂ったのは両国の王族達…当然よね、お互い婚約者がいるのにそんな…国の利権のための婚約が台無しになるわ。信頼も失って国が傾きかねないもの」
「……それで?」
「二人は共に手を取り合って逃げようと約束したの。誰も自分たちを知る者のいないところへ逃げ落ちて静かに暮らそうって…そう約束した場所が、あの村よ」
「なるほどねえ…」
「カウザはルシス王国まで彼を迎えに行ったの。身重の体で危険を冒して長い道のりを…けれど、男はそれを裏切ったのね。最後の最後で、王族という地位を捨てきれなかった彼は、莫大な資金を婚約者側に渡すことで許されその地に留まった…」

そこまで言って、ヴィーデはグラスのワインを飲み干す。その瞳は先ほどまでの怯えが消え、姿の見えない者への憎しみさえ湛えているようにさえ見えた。

「ルシスの護衛に捕まった彼女は、そのまま男に会うことも叶わないまま失意の中テネブラエへと戻る他なかった。けれど…フルーレ家は娘の失態を許さなかったわ。カウザを恥じとして、お腹の大きくなっていた彼女を追い返し二度と戻ることを禁じた…」
「……なるほど…それでカウザは愛した男と約束した地へ一人で逃げたってわけね」
「その通り…彼女はその後女の子を産み落としてしばらくした後、村からいなくなったそうよ。村の者の数名は、カウザがフルーレ家の人間であることを知っていたのね。残して行った女の子を守り神として奉り、忌まわしい風習が生まれてしまったわ」
「………」
「カウザは一冊の日記を残していった。自分を裏切ったルシス王家と、そして見捨てたフルーレ家への強い憎しみを書き連ねた日記を…いつの日か、この二つの王家に復讐をって…不思議なことに、私の一族は女の子供しか生まれなかったそうよ。母は、これをカウザの呪いなんだって言ってた…憎しみの気持ちを決して忘れないようにって、その日記は母から娘へと引き継がれて行ったの…」
「そんな大事な日記を、君は持っては来なかったようだけど?」

アーデンがそう問うと、もう必要ないからよとヴィーデが言った。

「あなたがあの日来たから…小さな村を出て、ルシス王国と敵対するニフルハイム帝国へ行けるとなったから。復讐を果たせれば、もう私の代で終わりにできる。もしも私が女の子を産んだら、またあの村で身を捧げる不幸な人生を歩ませてしまう…日記は、もう引き継がないわ…」
「そういう事か…ヴィーデ、これで全部つながったよ」

ヴィーデを迎えに行ったあの日、怯えや迷いなど一切なく覚悟を決めた瞳で揚陸艇に乗り込んで来たこと。
そしてヴィーデがルシス王家の人間しか使えないはずの魔法を使ったことが、アーデンの中でようやく合点がいった。

「でも、オレがあの日君を迎えに行ったことは全くの偶然だったわけだろう?」
「…偶然…だったのかしら…イドラ皇帝が私の能力を耳にしてニフルハイムへ召し抱えようとしたのなら、私の一族の女たちが長い時間あの村で耐えてきたことさえ意味がある様に思えてくるわ…きっと、私が終わらせろって…そういう事かもしれないわね」
「…そっか…そう、かもね。君の能力は数世代に一人しか生まれないってことだけど…」
「それは本当よ。ただ…私の本来の力については補足があるの」
「補足?」
「…私の能力の恩恵を最大限に受けられるのは、ルシス王家の血を引く者だけということ」
「……それは…どういう意味?」

ヴィーデはアーデンの瞳を真っ直ぐ見つめて言った。

「私は、ルシス王家の人間に莫大な魔力を分け与えることができるの。逆に言えば、魔力として受容できるのは王家の人間だけってことになるわ」
「……!」
「いくらルシスの王と言えど、使い続ければ肉体に負担がかかるし魔力も枯渇する。それを補うことができるのが私の本当の能力なの」
「……それ、ホント?……ははっ……」

アーデンは声を上げて笑った。

「…そんなに可笑しい…?」
「…ああ…ねえヴィーデ、オレ達が出会ったのってさあ、きっと奇跡だね…こんなに凄いことってないよ!」
「何言ってるの…?」

不審げな顔でヴィーデが言う。

「真の王が生まれたこの時に…このタイミングだよ…!」
「…アーデン?」
「ヴィーデ、君が秘密を話してくれたお礼にひとつ昔話をしよう」
「昔話…?」

アーデンはワインボトルに口を付けて半分ほど飲み干した。

「昔々…まだルシス王家がクリスタルに選ばれる前のことだ。王家に一人の男がいた…。そいつは星の病の原因とされるシガイという寄生虫に侵された人々を救うため、自身に備わった力を使ってそれを体に取り込んでいた。自分にしかできない事だと、強い信念を持ってね」
「……シガイを、体に取り込んで…」
「しかしあまりにも多くのシガイを体に取り込み続けた結果…男は自分自身をシガイ化させてしまうという結果を招いた。王家はそいつを化け物とみなし追放、果ては男を討伐してしまう…国のため、民のためにと人々を救い続けた挙句身内に殺された男は、シガイと化し手に入れた不老不死の体で復讐を誓った…必ず、ルシス王家を滅ぼすと」
「………!」
「真の王が現れるのを待ち続けたよ…気が遠くなるほどの時を過ごしてね。その男の名は…アーデン・ルシス・チェラム…」
「…アーデン…ルシス?」

思わず椅子から立ち上がる。こちらを見つめるアーデンから距離を取る様に、一歩後ろへ下がった。

「アーデン・ルシス・チェラム…そいつはルシス王家への復讐の準備として34年前にニフルハイム帝国へ入り、そして宰相の座を得た…」
「………あ…あなたが…そうだと言うの…?」

アーデンは目を見開くヴィーデの頬に触れながら言った。

「ヴィーデ…オレが、怖いか?」
「……………」

死の病に侵された人々を救うために生き、そして自らを化け物に変えてしまった挙句に殺された哀れな男。憎しみに駆られ、その思いだけを支えに千年以上の時を生きてきた…。
ヴィーデは頬に触れているアーデンの左手に自らの手を重ねた。

「…ねえアーデン、同じ人間でも、こちらの思いや言葉すら通じない人たちはたくさんいるものよ?彼らの恐ろしさに比べたら…あなたなんて怖くはないわ」

まだ子供だったヴィーデに手を伸ばす男たちの姿が脳裏をよぎる。あれほどの恐怖に比べたら、今目の前に立つアーデンが人ならざる者であろうと恐ろしさは感じなかった。

「…本当に?オレは、シガイだよ?」
「そうだわ…あとひとつ、アーデンに言ってないことがあった」
「…?」
「私ね、シガイの影響を受けない体質なの」
「シガイの…影響を受けない?」
「そう、シガイが体内に入らないのか、入っても病を発症しないだけなのか、それはわからないけれどね」
「それは、フルーレ家の血筋と何か関係があるってこと?」

アーデンに問われると、そうではないと思うとヴィーデが答えた。

「カウザが残した日記の後半、身体の変調を訴える記述があるの。どうやら彼女は、テネブラエからルシス王国への長旅の間にシガイに感染していたようなの…。自身が完全にシガイとなって村や我が子を襲うことを危惧して村から去ったか、それともシガイ化していく身体が近隣の鉱山から流れ着くガスに耐えられずに逃げたか…それははっきりとは分からないけれど。生んだ子に感染していなかったことは幸いだったと言えるわ」
「そうか…ヴィーデの村はシガイや野獣が出ないって言ってたね」
「シガイの被害が大きな地域に出稼ぎに行っていた村人でさえ症状は全くなかった事を考えると、長くその地域に住んでいる人間にはガスによって抗体ができたのかもしれないって私は思ってるの」
「……これは、ますますオレにとって好都合な条件が揃ってるってわけだ」

口元に笑みを浮かべてヴィーデの唇を指先で撫でた。
アーデンは自身がシガイとなってから何人もの女を抱いたが、そのうちの半数以上が一度の交わりで感染しシガイ化させてきた。
ヴィーデの力がアーデンにとってどれだけ有効でも、ヴィーデ本人をシガイにしてしまっては意味がない。

「シガイって空気感染だけではないのね…」
「っていうか、空気感染よりもはるかに強力な移し方ではあるよね」
「……ねえアーデン」
「うん?」
「私の力、今すぐに必要?」

そう言って、じっとアーデンを見つめる。ほんの僅かだけ、それまでのヴィーデよりも大人びて見えた。

「んー……いや」
「いいの?あなたはルシスの血筋なのだから、私の魔力を生かせるのよ」
「そうね、なんていうか…そういうのは義務的にしてほしくないかなぁ」
「義務的って?」
「オレに力を与えるためじゃなくて、君がオレを男として必要としてくれたら…その時でいい」
「…………」

ヴィーデにとって男は恐怖の塊でしかなかった。守り神などと崇めつつ、力だ不死だと奪われ続けた現実が異性に対する拒絶を生んだ。
だからこそ、ヴィーデの心を優先したアーデンの存在は味わったことのないほど真新しいものだった。

「前言っただろう?ちゃんと口説くってさ」
「……なんだか…」
「どうかした?」
「ちょっと…ドキっとしたわ…」
「あれ、早くも脈あり?」

そう言ってアーデンは笑った。
まだないと唇を尖らせたヴィーデの頭を撫でて、その手をそのまま顎まで持っていき顔を上向きにさせる。
きょとんとした顔の額に軽く唇を触れさせ、今はこれで十分だと言った。

「もう…いちいちキザだわ…!」
「あ、それとねヴィーデ、魔法はくれぐれも使わないようにね。今日見たのがオレだけだったから良かったけど、他の連中だったら大事だよ」
「それは…すごく反省してる…」
「まぁ、おかげでオレは君の正体と本当の目的を知ることができたけどね」
「ルシス王家への復讐…まさかニフルハイムの宰相と目的が同じだなんて夢にも思わなかった」

そう言うと、それは自分も同じだとアーデンが言った。

「王家への復讐が済んだら、ヴィーデはその先どうするの?真の王をオレが倒せば、世界は闇に包まれるけど…」
「…私は…人のいない所で静かに暮らしていくわ…」
「一人で…?」
「人と関わると、ロクなことがない気がする…カウザから始まったこの一族は、私の代でもうおしまいにするわ」
「……そっか」

その言葉を最後に室内が静かになった時、どこからかコツコツと小さな音が聞こえた。

「ん…ヴィーデ…何の音?」
「……やだ…もしかして…!」

ヴィーデは慌ててデスクライトの下で毛布に包まれているそれを見た。殻にひびが入り、その隙間から小さな黒い口ばしが覗いている。

「おいおい、これってもしかして…」
「そう、黒チョコボの卵よ。今日の野獣討伐の時に、レイヴス将軍に飛ばされたクアールの下敷きになるところだったの…」
「ひょっとしてそのせいで魔法使ったってこと?」
「とっさだったの…!卵が割れちゃうと思って…」

二人で卵を覗き込んでいると、そのうち濡れた羽毛に包まれた漆黒のヒナが倒れるようにして姿を現した。
目を閉じたままよろよろと起き上がり、しばらくするとうっすらと大きな瞳をを開けヴィーデの顔を見てピィと鳴いた。

「…アーデン…どうしようこれ」
「…それ、オレに聞く?」
「だってあなたはこの国の宰相様だから」

都合のいい時だけ宰相様ですか、とアーデンはため息をつく。何とかここで育てられるようにしてやると言うと、ヴィーデはこれまで見せたことのない笑顔をアーデンに向けた。
過酷な運命と使命を背負わされたこの娘の数少ない笑顔。せめて自分の側にいるときは、僅かでもそれを守ってやろうかとらしくないことをアーデンは思った。





[ 12/31 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -