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「やっぱり……アンジールにも翼、生えちまった……」


ミッションから戻ったザックスが寂しげな表情でセフィロスに呟く。
その目からはいつも放なっている蒼空のような青い光は消え失せ、ただ鈍く虚ろな光がわずかにあるだけであった。






One Wing






一瞬その言葉を聞いて、僅かではあるがセフィロスの青とも緑ともつかない不思議な色の瞳が悲しみで揺れた。
しかしその後、彼の表情はまたいつもの表情の読み取れないような、彼独特のものに戻った。




いずれはこの時が来てしまうだろう。そんな予感をセフィロスは前々から感じていた。
その覚悟はできていたはずなのだが、いざその言葉を聞くと表情こそは変わらなかったがやはり、セフィロスでさえも何も感じずにはいられない。


「……そうか」


もう少し彼に対して気の利いた言葉が返せなったのか?―セフィロスは思ったが、
今のセフィロスにはそんな言葉など思いつく余裕が無かった。






幼い頃から「英雄」と呼ばれ、他人からは尊敬されると同時に恐れられてきたセフィロス。
セフィロス自身はミッションをこなすこと以外は何もしていない。誰も殺すようなことはしていない。
それなのに、誰もが彼と話すことはおろか、話しかけられること自体を恐れていた。
ミッション前の打ち合わせなど、どうしても話さなければならない状況で他のソルジャーと話しているとき、やり取りこそはごく普通ではあるが、彼らの目は恐怖で怯えたような色をしていた。


――ジェネシスとアンジールを除いては。


2人がまだ「人間であった」時には、セフィロスの元から2人が去ろうとも、それは彼等の勝手であって自分には関係ない――そう思っていた。
どちらも失ってから自分にとって彼らは思った以上に重要な存在だったことに気づくなんて、なんと愚かなことだろう。




……俺は何を考えているのだろうか?




「友の事を思う、自分らしくもない自分」のあまりのおかしさに思わず笑みが出る。
「単に2人に出会う前の生活に戻った。ただそれだけの事ではないか」そう自分に言い聞かせ、気を紛らわせるためのミッションを受けるべくソルジャー司令室へと向かった。




*




「セフィロスが自らミッションへの参加を志願、か。これは明日には地球が滅びるかもしれんな」


コンピュータで作業をしながらラザードが笑った。


そういわれるのも無理は無い。セフィロスは今まで自分からミッションへの参加を志願したことはまったく無かったのだから。
それどころか神羅からミッションの参加を依頼されても、それを拒否することがしばしばあった。


「即日実行できるミッションにしたいのだが」
「時間ももう夜なのに今日実行か……相変わらず条件がきついな」


ラザードはセフィロスから出されたミッションの条件をパソコンに打ち込む。
即日実行、かつ難しさが尋常でないほど難しいモノ。
全てを打ち終わると、ミッションの検索が開始される。


「もしや、翼が生えた哀れな2人が気になるのか?」


セフィロスの眉がピクリと動いたが、何も答えることは無かった。


「まあ……そんなに怒らなくてもいいだろう…… では、このミッションはどうかな?」


画面に映し出されたミッションの概要をラザードは指差した。
場所はミッドガル近くの工場跡、内容は突如現れた大型モンスターの群れを一掃すること。
そして当然だが難しさのクラスは最高。たとえ他の者よりも腕が良いソルジャー1stが1人でこのミッションを挑んだとしても、成功できない可能性の方が大きい。
まさにセフィロスのためにミッションと言ったものだった。


「構わんが」


セフィロスはミッション参加の手続きを終わらせると、何も言わないままその場を去った。


「思いがけないような幸運が舞い降りることを祈るよ」


その場を去ろうとするセフィロスを眺めながら、ラザードは微笑し、画面を切り替える。
コンピュータの画面には先程セフィロスが受けたミッションの概要から彼には見せなかった、このミッションについての「ある情報」が映し出されいた。




*




刀の刃が肉体を裂く音。




その後に聞こえるモンスターの断末魔。




そしてその後に残るのは、今はもう単なる肉の塊と化した骸とおびただしい量のどす黒い血。




セフィロスはいつにも増して感情を無にしてモンスターを次々と殺していく。
全ては、己の全てを昔に戻すために。
だが、今あるミッションの中で最も難しいモノを選んだはずなのに、全てを元に戻す前にモンスターは全て原形が分からない程に無残な姿で息絶えてしまった。


「やはり、この程度ではダメか……」


刃にこびりついた穢れた血をふき取る。結局得られたものは、己への名声と恐怖の拡大だけだった。
そんなモノは今のセフィロスにはいらないものだ。




ここまで俺は愚かであっただろうか??




いろんな意味で時間の無駄だったと思いつつ、ミッション成功の報告をするために神羅ビル戻ろうとした時、




――翼が羽ばたく音がセフィロスの耳に入った。




空を飛ぶ時にに音がするなんて普通の鳥ではありえない。せいぜい巨大な鳥型モンスターかドラゴン、もしくはそれに似た存在くらいである。
しかし、ここはミッドガルからもそう離れていない地域。この地域に生息するモンスターと言えば、先程のミッションで殺したモンスター以外は、小型でそう強くないものばかりだった。


では、何者だろう? セフィロスは気になって音のする方向を見た。
もともと魔晄を浴びたソルジャー達と比較しても並外れた能力を持つセフィロス。視力もその例外ではない。
その彼の目が捉えたのは――片方だけ翼が生えた人間のような生物だった。


……そんな、まさか。セフィロスは一瞬己を疑った。しかしその後に生まれたのはわずかな確信。
科学が発達したこの時代、天使なんて存在を信じる人はほとんどいない。もちろんセフィロスもそうだ。




…だとしたらアレはかつての友人だろう。




そう思い始めたらその影を追わずにはいられなかった。








人影の降り立った場所は工場跡から少し外れた所にある、瓦礫や鉄くずの山の上。まるで、人気の少ないスラムの一角のようだった。


セフィロスがそこに近づくと、そこにはやはり――天使のような純白の翼を片方だけ生やしたアンジールがいた。
その翼を見て、嗚呼、やはりこれが現実なのかと改めて実感すると、さすがのセフィロスにも悲しみと寂しさがこみ上げてきた。


「久しぶり、だな」
「……ああ」


セフィロスの存在に気づいたアンジールはこちらのほうを向く。
その顔色は「人間だった」頃の彼に比べて青白くなったように見えた。


「白い天使の翼、か。まったく、お前らしいな」


ふっ、とセフィロスは笑った。


「……さあ?人間からモンスターとなった今、もう俺には天使のように正義も善も語れないと思うのだが――まったく今となってはお前やザックスが羨ましい」


アンジールは表情一つ変えずにただセフィロスを見下ろす。
もはや「人間」ではない哀れな天使何を思うのだろうか? それは分からないことだった。




では、「人間」として最後に残された俺はこれからどうすればいいのだろう?
……いや、俺は最後まで「人間」のままでいられるのだろうか?






その時、ふとセフィロスの頭の中にジェネシスがかつて嫌というほど語っていた、「あの」詩が思い浮かんだ。


「深淵のなぞ それは女神の贈り物 われらは求め 飛び立った」
「何の事だ?」


……ついにお前にもジェネシスのアレが移ったのか、とアンジールは続ける。


「いや、アイツの言う通り”LOVELESS”の詩の内容の通りに事が進んでいるのであれば――」


セフィロスがそう言いかけた時だ。




セフィロス携帯が夜の闇に鳴り響く。それは、暫しの再会の時間の終焉をしめしいた。




おそらく、電話してきたのは神羅のソルジャー部門からだろう。セフィロスはあまりのタイミングの悪さに舌打ちをする。


「……時間か」


その言葉とともに、アンジールは純白のその翼を広げ、暗い夜の闇の中へ飛び立ってしまった。
後に残ったのは、ただ空っぽになった漆黒の空だけ。






――時が来れば、いずれは俺も「そっち(モンスター)の世界」に行ってしまうだろう。




その時俺の背に生えるのは




正義と誇りに満ちた純白の翼だろうか




それとも――








憎しみと悪に満ちた漆黒の翼なのだろうか








セフィロスはしばらくなお鳴り続けている携帯にも出ずに、ただそのままその虚空を眺めていた。






End




→あとがき



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