裏側



 上司の命令で、ある組織に潜入することになった。
 構成員は接触感応能力者(サイコメトラー)と瞬間移動能力者(テレポーター)の二名。
 接触感応は対象の三日以内の記憶が読み取れて、瞬間移動は移動のみだが多少応用が利くらしい。
 程度は――接触感応が超能軽種で、瞬間移動が超能中種だ。どちらも力はそんなに強くないだろう。
 上司に口頭で告げられた資料内容を反芻し、はあ、とため息をついた。

 現代の人間は大きく、何の能力も持たない無能力者と超能力が使える超能力者の二つに分かれている。
 中でも超能力者は超能重種、超能中種、超能軽種と能力値によってランク分けされている。
 超能重種がピラミッドの頂点に立ち、能力値が一番高いのだが、如何せん大体の超能力者は中種以下だ。
 
 ちなみに俺は精神感応(テレパシー)の超能中種。
 鍛えようによっては超能軽種が超能中種に、超能中種が超能重種に変わることもあるらしいのだが、上司曰く、それは突然変異らしい。
 そんな上司は世界でも数人しかいないとされる多重能力者(エクストラ・サイキッカー)であり、超能重種だ。
 これまた上司曰く、多重能力者のみ軽種、中種が存在せず皆、超能重種なのだそうだ。

 そんなことを考えていたら、いつの間にか人質にされていた。
 人質は俺を含め四人。後ろ手に縛られ、四人背を向けあって円になるよう一か所に集められている。
 ――銀行強盗か。これはまた厄介な事件に巻き込まれたな。
 小さくため息を零し俯いていると、俺の横で縛られている人質Aくんが何やら注意深く周囲を観察していた。
 頼むから変なことはしないでくれよ。隙を見て逆らうとか。
 ここには無能力者しかいないと思い込み、目を瞑り精神感応で上司に助けを求めた。

「(もしもし朝永さん助けてください。銀行強盗に巻き込まれました)」
「(そうか。それは大変だな)」
「(え、他人事? 可愛い部下が死にそうなのに? 俺一人ならどうにかなるんですが、人質はいるし、無能力者しかいないんスよ。助けに来てください)」

 そう言うと、朝永さんは少しの沈黙を落とした。

「(……なら警察を呼んでやろう。まあ、放って置いても大丈夫だと思うが)」
「(あ、本当に来る気ないんスね。――ん? 放って置いても大丈夫って……?)」
「(いいか、貴様は大人しくしていろ。俺の予知通りに事が進めば、何も問題はない。じゃあな)」

 一方的に言葉を残して、朝永さんは去って行った。あの人も精神感応を持っている――しかも超能重種だ――から、こちらの精神感応を一方的に遮断できる。

「(おーい……)」

 呼びかけても、もう返事は返って来なかった。
 予知通りにって、じゃあ朝永さんはこの事件の顛末を知っているということか。
 大丈夫だと言った。何もするなとも。
 なら俺はそれを信じて息を潜めるとしよう。

「てんめェ……、警察に通報しやがったな……!」

 あ、朝永さん本当に通報したんだ。
 




 人質の中に超能力者がいた。しかも多重能力者。
 あの人は彼のことを予知で知っていて、だから大丈夫だと言ったのだろうか。

「伶。お帰りなさい。随分、遅かったわね」

 アジト――と言っていいのだろうか――に帰ってきて、早速綾咲さんに見つかった。
 接触感応能力者である彼女は対象の三日以内の記憶が読み取れる。人質中、上司のことを思い出してしまったので、彼女にそれを読み取られるわけにはいかない。だから俺は自分から銀行強盗に巻き込まれたのだと説明した。

「銀行強盗に遭いまして。人質にされてました」
「あら本当? それは災難だったわね。さっきニュースで見たわよ。なんでも、超能力者の男性が解決したそうじゃない。――それ、伶じゃないわよね?」

 詳しく見せてくれる?
 そう言外に含められていることは容易に想像できた。現に右手が俺に触れようとしている。
 視られる訳にはいかない。本当は多重能力者を見つけたことも犯罪組織には言いたくなかった。
 だが――。

『常に最善の行動をしろ。予期せぬ事態に遭遇した場合、必ずそれが生かされる』

 朝永さんに何度も言われた言葉。
 俺が今優先すべきことは、超常研究所の実際のテロ活動を目にし、それを証拠として押さえること。
 多重能力者を出し惜しみして、視られて、全ての情報を曝け出すのは最悪だ。

「解決したのは多重能力者でした。綾咲さん。提案なんですが、彼を仲間にするのはどうでしょう?」

 ――多重能力者は世界でも数人しかいないんですよ。
 そう言うと綾咲さんの動きが止まった。口角を上げたところを見ると満更でもないらしい。
 ついでに涎も出ている。

「……そうね。ちょうどいいかもしれないわね。そうと決まれば情報を早急に集めなければ。……ああ、迎えは大野君に頼みましょう。全部今日中によ。――フフ、用意した爆弾がただの爆発じゃない、祝砲に変わるわ」





 爆弾が露草駅のどこかにあると判明した。偽りとはいえ、俺も超常研究所の一員なのに、それを知ったのが翔斗と同じタイミングとは。疑われている訳ではないが、信用もされていなかったんだな。

「……ボス、どうして……」
「……わからない。翔斗くんの言ってること。――だから、賭けに出るの」

 翔斗と超常研究所、どちらが正しいのか。天に任せるのだと彼女は言った。
 それに納得のいっていない大野さんは瞬間移動で露草駅に向かうと言うので、それに俺も同行した。

 露草駅の改札の真上――爆弾を設置した屋根上に、大野さんと共に降り立った。
 大野さんが足早に設置した場所を確認するも、そこには何もない。

「――ない! 確かにここに置いたのに!」
「……なら、翔斗が見つけたんじゃないスか?」

 そう言って空を見上げると、暗闇の中でフヨフヨと何かが浮いているのが見えた。――翔斗だ。
 大野さんもそれに気付くと舌打ちをして、俺を置いて瞬間移動でどこかに行ってしまった。
 
 恐らく翔斗は何もない上空でうまく爆発させようとしているのだろう。
 果たしてそれがうまくいくのだろうかとビルをやっとこさ越えた翔斗を見続けていると、不意に彼の姿が消えた。

 とりあえず上司に報告しようと精神感応で上司に一連の出来事を伝えてる途中で、突然翔斗の叫び声が俺の脳内に響いた。

「(――やめろぉおおおッ!!)」
「(……なんだ今のは?)」
「(わかりません。突然、翔斗の声が――!?)」

 上司はただならぬ雰囲気を読み取って、すぐに向かうと精神感応を遮断した。きっと瞬間移動で露草駅に来るんだろう。
 俺は翔斗の悲痛な叫び声が気になり、上を見てハッとした。
 
 ビルから飛び降りた人影。あれは――。

 影は手を伸ばし目的の物を手にすると、ビタンッとビルに張り付き、そして重力を無視するかのようにその側面を上に向かって勢いよく走りだした。
 ビルを超えると同時に、瞬間移動で先に上空に放った爆弾目掛けて強烈な蹴りを食らわし、狙い通り何もない上空で爆弾を爆破させた。