猿夢1 気付けば一人、無人の駅に立っていた。 鳴神アキラは辺りを見回し、見覚えのないプラットホームに首を傾げる。 「どこだよ、ここ……」 蛍光灯は点いたり消えたりを繰り返し、どこか普通ではない薄気味悪さを感じた。 外は真っ暗闇に包まれている。 鳴神は眉根を寄せ、言い知れぬ恐怖に一歩後ずさった。 その時――。 「まもなく電車が参ります〜。その電車に乗るとあなたは怖い目に遭いますよ〜」 軽快なメロディの後、無機質なアナウンスが流れた。 「は?」 怖い目に、遭う……? 一体どういうことだと身体を強張らせていると、電車がホームに入ってきた。 それは電車というより、遊園地などで見かける猿をモチーフにした列車で、数人の顔色の悪い男女が一列に座っていた。 はっきり言って、乗りたくない。このまま電車が過ぎるのを待とう……。 「……えっ、なん、で……?」 そんな鳴神の意志に反して、体は勝手に乗車していた。 鳴神は後ろから三番目の席に座った。空いている席が、そこしかなかったのだ。 「発車します〜」 アナウンスが流れ、電車はゆっくりと動き出した。 頬に生暖かい風を感じ、不快感からすぐに頬を拭った。 ――次の駅で降りよう。鳴神は思った。 このまま乗っていたらきっと良くないことが自分に起きる、と。 電車は暫く静かに走っていた。 次の駅にはいつ着くのだろう、と鳴神は俯いていた顔を上げた。 「――トンネル……?」 電車が向かう先にはトンネルがあった。 目を凝らして見ても、飲み込まれそうな程の暗闇で中が見えない。 鳴神は固唾を呑んで、電車がトンネルに入って行くのを見つめた。 ガタンゴトン――不快な揺れと共に電車は進んでいく。 トンネル内は赤色のライトで照らされ、不気味に電車を浮かび上がらせていた。 「……はあ……」 鳴神は目を伏せ、小さく震える拳をギュッと握り、静かにため息をついた。 不意に――。 「次は〜活けづくり〜、活けづくりです」 駅で聞いたのと同じ、無機質なアナウンスが車内に流れた。 「……は?」 イケヅクリ? なんだ? 次の駅名か? 駅名にしちゃ変わっているな、と思考を明後日に飛ばしていたら、突然後方から耳をつんざくような悲鳴が聞こえてきた。 驚いて勢いよく振り返ると、電車の一番後ろに座っている男性が何やらもがいているのが見えた。 よく見ると、男性の周りには四人の小人がいた。小人たちはもがく男性を気にせず、何かを一心不乱に振り回している。 「――えっ……」 目を疑った。 小人が振り回していたものは刃物で、それで容赦なく男性の体を裂いていたのだ。 小人は楽しそうに、男性の体から臓器を引きずり出し、血まみれの床に乱暴に叩き付けて笑っていた。 笑い声が黒板を引っ掻いた音みたいに高くて、とても不快だった。 鳴神は何が起きているかを理解した瞬間、顔を背けた。 惨すぎる……! 耳を塞いで、ギュッと目を瞑った。 男性は暫くの間叫び続けていたが、それもそのうちパタッと途切れてしまった。 トンネルが、血の匂いで一杯になる。 ――が、それを気にしているのは鳴神だけだった。 鳴神の前に座っている女の子は、電車が発車してからずっと俯いたままで少しも動かない。後ろの女性もそう。男性が断末魔をあげている時、自分のすぐ後ろで何が起きているのかを少しも気にしていなかった。今もきっと、どこか一点を虚ろに見ているに違いない。 なんだよ、おい。すぐ近くで人が殺されたんだぞ。なんで誰も反応しないんだよ! 異様な空間に、鳴神は気がおかしくなりそうだった。 「……ぉぇっ」 吐きはしないが、吐き気がする。鳴神は手で口を覆った。 「ぁっ……はっ……、……はっ、ぁ……ふ、ぅ……」 ガタガタ震えながら、なんとか呼吸を整える。 今見たのはなんだったのか。いったい何が起きたのか。 鳴神にはもう、確かめる勇気などなかった。 「次は〜えぐり出し〜、えぐり出しです」 再び、アナウンスが流れた。 「え、ぐり、だし……」 キキッと高い笑い声がすぐ後ろから聞こえてきた。 鳴神が恐る恐る振り返ると、四人から二人に減った小人が、先端が鋭い先割れスプーンのようなものを片手にニヤニヤしているのが見えた。 「何、する気だ……」 緊張で喉が乾く。 鳴神の怯えた声を笑ったのか、小人が愉快そうにキキッと鳴いた。 相変わらず女性はピクリとも動かない。 小人はスプーンを両手で握り、勢いよく女性の目玉をえぐり出した。 その瞬間、物凄い叫び声がトンネル内に響いた。 目玉が飛び出る。 鳴神は、その光景をただ黙って見ているしかできなかった。 女性はあまりの痛さに、髪を振り乱しながら、呻き声をあげている。 口から泡を吹いていた。 「アア゛……ア……ア……」 暫くすると女性は倒れた。死んでいるのが、一目でわかった。 小人がキキッと鳴きながら床に落ちた眼球を踏みつぶす。もう一人の小人は、嬉しそうに眼球を食べていた。 嫌な音が耳に残る。気持ち悪い光景が瞼の裏に焼き付く。 「うそだろ……ははっ、うそだって……うん。そうだよな」 頬が引き攣って、全然笑えない。 ふらふらと前に向き直り、鳴神は頭を抱えてうずくまった。 「こんなん、ありえねーって……」 目尻に溜まっていた涙が、静かに零れた。 その時。 「次は〜挽肉〜、挽肉です」 ――アナウンスが、流れた。 鳴神はハッとして顔を上げた。 順番からして、次は鳴神の番だ。 殺されるのか……、こんなところで……。 「いや、だ……」 声が震える。いや、声だけじゃない。体も震えていた。 短時間で二人も殺されたんだ。怖くない方がおかしい。 鳴神は拳をグッと握り、震える体に力を入れた。 なんなんだここは。なんでおれは電車に乗ってるんだ。なんでおれは駅にいたんだ。小人に殺されるなんて現実でありえるのか。現実じゃないならなんだっていうんだ。 ――夢か? そうか夢か。夢だ。ゆめ。ゆめ。ゆめ。夢なら覚めろ。覚めてくれ! お願いだ。覚めろ!! 目を瞑り、必死に願った。 ――ウィイイインッ、ウィイイインッ、ウィイイインッ……。 何やら激しい機械音が聞こえる。 何の音だろう、と目を開けると――。 「……ぇっ……」 変な機械が鳴神の前に置いてあった。 丸く開いた穴からは、ギザギザの刃が勢いよく回転しているのが見える。 鳴神はゾッとした。 これはおれを挽肉にする機械だ……! と気づいたのだ。 「なんだっ……!?」 突然、何者かに両腕を掴まれた。 見ると、二人の小人が片腕ずつ鳴神の腕を握り、キキッと甲高い声で鳴いている。 三人目の小人が後頭部を掴んで、ググッと鳴神の顔を機械に近づけた。 ――ヴィイイインッ、ヴィイイインッ……! 機械音が間近で聞こえる。 「やめっ、放せよッ!!」 なんとか力を入れ、必死に抵抗する。 このままじゃ、顔から挽肉にされるッ……! 小人の笑い声が耳元で聞こえた。 「いやだッ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ死にたくない覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ、夢なら覚めろよぉッ!!!!」 死を覚悟して、固く目を瞑った。 |