2. 『あの子はね、お母さんが亡くなって可哀想な子なの。仲良くしてあげなさいね』 どうして大人はそうやって自分からは何の手出しをしない癖に、可哀想だからとかそれらしい理由をつけて子供に責任を委ねるんだろうか。それでも当時の私は馬鹿みたいに正直に分かった、なんて言って意気揚々と奴の家に行ったんだと思う。当時の私の想像する可哀想な子供というのは、引っ込み思案な子が自分から友達の輪に入れない事に困っていて、その輪の中に入るために誰かの助けを求めている、それぐらいの解釈の仕方だった。 元々母子家庭だったらしいそいつは母親が亡くなって母方の祖父母がいるこの田舎に引き取られてきたのだという。奴が街からここに越してきたというのは夏休みに入ってすぐだったらしく、自然しか売りの無い中途半端な田舎で大した娯楽も無かったから、都会から来たという奴の存在は刺激が無いこの場所では好奇の対象だったろう。 私の家から数分のところに奴がいる家があって、人の家を訪ねるにはまずは呼び鈴を鳴らすという習慣の無かった私は玄関の扉を開けて大きい声で奴の名前を呼んだ。 「こんにちはー!百乃助くんいますか?」 私の声を聞いて少ししてから近くにいたらしいおばあちゃんが出て来て奴を呼びに行った。 ここの家は元々おじいちゃんとおばあちゃんの二人暮らしで、私は家が近かったからよく回覧板や学校で出されるお便りやらを届けに行っていた。 それにしても昼だというのにここの家は薄暗くて、背中に照りつける日差しを感じて暑い筈なのに何だか妙にヒヤリとする空気が流れているような気がする。この家には何度か来たことがあるのに見慣れない場所みたいだと思っていたら、唐突にキィっと軋む音を立てながら扉が開いて足音も立てずにそいつは私の前に出て来た。 無表情で覇気のない目付きをした奴は私を一瞥して、すぐに目線を横にずらす。 そいつは私が思い描いていた可哀想な子供とは少し違っていた。 「…初めまして。私、なまえ。すぐ近くに住んでるの」 声をかけた私を奴はちらっとは見たが、そのまま何も言わずにその場から去って行った。少し待ってみても戻ってくる気配がない。おばあちゃんが奴を呼んだが返事も無く、そのまま待っていても一向に出て来そうもないから私は帰ることにした。ごめんね、また来てね、とおじいちゃんも玄関まで来て私に声をかけてくれた。 『あそこの家の孫は可愛げが無くて、愛想もない』 そんな話がちらほらと子供達の間から大人達まで広がっていく。きっとみんなが同じように家を訪ねてはみても、毎回同じような対応をされてきていたらしい。最初の頃は人見知りなんだろうと、大人数で押しかけるのはやめて人を変え、時間を変え、手土産を携えと、色々やっていたが打っても響かないもんだから奴の家を訪ねるのはみんなやめたようだった。 この当時、私はクラスで1、2を争うくらいには人気者でそこそこ頭も良かった。周りの子供や大人から『聞き分けの良い可愛い子』として確固たる地位を築いていたから、私から声をかければ誰もがすぐに快く笑いかけて仲良くなれると信じていた。 意地になった私は負けじとほぼ毎日奴の家に行って声をかけ続けた。無表情のそいつは扉を開けるものの決して家の中に入れてくれる事は無かったがそれでも構わなかった。みんな奴の対応に匙を投げたけど、いつかそれを奴が後悔し始めた時に私だけは近くにいてあげたらいいのだ、そう思っていた。 何故なら、なんだかんだ言っても奴は可哀想な子供なんだからと。 [しおり/もどる] |