砂糖をシュガーでコーティング

花束


同棲しているけれど、今日は初心に帰って待ち合わせしてみよう、ということになった。いつもは前々からどこに行くか予定を立てて、夜は次の日のデートに思いを馳せながら「楽しみだな」なんて一緒に寝て、当日の朝は一緒に起きて朝食を食べて、一緒に家を出て目的地に向かう。

そんな風に映画館に向かっているときに、駅前で待ち合わせをしているカップルを見掛けたのだった。「待った?」「ううん、今来たとこ」だなんてテンプレートのやり取りを微笑ましげに眺めながら横を通り過ぎるキバナを見て、ああこういうのもいいなぁ、と思った所存で。

「明日のデートさ、待ち合わせしてみないか?」

「?、どこか行くところあるのか?一緒に行くよ」

首を傾げて微笑むキバナに「いや」と少し言いよどむ。何を言っているのかと思われるかもしれないが、でもやっぱり、集合場所で遠くから「待ったか?」と小走りで来るキバナを見てみたいし、目印の前で「大丈夫、今来たとこだぜ」と微笑むキバナを見てみたい。しまったキバナとキバナが待ち合わせてる俺がいない。ふるふる、と軽く首を振って、俺は小さな声でやっと絞り出した。

「…ただただ、待ち合わせが、したい」

「待ち合わせ?」

繰り返されると恥ずかしいので、ひとつだけ頷く。目を丸くしたキバナが一瞬の間の後にぷっと吹き出して、頬を染めて笑った。俺の考えていることなんてきっとおみとおしなんだろう。

「うん、いいかもな、それ」

かくして俺たちは、数年ぶりに待ち合わせをしてからデートをする運びとなったのだった。言ってみるもんだ。

朝、わざわざ別の道を調べてどっちがどういったルートで行くかを打ち合わせる。この時点でふつうの待ち合わせではないが、スタートが同じなんだから仕方がないだろう。準備を済ませて、お互いに行く道を指差した。

「じゃ、おれさまはこっち」

「うん、後でな」

暫しの別れを告げて反対方向に向かって歩き出す。俺は人通りの多い道を、キバナは裏通りを通って集合場所に向かうことになった。キバナは変装していても時たま顔をさされることがあるから適材適所、とは少し違うか。角を曲がって、キバナの背中が見えなくなる。ということは、俺の背中もキバナからは見えなくなるということだ。

「…っし」

このために、一番履き慣れた革靴を選んだ。一度屈伸運動をして俺はジョギング程度の速さで走り出す。折角の待ち合わせだ。サプライズの一つもないと味気ないだろう。そしてそのために俺は表通りを選んだと言っても過言ではない。ロトムに表示してもらった地図を見ながら目指すのは、滅多に行く機会のない花屋だ。

「名付けて、待ち合わせでトキメキ大作戦with薔薇の花束!」

「ケテケテ〜!」

ドンドンパフパフ、とロトムスマホからサンプリングされたフリー音声と、ロトムの賑やかしの鳴き声が発せられる。本当にこいつは良いやつだ。俺に似てノリがいいし、俺に似てロマンチスト。最高の相棒かな?

「フラワーショップはこっちロト!」

「オッケー任せて!」

キバナのことだ。足が長いから多分俺より早く着く。なんて根拠もないことを考えながら花屋に走る。寄り道をするなら極力移動時間は減らさなくてはなるまい。一応ルートの途中に花屋があるものの流石に包んでもらう時間とかあるし。

「いらっしゃい!」

「薔薇の、花束を」

くだしあ。言葉尻がゼエゼエと荒ぶる息に邪魔をされた。運動不足がたたっているというか祟られている俺を見た花屋のおばちゃんがちょっと引いてる気配がしたが、そこは商売人。すぐに笑顔を取り戻して俺に尋ねてきた。

「おや、いいねぇ!何本にするんだい?」

「なんか、いい感じに…」

「ええ?ダメダメそんなんじゃ!」

「えっ?」

絶句したおばちゃんの言葉に無理やり呼吸を整えて「な、なんで」と尋ねる。おばちゃんは手早くラッピング用のリボンや包装紙を引っ張ってきながら「ロトム!」と俺のロトムに声を掛けた。

「薔薇の花束、本数で検索だよ!」

「ハイロト〜!」

「お前俺のロトムじゃなかったっけ」

ちょっぴり相棒が取られたような気分になりながら、俺の前に飛んできたロトムの画面を覗き込む。そこには勿論検索結果が表示されており、俺は押し黙った。さっぱり知らなかった、一切。贈り物の薔薇の花束の本数に意味があるなんて。口元に手を当てて悩んでいると、ロトムが画面をスクロールする。これは時間が掛かりそうだ、と思ったが、答えは案外直ぐ下に書いてあった。

「ここはもちろん、真っ赤なの十一本で!」

「あいよ!!気張りなお兄ちゃん!」

にっとおばちゃんが歯を見せて笑う。あぁ多分プロポーズだとか思われてるんだろうなぁ、なんて思いながら微妙な顔で笑って見せると、ロトムが横でケテケテと笑った。やっぱ相棒である。





声を掛ける前に、キバナが俺に気が付いてこちらを振り向いた。走ったけれどやはりキバナのほうが早かったらしく、俺は自分のリサーチ不足を呪うしかない。ぜえ、と肩で息をしてキバナのすぐ前に駆け寄る。集合場所はナックルシティ駅前。赤い煉瓦の壁の前で待っていたキバナの顔の前に、俺は薔薇の花束を突き付けた。

「ご、ごめん、待った…?」

何ともかっこ悪いが、仕方がないだろう。真っ赤な薔薇の花束の上から青い垂れ目がぱちぱちと瞬いた。それがにま、と緩く笑って、俺の差し出した花束をそっと大きな手で受け取る。ちょっと横にずらされた花束の奥でキバナがふふ、と笑った。

「いーや、おれさまも今来たとこ」

少しばかり恥ずかしそうにテンプレートの台詞を言ったキバナにきゅん、と胸が高鳴ってどこかしらが擽ったくなる。これだよこれ、と大きな声を出したくなるのをぐっと堪えて、俺は拳だけぐっと握ってときめきを噛み締めた。

「〜っ、ありがと…待ち合わせさいこ…、うわ!?」

最高。代わりにここで言っておく。俺の口から出るはずだった「最高」は、キバナが差し出した薔薇の花束にかき消された。「え」と顔を上げると、俺が渡した薔薇の花束の香りを楽しんでいるキバナ。俺の顔の前にも薔薇の花束。薔薇の花束が二つ。したり顔の恋人が、眉を下げて笑った。

「考えることは一緒だな、ハニー」

「え…えぇ…ほんとだぁ…すごい…」

俺はシャツの胸元をぎゅっと握り締めて薔薇の花束を受け取った。大輪の赤い薔薇、数えると十一本。俺とキバナはどうやら同じ気持ちらしい。手を繋いで、空いた方の手にそれぞれお互いの花束を持って。俺達が傍からどう見えるかを想像したのか、キバナが可笑しそうに薔薇で顔を隠す。分かる俺も想像したもん。

「ふ、ふふ、どうするよこんなに、一回帰るか?」

「あー…うん、賛成…」

まさかデートの初っ端からこんな両手が塞がってしまう事態になるとは誰も想像しないだろう。結局一緒に帰って、結局また一緒に家を出る事になりそうだ。いつもと同じ流れにはなりそうだが、けれどいつも同じデートにはならない。俺たちはくすくすと笑いながら集合場所を後にした。何はともあれ、待ち合わせは最高である。

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