脳内辞典



【薄暗い】
3



締め切ったカーテンが、ぼんやりと光を遮っている。珍しい。この船が浮上しているだなんて。外を覗こうとその薄い布に手を伸ばして、しゃ、と片側に寄せると、丁度背後でガチャリと鍵の開く音がした。続いてノックもなしにドアが開けられて、革靴が部屋の中に入ってくる音がする。

「よォ、生きてたか、ナマエ」

振り返らずとも分かる声の主を、横目で窺う。この部屋の鍵を持っているのはこのトラファルガー・ローただ一人で、わざわざ訪ねてくるのもこいつ一人だ。この部屋に二つだけある家具うちの一つ、ベッドの上に毛布一枚だけ纏った格好で座っていたおれは、片膝を立ててそこに頭を乗せた。

「よく言う」

皮肉めいた笑みを向けると、トラファルガーが後ろ手に部屋の鍵を締めた。外からも中からも、奴の持っている鍵を使わないと開かない面倒な作りの鍵は、人間を監禁するには適している。足首につけられた鉄の足枷。それにおれの薬指、トラファルガーの能力で一度分断されたそこには、小さな円盤型の海楼石が挟み込まれている。傍から見ると石造りの指輪に見えるそれは、オペオペの実なしでは取り出せない、おれを役立たずに貶めてしまう憎たらしい拘束具だった。

「新しい本だ」

とん、と、猫足の丸テーブルに本が二冊置かれる。毎日この部屋を訪ねてくるこいつがたまに置いていく、たった一つの娯楽だ。暇で暇で仕方がない時はそれに目を通す。一体このポーラータングとかいう潜水艦にはどれだけの本が乗っているのか、この部屋から出られないおれに知るすべは無い。

「ここはどの辺りだ」

「さァな」

はぐらかされるのは分かっていた。けれど、聞かずにはいられない。どうせ外は一面広がる真っ青な空と海だ。こいつから具体的な答えを貰わないと、この船がどこを進んでいるかなんて見当もつかないからだ。

「ドレスローザの近くか」

トラファルガーの顔を、ほとんど睨みつけるようにして訊く。ふん、と鼻で笑ったトラファルガーが、腕を組んでとん、と壁に肩を預けた。

「戻りてェのか」

「そう思うのは、可笑しい事か」

奴の表情が、不意に険しくなり、ち、と舌打ちをされる。どう考えても舌打ちをしたいのはこちらだろう。カツカツ音を立てて距離を詰めてくるトラファルガーの片膝がベッドのスプリングを軋ませる。それをただ見つめ返していると、しゃ、とトラファルガーの指先が丸窓のカーテンを閉め、差し込んでいた光が、また遮られる。それから奴の長い左腕がおれの首にするりと回った。

「上手に強請れば、考えてやってもいい」

右手はする、とおれの頬を撫でる。避けようと反り返るようにトラファルガーから距離を取ると、ぐ、とそいつがおれの身体に体重を掛ける。ち、と舌打ちをしながらその腰を引き寄せるように両腕を回して支えた。

「うるせぇ、ぶっ殺すぞ」

「素直に愛してると言えよ」

くく、とおかしそうにトラファルガーが笑う。おれなんて人質にしたところでドンキホーテファミリーの損失にはならない。おれの代わりなどあそこにはいくらでもいる。何度もそう言っているのに、このわからず屋め。そんなおれの悪態を喰らうようにトラファルガーが唇に噛み付いてきた。







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