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誘っているように見えたので、つい。
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「…あ、あづい…」

「あァ、お前白熊だもんな、もう少しで夏島気候抜けるんだろ?」

「うん…そうだよ…」

だるん、とオレンジのツナギを着崩した白熊が、半分溶けたバニラアイスのようにテーブルに突っ伏している。ミンク族といえど白熊は常識的に北極にいるものだろうし、その毛の色も雪に溶け込むためのものなのだろうにこんな夏島付近の気候に放り込むのは多少気の毒だとも思う。おれはくすり、と笑ってこの船のマスコットキャラクター兼航海士にガラスの器と小さなスプーンを差し出した。

「ほら、しろくまアイス」

「わっ!お、おれの顔!」

すごい!と突っ伏していた白熊、ベポがチョコソースで書かれた自分そっくりな顔に声を上げて身体を起こした。雪だるまのように二つ重ねたアイスに更に耳の形をつくって、爽やかな剥き身のオレンジをツナギに見立てて使ったキャラ弁ならぬキャラアイスだ。

「すごいやナマエ!さすがコック!」

「おいおい、褒めても何も出ないぜ?」

そういった割に自分用にと剥いたはずのオレンジを一切れ器に放り込んでやればベポから歓声が上がった。誰がチョロいって?船ではコックを味方につけておくに限るというのをこの熊は本能的に理解しているようだ。今のはあくまでサービスで、褒められたからと言って丸め込まれた訳ではない。第一そんな事をしてやると真っ先に食料を集ってくる輩がいるからこの熊以外には毎度毎度乗ってやる事はできないのだ。例えば。

「あー!ベポずりー!」

このキャスケット帽子野郎、とか。おれは食堂に飛び込んで来たシャチを一瞥して皮から剥がれたオレンジを一切れ口の中に放り込んだ。

「お前の分は無いぜ」

「いや流石にこのベポアイスはおれが食う物としては可愛すぎね?」

「海の王者シャチ型アイスでも作ってやろうか?」

「お、良いかも」

「誰が作るかバーカ」

作ってやろうかって言ったじゃん!シャチがきゃんきゃん吠えるが知ったこっちゃない。大体丸が集まった熊の形ならなんとかなるものの夏気候にシャチ型ってどうなってるんだ。冬ならともかく溶けるぞ。出来ないこともないけど。さんざん騒いで熱くなったのかシャチはあちー、とツナギの前を開けながらおれの隣横向きに座った。ベポの正面の席だが、おれに身体だけ向いている格好だ。

「や、でもそれかわいいな、お前そっくりじゃん」

「そうだね!食べるのがもったいないくらい」

「食わねーと溶けて顔が酷いことになるぞ」

「いただきまーす!」

素直な白熊は嫌いじゃない。ふ、と笑ってベポがアイスを頬張る様子を見ていた。それをうまそー、とか言いながら見ているシャチにもなにか出してやるべきだろうか、そう思ってオレンジと果物ナイフを手に取った。シャチはベポの方に顔だけ向けて頬杖を付いている。今日のインナーは黒のタンクトップらしい。

「しかしこう暑かったら毎日風呂入らねぇと厳しいよな、うちには人間より鼻がいいやつがいるし」

「しょうがねーだろ、ってか普通に人間からしても毎日入らないと臭ぇわ」

「人として臭いと汚いが一番傷つくよな」

「キモいより気持ち悪いが心に来る原理な」

「あ、それわかる、一回女の子にゴミを見るような目で気持ち悪いって言われておれ死のうかと思った」

「お前それめっちゃ面白いけど今笑う気力無いわ」

なんだそれ、お前どんな誘い方したの、とシャチに聞けば二度目ましての女の子にバラの花束持参で会いに行ったらしい。それは引くわ。船長みたいなイケメンがやってもえっ?ってなるしフツメンがやったら引かれるわ。いつもなら爆笑こいてテーブルでもバンバン叩いている頃だけれど茹だるような暑さのせいでそんな行動を起こす気にもなれずにはは、とオレンジの皮を剥きながら笑うに留まった。

「ほれ、おまえの」

「おー、サンキュ、やっぱお前気が利くわ」

「お前には褒められてもマジで何も出さねぇ」

「なんだそれ」

ひでぇの、とぶすくれたシャチはツナギの上半身部分をはだけさせて腕も袖から抜いてタンクトップだけになった。腰辺りで袖を結んで涼し気な格好になる。それからいただきまーす、と手を合わせて食べやすくなったオレンジに向き直った。ベポが空になった器とスプーンを持って立ち上がる。

「ごちそうさまー!じゃあおれ航路の見直しあるから!」

「薄情な熊だな、お粗末さん」

「じゃあな!」

ひらひら、と二人で手を降ればベポは食堂を後にした。もしゃもしゃ、とシャチとおれがオレンジを咀嚼する音が響く。

「ん、でもおれさ、ほんとにナマエは気が利くと思うぜ」

「何だいきなり」

突然おれの事を褒め始めたシャチに目を丸くする。シャチはオレンジを食べながらご機嫌なのか声を弾ませながら続けた。

「気が利くってか気が付く?キャプテンのスキキライとか聞かないでも分かってたし」

「あんな分かりやすければな」

「作る飯はうめぇし」

「コックだしな」

なんだよ少しは卑屈にならないで聞けよ!とまた不満気に文句をたれるシャチに思わず苦笑して両手を上げた。こいつが手放しに思ったことを口走るのは今に始まったことではないが、今日の場合はなんだか珍しい気もする。暑さで頭でもやられてしまったのだろうか。やれやれ、と溜め息を吐いてもシャチは気にした様子もなくオレンジに噛み付いた。

ってかお前、オレンジ両手で持って頬杖って、女子かよ。

「そのくせ割とつえーし、顔も悪くねぇじゃん」

「あ?イケメンと言えイケメン」

「はいはい、かっこいいよお前」

「そりゃどーも」

「絶対思ってねーな!」

きいっ、と歯を剥き出しにして威嚇するように声を荒げたシャチを鼻で笑う。シャチがいる方とは反対の肘をテーブルについて、上を向いてオレンジを口に放り込んだ。それからシャチを挑発するように頬杖をついてびし、と人差し指を向ける。

「んじゃもっと褒めてごらんよシャチくん」

「おうおうお任せくださいナマエくん!えっとな、お前はまず優しいだろ、んで器用だし、私服のセンスもあるわ!あと女の子の扱いがうまいだろー?」

シャチが片手でおれの長所を指折り数えていく。本当は照れくさいからもうやめろと言いたい所だが自分で吹っかけたんだからそれは無しだ。心なしか楽しそうな横顔に肩をすくめてオレンジをもう一切れ摘もうとして、シャチのもう片方の腕に目が行った。

上半身はツナギを纏っていないから晒された腕。いつも出していないからだが、そこは意外と日焼けをしておらず肌が白い。へぇ意外だなこいつはどこの出身だっけかと考えて北の海だと思い当たる。オレンジの実を摘む手前側の腕は戦闘員だけあって引き締まっている。反対の手はまだ忙しくおれの長所を数えているようだが耳に入らない。弾む声がどこか遠くに聞こえる。

「あとは飯のリクエスト聞いてくれるとこ!知らない料理でも説明すりゃ作ってくれるだろ?」

その晒された白い腕にオレンジの汁が、つう、と一筋伝った。

「あと、…は?」

我に返ったおれは、自分がシャチの腕を掴んでオレンジの汁を舐め取った事に、遅れて気が付いた。

「………」

「……え、」

女のそれとは違うけれど細い腕だ。おれは割と筋肉がつきやすい方なのだがシャチはしなやかという言葉が合う。ただどうして自分がこんな行動を取ったのか分からずに腕を掴んだまま加害者ながら首を傾げると、シャチの顔にじわ、と血液が集まったのが分かった。心なしか、掴んだ腕が震えているような気もする。

「……わり」

突然腕に舌を這わされたら誰だって驚くだろう。普通なら人間が傷付く「気持ち悪い」なんて言葉を浴びせられてもおかしくない。ただ、今のシャチの真っ赤な顔とおれを楽しそうに褒めちぎっていた顔、それが頭を過って思わずにやりと笑って、おれは言い訳を口にしたのだった。




誘っているように見えたので、つい。



TITLE BY 「確かに恋だった」








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