運命に唾を吐け!
神様の国で生まれた

皆さんは「前世」というものを信じるだろうか。いや、これは宗教勧誘などではないのでそこはご理解頂こう。

おれが知っている限り前世占いというのは割とメジャーだった気もする。テレビで昔の偉人の生まれ変わりだと言う人もいるし、占い師に見てもらったら前世がエアコンだったとかいう話も聞く。その話を聞いた時には「機械に自我があるのか」なんてことを考えたりもした。人間が今生で悪いことをしたら次は虫に生まれ変わるだとかそんなことも聞いたことがあるような、ないような。

おれが前世占いだとか、輪廻転生だとか、そんなものを信じているかと聞かれたらどっちでもいいと答える。それか興味がないと答える。まぁ暇つぶし程度に携帯で質問に答えて「前世フランスの農民だったわ〜」「ナツキが農民とかないわ絶対続かね〜」とかは学生時代やった記憶がある。それはもちろん暇つぶしの粋を出ないしあわよくば話題作りにも良いかな、程度のものだった。

ちなみにさっきさらっと出たが、おれはアイザワナツキという。以後お見知りおきを。

ただ、今まさに名乗ったこのアイザワナツキという名前は、恐らくこれから殆ど、一切と言ってもいい程使う事のない単語になってしまった。それはなぜか。

「死ねェ!ドンキホーテ・ドフラミンゴォ!」

それは、おれがもうアイザワという苗字でもナツキという名前でもないからだ。残念ながら。

後ろから掛けられた声と振るわれる武器にひょい、と飛び上がって糸で作った足場に乗れば、ちょうど縄跳びの縄を飛ぶようにタイミングよく剣に当たらずに避けることが出来た。ふわ、と糸に着地すれば、間抜けな敵はおれを見上げてまた獲物を構え直している所だった。そいつに向かって能力を発動させて厳重に捕縛する。手足だけでなく胴も服の布地すら見えないほど糸でぐるぐる巻きにした。幾重にも重なった糸が固くて恐らく身動きも取れないだろう。

「グラディウス」

「尋問します」

名前を呼んだだけで敏い彼は男をひょいと担いで撤収してしまう。用件を言わずとも殆ど正確に働くグラディウスはおれをとても尊敬してくれている、らしい。その背中を見送って、思わず苦笑する。

おれは、ドンキホーテ・ドフラミンゴに生まれ変わった。

名前、身長体重、顔、血筋、全てが昔…端的に言うと前世とは異なる。おれはあの漫画のONE PIECEに出てくる冷徹非道な悪役、ドフラミンゴに「なった」。ドフラミンゴが座る筈だった椅子に座ることになった。生まれながらにしての神、神からの転落、そうして絶対悪への転身。全てがドンキホーテ・ドフラミンゴが歩む筈だった未来。

そうして恐ろしい事に、そのドフラミンゴが歩んできた過去、つまり「原作」には絶対的な引力のようなものが存在する。

例えばマリージョアからの転落。おれは父親を止めた。今まで無邪気に子供として生きてきたおれはそれを全てかなぐり捨てて、息子でなく一人の人間として父に意見しここから出るべきではないと告げた。道を通れば這い蹲らねばならない。奴隷を寄越せと言われれば女子供でも差し出すしかない。政府の金で奴隷を買いものを食い贅沢を極める。自分達以外の人間を下々と称する。そんなことを仕出かしてきた自分達天竜人が突然目の前に何の後ろ盾もなく現れたら人間はどうするか。

「大丈夫だ、ドフィ、だって私達も最初から人間なのだから」

そう言ってうつくしく笑う父は、恐らく本当の人間を知らなかった。この人は天竜人でも珍しくこの隔離された空間で真っ直ぐに育った木のような人だった。芽も生やすことが出来ずに土の中で腐っているような他の天竜人とはちがう。ただその木も、温室の外に出してしまえばどうなる事だろうか。

「父上、父上は何も分かっていないえ、ロシーだって母上だってとても繊細なんだえ、もし何かあったら…」

「何もないさ、家族四人で慎ましく暮らして行ったらきっと、すぐ」

あとは、堂々巡りだった。もう何を意見してもそれはおれの我儘に過ぎなかった。

例えば、天竜人だと人間に知られてしまったこと。あれはおれも「下々民が跪かない」なんて言いふらしていないから、うまく行くと思っていた。原作では確かドフラミンゴの言葉遣いと態度が傲慢な天竜人だと印象付けてしまった筈だから、おれは言葉遣いを直し努めて普通の子供として振る舞った。しかし、それでも運命は収束する。

恐らく政府の人間が地元の人間を買収し、おれ達一家が天竜人だという噂を広めたのだ。それ程にドンキホーテ家という天竜人一家は政府、果ては他の天竜人にとって邪魔で目障りな存在だったのだろう。おれ達の屋敷に火が放たれるのは時間の問題だった。

例えば、母の死。これはおれがどれだけ必死に看病したか計り知れない。父は嘆き続け小さい弟は自分が生きるのに精一杯で、母を支えられるのはもうおれだけだった。街で薬を盗み、食糧をくすねた。母に食べさせるものはできるだけ綺麗なもので、おれはゴミ箱を漁って食い繋いだ。美しく優しい母が心まで病まないようにと「親切な街の人から貰った」なんて傷だらけで嘘を吐いた。それでも母はいつしかありがとうと泣きながら息絶えた。おれは何も出来なかった。

父の死も、酷いものだった。あればかりは原作とは異なっていたが結局は同じ結果に終わったのだからもう逃れようがない運命だったのだろうと納得せざるを得ない。あれは長くなりそうなので別の機会に取り上げることにしようと思う。あまり良い記憶でもないし。

「吐きました、思った通りです」

「フフフッ、そうか」

グラディウスが先ほど連れて行った男をおれの前に投げ出した。捕縛した糸こそ切れて無くなっていたいたものの、意識を失った男は片腕の肘から先が無くなっている。焼き切れて血も出ていないそこをみてやはりこいつの能力は尋問向きではないなと悟った。

おれは今、抗いに抗ったドンキホーテ・ドフラミンゴのストーリーの上で生きている。それからはもう逃れられないし、逃れる気も失せた。だからもうこの人生を謳歌することにしている。割り切れないがそう思っていれば幾分か気も楽だ。いつか壊れていくこのファミリーを、その日まで守れていけたらそれでいい。

こうしておれは、ドンキホーテ・ドフラミンゴに成り代わったのだ。








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