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朝、流石に毎日握り飯だと飽きるかと思ってパンを持っていったら、ローがベッドから降りなくなった。布団の隙間からぎらぎらと、殺意すら垣間見える視線がおれの手元に突き刺さる。まるで懐かない猫を相手にしているようだ。思わず溜め息を吐いて、パンの乗った皿をテーブルの上に置いて、声を掛ける。

「お前、パンが嫌いなのか」

「…きらい、だ」

「そうか」

そんなところもロシナンテと似ている。これはおれが嫌われているんだかパンが嫌われているんだか分からないな。少し考えて、なら今日はただの白飯とおかずで良いか、ともう一度部屋を出て取りに行こうとする。と、その時、ぷるるる、とおれの机に設置されている電伝虫が鳴いた。一瞬戸惑って、それから急ぎの用事だったらいけない、と受話器を持ち上げた。

「はい、こちらパサモンテです」

「ヒネス、ワシだ」

馴染み深い声。しかし電話とは珍しい、とおれは少し首を傾げた。

「センゴクさん」

相手の名前を呼べば、心なしか布団の中のローの体がピクリと動いた気がした。それを横目に、どうしたんですか、と電話の要件を促す。センゴクさんの深みのある声が、端的に報告だけをした。

「ロシナンテが、死んだ」

一瞬、部屋の中が沈黙に支配される。そうだ、センゴクさんはロシナンテの親代わりで、このタイミングであの人からくる連絡なんて考えるまでもなかった。ただ、ロシナンテの死体を見たわけではないが目の前でビブルカードが燃え尽きる様子を見たからおれは知っていただけだ。

「……」

困った事になった。ちらり、とローを見遣る。

この子は海軍が押収するはずだったオペオペの実の能力を手にしている。それはロシナンテがドンキホーテファミリーを、そして海軍をも裏切ったという証拠に他ならない。単純に考えて、あのミニオン島から消えたものは三つある。ロシナンテの命、オペオペの実、そして、ロー。布団の中で身を固くした子供は、どこか怯えたような目でこちらの様子をうかがっている。

この子をおれが保護したということが、ばれてはいけない。守らなくては、ロシナンテの最後の意志を。

「…何故、でしょうか」

理由なんてとうに知っている。それどころか聞きたくない。憶測だけれど、ドンキホーテ・ドフラミンゴに殺されたのだろう。知っているけれど、見ていないから、見なくていいと思っていた。実際に目の前でロシナンテが死んだ瞬間を見ていないのだから、おれは、向き合わなくていいと。

だって、友達だったから。まるで兄弟みたいで、おれと同じ顔をしているのにあんな底抜けに明るい、優しい男だったから。

「状況から考えて、ドフラミンゴファミリーの誰かに撃たれたらしい」

電伝虫の足元、写真の転送機能のある機材が起動した。

「センゴクさん、何を」

「ロシナンテの電伝虫に、お前に電話をした記録があった」

「…」

「何か、知っているのか、ヒネス」

ういん、と音を立てて、機械から紙が出てくる。白と黒の、写真だ。人が映っている。

「…知りません」

「どんな些細なことでもいい」

その紙を手に取って、思わず唇を噛み締める。どくり、どくりと心臓が忙しなく大きく動く。恐る恐る、その写真に視線を向けて、息を飲んだ。

なんて安らかな顔で、ロシナンテ。

かくり、と膝が折れる。受話器を握ったまま床に膝をついて崩れ落ちた。吐き気がする。本当にロシナンテは死んだのだ。助けられなかった。向かい合いたくなかった現実だったのに。少ししたらあいつから電話が来て「悪い!ドジってローとはぐれた!迎えに来てくれ!」なんて言われるかと、それかまた、「海軍に戻って来たんだ」なんて、ひょっこり顔を出すかな、なんて思っていたのに。

「っ、…おい」

ローが遠慮がちに声を掛けてきたのに、我に返る。殆ど反射的にローの周りに防音性のドームを作る。目を見開いた少年は、何か言いたげにしていたが、やがてゆっくりと口を噤んだ。小さな声だったから、センゴクさんには何も聞こえていないだろう。

「いいえ、何も」

センゴクさんが信用できないという訳ではない。彼ならローの事を打ち明けたって悪いようにしないということくらいわかっている。寧ろセンゴクさんの方がたくさん情報を持っているだろうし、子供の相手も得意かもしれない。

「何も、知りません」

しかし、センゴクさんほどの立場の人間が知ってしまえば、何らかの対処をしなければならない。おれのような、将校とはいえ末端の人間が秘密を抱えているよりも、センゴクさんがローのことを知っていて黙っている事のほうがおおごとなのだ。ロシナンテはそれを考えておれに頼んだわけでは無いだろう。しかし、センゴクさんを巻き込む訳には行かないのだ。

「…そうか」

また連絡するかもしれん。センゴクさんとの通信は、その言葉を最後に切れた。

ふ、と解除した覚えもないのに、ローの周りの防音壁が消える。床に這いつくばっているおれに、戸惑いがちなローの声が掛けられた。

「…だいじょうぶ、か」

「…あぁ、すまない、取り乱した」

ゆっくりと、身体に無理がないように立ち上がる。ロシナンテの写真を机の上に置こうと手を伸ばして、それからやはり机の引き出しの中に入れる。ふとローの方を見ると、また何かを言いたげにこちらを見ていたので、諭すように言った。

「飯にしよう」







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