Sweet SweetS!




リラックス

「ふうん、空をねぇ」

ズズ、とベルベットはレースをあしらったデザインのティーカップから紅茶を啜り、サンジと名乗った男の話に頷いた。怪しい物じゃねえ悪かったつい、と必死に弁明した彼をベルベットは見たことがなかったし、自分が作ったスイーツドレスを着ている訳でもなかったのでそっと地面に下ろしたのだ。相棒とも言えるメジャーで縛り上げた感じで言うととても軽い印象だったので久しぶりにお目にかかる女子かと思ったのだが人生そう甘くなかった。

「あァ、バーソロミューくまって野郎に能力でだいぶ長い時間飛ばされて、気付いたら海岸に転がってた」

バーソロミューくま、その名にはもちろん聞き覚えがある。何を隠そう今をときめく七武海様ではないか。この島にいて世間を気にせず店を営んでもそんなに世間知らずになる訳でもない。しかし、とベルベットは真面目な顔で顎に手を当てた。

「よりによって海岸か、あの辺はメリッサやバーバラがよく遊んでっかんなあ」

「どれがメリッサでどれがバーバラだよ」

「プリーツスカートがチェリー・ピンクなのがメリッサでコーラル・ピンクなのがバーバラ」

「分かるかァ!!」

ガタッ、と椅子から立ち上がったサンジをどうどう、と宥めて、空いたティーカップにセイロンティーを注いだ。ドレスの色云々はよしとする。何しろ男にはぱっと見で判別できる色が少ないらしい。

「とりあえずなんだ、今までの話を纏めるとお前は麦わら海賊団っていう海賊のコックのサンジで、色々とやらかしてシャボンディからくまの能力で飛ばされて来て仲間はバラバラ、って事か」

概ね合っていることを確認してサンジは頷いた。とにかく今この場所の情報を知りたい彼に、ベルベットは少し思案するように言った。

「ここは、モモイロ島、カマバッカ王国」

この島には植物も動物も、人間さえも性別を超越した者達、つまりニューカマー、歯に絹着せずに言えばオカマしかいない。そしてこの島の所在地はカームベルトのど真ん中、風も波もないこの地域は海王類の巣窟であるから帆船でもいかだでも、今すぐ帰ろうとするのは無理だろう、という事。とりあえずその二つをサンジに教えてやれば、じわじわと蒼白に近付いた顔から「地獄だ…」という音が漏れた。

「いや、地獄ってほどじゃねえぞ、気候も安定してるし作物も」

「そうじゃねえよ!よりによってなんでカマしかいない島なんだよ!レディが存在しないだけでこの島はこの世の地獄だろ!」

「ああ、そういう」

なるほど、とベルベットはなんとなくサンジを観察した。細身によく似合うスーツに、なるほど甘いマスク、前髪で隠れたミステリアスな片目、くるりと巻いた眉にはどんな意味があるのだろう、トータルで清潔感のあるイケメンなお兄さん、と言った感じだ。あとこれでレディレディ喚かなければ及第点、ではないだろうか。黙っていればちやほやされるタイプであろう。

「じゃあ早いところここから出なきゃお前死ぬな」

ぽり、と茶菓子のクッキーを咀嚼しながらサンジについて思ったとおり口にする。その黄色い頭がかくん、と俯いて深々と溜め息をついた。女好きと言うのならこの島はなるほど地獄に見えるだろう。

「もう既に死にそうだぜ…あぁ、ナミすあん、ロビンちゅあん…」

「えっなにその呼び方キモ」

「るせえ!大体この国の生き物は全部カマなんじゃねえのかよ!じゃお前はなんだ!」

初めて自分について尋ねられ、ベルベットは一瞬ぱちりと瞬きしたが、うーんと一瞬考えあぐねてから口を開く。まあ確かに自分は例外と言える。

「おれは仕立屋、一番好きなのはドレスだけどコートスーツティーシャツパンツブラジャー、何でも作る正真正銘心も体も男、因みに好きなタイプはメイクの薄い清楚系だがちょっと派手目な女豹に甲斐甲斐しく世話焼かれるのも好きだ」

「素晴らしい仕事だな」

「そう言ってもらえて嬉しいよ」

まあ考えるまでもなく後半部分がサンジの熱い共感を得たらしく、二人は固い握手を交わすことになる。男同士の友情が生まれた瞬間だった、かもしれない。

「まあ、とりあえず今日はここに泊まれよ、さすがにふっ飛ばされてきたばっかりで野宿はきついだろ」

「あぁ、わりいな」

サンジはベルベットに、次の日は少し散策をしてみるという旨を伝えた。懸命な判断だな、とは思ったが賢明な判断ではないな、とベルベットは胸中で呟き、サンジに風呂をすすめてやったのだった。

カマバッカ王国の散策。そのフレーズにはいい思い出がない。ベルベットは背筋の凍るような思いがして、ぶる、と一回身震いしてから温くなったセイロンティーを煽った。もちろんベルベットのこの時の予感は当たることになるのだが、そのことはまだ、誰も知らない。




とりあえずリラックス





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