メシア
なんなんだ、この島は。おれは一見恋人と浜辺での追いかけっ子を楽しんでいるようにスカートを翻して追いかけてくる生き物達から全力で逃げていた。
どこだ、じゃない。どこの海だ、でもない。とりあえず。
「ン何なんだこの島はぁぁぁぁああ!!!」
とりあえず振り返っておくと、シャボンディー諸島に辿り着いて新世界に進もうとしていた俺達の前に現れた海軍、そして七武海のバーソロミューくまにコテンパンにやられた俺達は、どうやらヤツの二キュ二キュの実の能力で散り散りになってしまった。回想終わり。
「この島に来たってことはぁ、君もそうなんでしょぉーう?」
後ろから野太い猫なで声が飛んでくる。こんなおぞましい声には猫だって撫でられてくれないだろう。気持ち悪いとかの感情を通り越して怖い。恐怖と身の危険を感じる。むしろ命の危険すら感じる。
「私達と一緒にぃー、新しい扉を開きましょうよぉーう!」
「誰が開くかンな地獄の釜の蓋!!!」
「もぉーう!恥ずかしがらないでよぉーう!」
「恥ずかしいとかいう次元じゃねぇぇぇえええ!!!」
何なのこいつら、こんなんだったらジャングルみたいなうっそうとした無人島に漂着したほうがマシだった。そしたら木の実とか動物をとって一人で料理もできるし狩りも良い運動になるし修行も出来るし一石三鳥だったのに。バーソロミューくまの野郎はおれを何だと思っていやがったのか。次会ったら殺意だけで殺せそうだ。
ちらり、と後ろを振り返る。そして後悔した。やっぱりこれなら猛獣に追いかけられていたほうがマシだった。
「ねーぇー!逃げないでよぉーう!」
「ワタシ達と一緒に行きましょうよーぉ!」
「クソッ…このままじゃ埒が明かねぇ…!」
ギリ、と歯噛みして打開策を探す。どこか逃げこむ場所はないものか、と死物狂いで見回す。すると、あった。
「ベルベット、ズ、ブティック…?」
動物も植物もカマっぽい見た目のこの島にあるにしては普通の佇まいである。渋めの濃茶を基本としているシックなデザインの建物が、真ん中に硝子張りのショーケースを抱えている。その中には息を呑むほどに細かいレースやフリルをあしらったドレスを着たマネキンが、その裾を両手でつまみ上げて膝を曲げ、上品にお辞儀をしていた。
クローズド、と筆記体で綴られた札がドアに掛けられている。今この店はやっていないらしい。
と、そこまで事細かに観察していたら、後ろの新人類から焦ったような声が掛かった。
「あっ、ダメよアナタ!そこは今…!」
今までとは違う様子についちらりと後ろを見れば、カマ達はこの建物に俺を近づけさせまいと加速していた。迫力のある顔が距離を詰めてくる。
「追いかけられたら逃げるしかねぇだろうがぁぁあ!!!」
背に腹は代えられない。思わず出た引きつった叫び声を響かせながら、おれはそのブティックに全力で突っ込んでいった。
突然現れたメシア
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