企画


年下の親友、サボが新聞を読んで突然暴れ出したと聞いたのは、独裁主義の帝国に内乱の種を蒔いて引っ掻き回して丸く収めて帰った時だった。おれのやり方は革命軍内でも苛烈と言われて賛否両論もあるが、今回は国民の不満がピークまで高まっていた所を少し扇動しただけだ。今回はそのあたりは見逃してもらおう。それより、だ。

「よう、おかえり、名前」

「あ、あぁ…」

この男は誰だ。そう問いたくなるほど、ベッドに寝て上半身だけ起こしているサボは憔悴しているように見えた。毎回任務が終わってドラゴンさんへの報告が終わり次第サボに会いに行くのだが、今回はどこかいつもと雰囲気が違う。顔色も良くないし、どことなくやつれたような、それに。

それに、その眼の奥に宿る、蠢くような黒さは。

ぞ、と背筋に嫌な悪寒が走る。そうして見ると膝まで掛けられたブランケットも電気のついていないこの部屋も、サボの手に握られているくしゃくしゃの新聞も異様な雰囲気をまとっているように見えるから不思議だ。表情も何かが抜け落ちたように不自然に穏やかだった。別におかしいところなんてないのに、嫌な胸騒ぎがする。

「おまえ、どうしたの」

相手の話を聞くのにありきたりな言葉を口走ってから、射竦めるように見つめられて思わず口を閉じる。違うのだ、サボにおれを威圧する気などないのだが、いつもと違う雰囲気におれが怯んでいるだけだ。サボは新聞を差し出してきて、薄っすらと口角を上げた。

「兄弟が死んだ」

「…は」

言葉を失った。サボの口から兄弟という言葉を聞いたのは初めてだ。いや、初めてではないのだがそれは「おれって、兄弟とかいたのかなあ」とか「兄弟って、いたらどんな感じだろう」とかいうもので、明確に誰かを指し示す言葉ではなかったはずだ。何よりサボには、ドラゴンさんに助けられる以前の記憶が。

「…記憶が、戻ったのか」

「……まあ、な」

尋ねた訳ではない。確認するように呟けばサボは曖昧な笑顔を浮かべて一つ頷いた。差し出された新聞を受け取って一面を開く。そこには知らぬ者はいない世紀の大戦争、頂上戦争の話題が出ていた。

「ポートガス・D・エース、死す…って事はサボ、お前も…」

「いや、おれは海賊王の息子じゃねぇんだ、義兄弟だし、おれの生まれは貴族」

「ハァ!?マジかよ!ボンボンじゃん!」

「それはもういいんだ、家は捨てた」

「そ…、そうか」

食い気味にそう返して来たサボの表情は、さっきと変わらない薄い笑みだ。しかしその内側に凶暴性の垣間見える何かが隠れているようで落ち着かない。サボはおれと同じく戦うのが好きな所もあるが、今の目はなにか違う。不安を煽られる目に見つめられて、おれは足掻くように話題を探した。

「あー…、でもお前さ、おれがついてるって!ほら、おれだって家族全員戦争で死んじまってるし!だから、さ…」

気持ちが分かるよ、なんて口が裂けても言えなかった。らしくもなく人を励まそうなんて思ったのが間違いだったらしい。家族とも思える人間を死んでから思い出したなんて、おれには計り知れない精神的苦痛だろう。

「…おれに出来ることなら協力するし、良かったらいつでも相談乗るぜ…まだ思い出せてない記憶とかあんなら手がかりでも何でも一緒に探してやるよ…」

肩を落として眉間にシワを寄せながらそう続けるのが精一杯だった。サボは真ん丸の目を更に丸くして驚いている様子だった。どうしたと言うのだろう。そんな予想だにしなかった反応に首を傾げるが、次の瞬間、サボが恍惚と笑んでおれの腕をがしりと掴んだ。

「いま、名前に出来る事ならしてくれるって言ったよな!」

「え、あ、あぁ…言ったな」

その言葉を待っていた、とでも言うようにサボが満面の笑みを浮かべた。この笑顔は昔友達になろうぜ、と言った時だったり、勘で作った誕生日を祝ってやったりした時、買い物に行こうと誘った時に見る最高の笑みだ。しかし、す、と細く目を開いておれを射止めたその目にいつもどおりの穏やかさなど欠片も存在していなかった。そしてサボの口が今日の天気でも語るような軽やかさで動いた。

「おれはもう大切なものを一つも失いたくないから、名前を監禁することにした!」

「………は?おま、冗談も程々に…っ!?」

そんな突飛な発言に身構えたおれの腕を掴む手の平に、骨を握り潰さんばかりの力が入った。思わず声にならない悲鳴を上げたがサボの顔は笑顔から動かない。それはそうだ、人間の頭蓋骨程度なら片手で握りつぶせるようになったこいつが、おれの腕をへし折るなんて笑顔でも真顔でも出来るだろう。ギリギリ、骨は健在のようだが。

「冗談なんかじゃないさ、おれは名前のことが好きだから、絶対に無くさないように閉じ込めておくんだ、拘束するために少し時間がいるから、その間気を失っててくれ」

カラン、とサボの反対の手近くで金属音が鳴った。ぎょっとして見るとこいつが記憶をなくす以前から持っていた、今は枕元の棚に置いてあった鉄パイプが手の平に収まった所で、ああ、じゃあそれも記憶を失う前の持ち物なんだな、と場面不相応なことを考えた。

「お前の分の仕事までおれが頑張るから、名前は毎日おれの部屋で生きててくれよな!」

ただ腕を掴まれているだけなのに、くら、と目眩がする。何が起きているのかわからない。分かるのは、サボに戻ってきた記憶と共になにか不味いらしいことが起きていること。おいおい、監禁だなんて、冗談じゃねぇぜ。そう笑ってみせようとしても、喉が引きつってうまく話せなかった。

「…ってか、今お前、おれの事好きって言った?」

「言ったさ、名前がいなくなったらもう、おれは生きていけないんだ」

「………なるほど、的を射ている」

好きとは相手の自由も尊重するものじゃないのか、と言いそうになるが、サボの仄暗い目にそんな言葉をぶつけても無意味な気がして、どこか諦念のようなものを感じながら投げ遣りに答えた。そうして青い顔で眩しいほどに笑うサボの振り上げた鉄パイプが、明かりのない部屋の中で不相応に輝いた。





紺野様、リクエストありがとうございました!




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