企画


屋台の屋根の下、雨に湿った空気と一緒に一人の男性客が滑り込んで来た。その腕に抱えた大きな紙袋からは果物や野菜、パンがはみ出している。しっとりと重くなった前髪を鬱陶しげに掻き揚げて、その男は笑って口を開いた。

「こんにちは」

僕はにっこりと笑って彼の鋭い目を見つめ返す。どう見てもうちの品物を買いに来た様相ではないが、お客さんはお客さんだ。

「いらっしゃいませ、急に降り出しましたね」

真上の空は厚い灰色の雲に覆われてはいるが、少し向こうは青空だ。きっと俄雨だろうと屋台の下から空を見上げる。雨宿りに来たことがばれたと思ったのか、目を丸くした様子の男性は肩を竦めて少しだけばつが悪そうに笑った。

「本当ですね…すみません、少しだけ雨宿りさせてもらっても?」

「もちろんです!」

素直にそう言った男性に二つ返事で了承する。この店に来るのは子供や親子連れ、可愛いものが好きな女性ばかりで、男性が一人で暖簾をくぐる事自体珍しかった。ちらりと彼の様子を見遣ると、袋を被せた品物を眺めていたようだ。

「さかな?」

目を丸くした彼が、そう言いながら首を傾げる。じい、と期待以上に食い付いているらしいその青年に、誇らしい気分になって少し胸を張る。

「金魚です、飴細工の」

「へぇ…じゃあ食べられるんですね…」

やはり表の暖簾は目に入っていなかったらしい。まぁ確かに野菜はともかくパンが濡れてしまうのは頂けないから、目に入った屋台に滑り込んできたのだろう。まじまじと飴細工を眺める彼に、ふと思いついて尋ねた。

「はい!飴で出来てるので…あの、あまり男性のお客様はみえないんですが、どれが一番好みとかってありますか?」

折角だからそういった客層の感想も聞いてみたい。様々な動物や植物を模した作品を眺めながら、うーん、と悩ましげに唸った男性がにこにこと指差したのは、金色の鳥の飴細工だった。ふと目線を上げた彼が、わたあめのようにふんわりと笑った。

「これかな、一番綺麗ですね」

「、ありがとうございます!」

破顔した彼が余りに愛おしそうにそういうものだから、一瞬、自分が褒められたかと思ってしまった。ただの飴細工に向かっての言葉にしては随分と感慨が込められていたな、と僕も透き通った金色の小鳥に視線を落とす。

ちらり、と彼が屋台の外に視線を向けた。雨は小止みになっていた。上空の方は風が強いのだろうか、雲は思ったよりも早く流れて行ったようだ。ごそ、とポケットを漁った彼が、可愛らしいがま口の財布を取り出した。

「これ、ここにあるの全部くださいって言ったらご迷惑ですか?」

「え!?いえいえ!むしろ嬉しいですが…というかそんな…気を遣わなくても大丈夫ですよ!?」

店頭に並んだ十本の飴細工。簡単な細工なものなら大した値段ではないが、ここに並んでいるのは私の自信作ばかりで、まとめて買うとそこそこ値が張る。見本として置いていたところもあるので、売れるのも稀だ。店員としてはどうかと思うがうっかりそう言った僕に、青年はにっと歯を見せて笑った。

「いえ、きっと皆喜ぶだろうと思って」

そう言われると、引き止める理由もない。言われるがまま一つ一つ、丁寧に緩衝材を巻いていく。全ての包装が終わるまで、彼は僕の手元を微笑ましそうに眺めていた。最近の売上ではもしかしたら一番かもしれない。そう思いながら、お金を受け取って、代わりに商品を手渡す。どことなく満足げに息を吐いた彼が、ぺこりと頭を下げて暖簾に手を掛けた。

「ありがとう」

「こ、こちらこそ!」

思わず屋台の外に一歩出て、その背中が小さくなるまで見送った。あ、奥さんやお子さんへのお土産用飴細工とか、良いかもしれない。ふつ、と湧いたアイディアに、僕はぐっと伸びをした。雨はいつの間にか止んでいたようだった。







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