ガーディは知っている

飼い主は、彼のことが大好きなのだ
ガラガラ、と遠くで掃除機のタイヤがフローリングを擦る音が聞こえて、それの合間を縫うように鼻歌が溢れる。ぴぴ、と四角い耳がむずがるように動いて、ぱちりと瞼が上がった。陽のあたる大きな窓際、床に直接置かれた真っ赤な丸いクッションの上にドーナツ型に寝転ぶのは、ガーディだった。

もふ、とクリーム色の尻尾が床を叩く。フォン、と断末魔のような音が聞こえて、掃除機の音が途絶えた。ガタガタ、と暴れているあたり、片付けているらしい。静かになった。ふと落ち着いて、ガーディまた眠りに落ちようとしたとき、がら、と引き戸が開いて誰かが入ってきた気配がした。

「!、わん!」

眠ろう、と思っていたが、慣れ親しんだ匂いにその決意も崩れ去った。短い足で勢い良く立ち上がったガーディは、クッションを蹴っ飛ばして走り出す。ぽよん、と足を滑らせて転びながら、最短距離のルート上に落ちていたモンスターボール柄のボールを咥えて、その人の足に突撃した。

「おっ?」

ぼすん、とガーディがぶつかって相手がよろける。ぶつかったのが自分のポケモンだと気が付いたその人は、ふ、と笑みを溢して膝を折った。撫でて撫でて、とその手にじゃれつくガーディをころりとひっくり返して、男、アセビはその白い腹の毛を無遠慮に掻き撫でた。

「なんだガーディ、元気だな」

「ん゛わむ!」

「はいはい」

ボールを受け取ったアセビが、ぽいっとそれを窓の方に放る。それを目で追ったガーディの尻尾がぶん、と引きちぎれんばかりに暴れた。かちゃ、と床に当たる爪が何度も小さな音を立てて、瞬く間にボールをキャッチしたガーディが、喜色満面でアセビの腹に飛び込んだ。

「だァ〜、よ〜しよし賢いなお前は」

ボールを受け取って、アセビがその頭や顎の下を撫で擦る。はふん、と満足げに鳴いたガーディの喉元で、首輪に飾りとしてあしらわれたほのおのいしが輝いた。

「着信ロト〜!」

と、突然アセビの表情に緊張が走る。彼の尻のポケットから飛び出したスマホロトムがにこやかな声でふよふよと空中を飛び回った。わしゃ、と一度ガーディの頭を撫でてから、アセビが油断なく横目でロトムを睨みつけるように見遣った。

アセビは、ロトムが苦手だ、というのはガーディの所見だ。ロトムが出てくる度にぎろりと彼を見るし、時折ロトムを見て「げっ」と言ったきりそのまま知らんぷりして触れない事もある。きっと今回もそうなのだろう、と思っていたのだが、アセビは細めていた目を丸くして、それからロトムの身体に触れようと手を伸ばした。いつもと違う反応に、ガーディは不思議に思い首を傾げる。

「大丈夫、担当じゃなかった、キバナだ」

困惑した様子のガーディに、アセビは破顔して、それからまた一つガーディの頭を撫でた。それから愛しげに出た名前に合点がいって、思わずガーディの尻尾も小刻みに揺れ始める。キバナ。その名前は知っていた。ごほん、と咳払いをしたアセビは、そのまま伸ばした人差し指でロトムを軽くつつく。

「キバナ?」

先程とは打って変わって冷静な声だ、と思う。ガーディがその声で呼ばれたら怒られているのかと勘違いしてしまうな、と思いつつ、自分から注意が逸れたアセビの横顔をまじまじと見詰めた。努めて平静を装った声をしているが、アセビの顔はやはり笑ったままだった。男性のくぐもった声が微かに聞こえるが、アセビがロトムを耳に当てているためにガーディの耳には内容が届くことはなかった。

「え、それって今?」

ふとアセビの声が硬質なものになる。違和感に気が付いたガーディがしゃがんだままのアセビの足に身体を擦り付けると、彼の手が後頭部から背中を滑った。

「いや、駄目じゃない、待ってる」

目を伏せて笑ったアセビがそう言った瞬間、ぴんぽん、とインターホンが鳴った。え、と小声で顔を上げたアセビがガーディと顔を見合わせると、ふよふよと宙に浮くロトムから手を放してガーディに顔を近付けてくる。喜びを抑えきれていないアセビが、どことなく呆れた口振りを装って言った。

「もう来てたんなら、そのままチャイム押せばいいのにな?」

「わん!」

確かに。全くもってその通りである。

「アセビ〜!」

扉を開けた向こうに立っていたのは、やはりガーディの思っていた通りの人物だった。キバナ、このアセビの家によく訪ねて来て、たまに泊まって帰っていく人間だ。

ぺか、と目尻を下げて笑うキバナに苦笑して、アセビは更にドアを押し開けた。と、キバナの両手いっぱいに持たれた袋が見える。食べ物の匂いがするので、あの中身はすべて食料なのだろう。ガーディの尻尾が勝手にぶん、と空を切った。

「キバナ、お前もうちょっと早めに連絡…」

「サプライズだろ!俺様がきても嬉しくないのか?」

キバナが入った事を確認して扉を閉めたアセビの、呆れ気味のぼやきが遮られた。両手が塞がっているからかすり、とアセビの頬に自分の頬を寄せたキバナは、そのまま甘えるようにアセビの肩に鼻先を埋める。その片手の荷物をむしり取って、アセビはまだ空いている手の方でキバナの後頭部をぽんぽんと撫でた。

「はいはい、嬉しい嬉しい」

「軽!」

ひどい、とキバナのスッキリとした顎がアセビの肩を刺すようにぐりぐりと動いて、アセビから「ぎゃ!」と悲鳴が上がる。小説家のアセビの肩が普段から凝っている事を知っている人間だからこそ出来る攻撃だ。

「痛い痛い!こら!追い出すぞ!」

「冷てぇ!ガーディ!お前の飼い主は酷い男だな〜!」

「わうん…!」

ばっと引っペがされたキバナが、嘘泣きの仕草をしながら巧みにガーディの身体を撫でた。気持ちいい箇所を抑えた、的確なマッサージだ。思わず仰向けになって強請ってしまうガーディに、キバナが気を良くしたのか今度は荷物を傍らに置いて両手で撫で始める。その後ろでアセビが幸せそうに笑んだのを、ガーディも幸せな気持ちで見上げた。この飼い主は、キバナのことが大好きなのだ。







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