茨の君
正直、殿下のご提案に初めて反論したくなった。トロデーンには確かに沢山の書物があるから、あの古代船を動かす手掛かり足掛かりがあるかもしれないというのは賛成だ。でも、殿下は呪いを解くまで城に戻る気はないと仰っていた、それは僕も同じだ。
それは城が呪われているという現実からただただ目を離していると言う訳ではなくて、願掛けでもある。ドルマゲスを倒して呪いを解いてからではないと城には入れない、入らない。
これは僕自身が、僕自身へ課した戒めのようなものだったのだ。

「…なら、次の目的地はトロデーン…ですね」

だが僕の自分勝手な意地でこの旅を終わらせる訳には行かない。僕は呪いを解かなくてはならない。
それはまたあの城の時間が動きだして、またあの城で皆が笑って、またあの城で殿下や姫様や城の皆が楽しく暮らせるようになる、そういう事で、それが僕の幸せであるからで。
僕の、幸せであるから、で。



茨の君




ポルトリンクから北西へ岩山の間を抜けて、砂漠を抜けて、洞窟を抜けて、そんなに遠くにトロデーン城はある。ゼシカ命名、二階からイヤミなマルチェロさんに貰った世界地図を見てげんなりした。トロデーンを出発した時はトラペッタに近い所に吊橋があったのを覚えているがそれはヤンガスと出会った時に切断して、トロデーンが呪われているという噂が流れてからは誰も城に近付こうとしなかったからか、修復の兆しはない。つまり酷く回り道になるがそのルートを取るしかないという事である。
靴や髪に砂が入ると言う長髪二人の愚痴を聞き流しながら、胸の引っ掛かりを無視する。

「洞窟の中まで行けばもう砂は無いと思うよ…多分ね」

含みのある言い方をすれば途中までは、本当?と笑顔を見せていたゼシカがびしりと固まって「あのねぇ!」と続けた。後ろから二人目の長髪、ククールの自己愛の台詞もまちまち。

「多分なの!?そこは無いって言って!」

「ったく、これじゃあオレの国宝級の美髪が傷むっつの」

「あ、国宝級だけど国宝じゃないんだね」

「当たり前だろ?このククール様が一国なんて言う小さい枠に入…」

「ごめん、聞いた僕が国宝級のバカでした」

ヤンガスはトゲトゲを被っていて(あれは何なんだろう、ドラゴンの卵の殻?)、僕はバンダナを付けているから分からないけど、長いは長いで大変な事があるんだろう。ククールなんかもう「髪洗いてぇ」とイライラしてるのをヤンガスに呆れられていた。

「あーほら、もう洞窟でげす、下に砂はあるかもしれないでがすが…砂は飛んで来ないでげしょ?兄貴」

「そうだね、洞窟を抜ければ草原だし、ここに教会があるから…今日はもうそこで休みませんか?殿下」

ヤンガスのナイスパスに感謝しつつも殿下に休憩の許可を取る。流石に殿下も一行の様子を見兼ねてか、あっさりと首を縦に振ってくださった。殿下もかなりお疲れのご様子だし、それ程他のパーティの疲労も溜まってるという事だ。ぱっくりと口を開けた洞窟の入り口を目前に、僕は少しだけ目を細めた。

***

予定通り教会で休む。ククールが、荒野や草原にぽつんと建っている教会は旅人の憩いの場になっており、しかも少しの寄付金で泊めてもらえると前に言っていた事を思い出した。晩飯も出して貰って風呂も借り、長髪二人だけでなくヤンガスも僕もしっかりと汗を流した所で明日のトロデーン城散策の為にすぐに眠りに就く。張り巡らされた呪いのせいで城は魔物の住みかと化していて、栄え賑わっていたかつての面影はない。そう三人に説明すれば特に何の娯楽もない孤立した教会で夜更かしする者は居なかった。
僕以外に。

「…わぁ、月が…綺麗、だ…」

寝静まった皆を起こさないようになるべく音を立てずに教会の外に出る事が出来た。見上げれば殆ど満月に近い月が金色の光を地上に降らせて、草原がぼんやりと浮き出るように反射している。星も毎秒同じ輝きではない。僕の存在に気が付いた姫様が小さく鳴いて、恐らく近くに寄るように促された。
おいたわしい、馬は草食動物だから深い眠りに就けないようになってしまわれたのか、ただ僕と同じで、明日の城の散策に何か感じられているのかは分からない。だがただ起きておられるだけではなかったようだ。

「お休みになられないのですか、姫様」

陛下は寝ておられる。姫様の隣に音を立てないように腰掛ければ、馬車の中から規則正しい寝息が聞こえた。姫様はそんな陛下の為に何も言わずに(何も、言えないのだけれど)夜番をしていらっしゃるのかもしれない。

「僕らばかり屋内で寝ていて…申し訳ないです、本来なら姫様も陛下もこのような…」

その僕の台詞を制するように啼く姫様。気にするなと仰られているなら何て心が広くあらせられるんだろう。だがそれには一言、姫様が求めていらっしゃらない謝罪の言葉を囁くように言って、ほんの少しだけ自分を責めた。

「実は…僕、城に帰りたく、ない…です」

風に掻き消されそうな小さな声で言った。こんな事を言えば普通は「何を自分勝手な」と叱られそうなものだが、姫様は何も言わなかった。言えないからだ。反論できない相手に自分の意見だけをぶつけるなんて、卑怯者でしかない。それでも今は黙って聞いてくれる誰かが良かった。静かに目を伏せる。

「城に居ると、見たくないものが沢山目に入るんです…」

そうすれば浮かんでくる、荒廃した城。一瞬の内に無音の空間に姿を変えた、僕の故郷。茨になった人達。そして、そして。
僕も疲れていたのか、気が付いたら意識を手放していた。

←|
[back]



- ナノ -