あいのなまえ



「"イサナ"くーん!」

自分の名前とは違うが、夜嵐イナサは振り返った。予想通りなクラスメイトの溌剌とした笑顔に、思わず口元が緩んだが、いつものお決まりの台詞を叫んだ。

「みょうじさん違う!!俺は"イナサ"!」
「あっ!!ごめーん!またやっちゃった……。やっぱり名字で呼ぶべきかな……」

笑顔がしょんぼりした表情に変わったと同時に、イナサの表情もしゅんとなった。

クラスメイトのみょうじなまえには、伊佐奈という従兄がいるらしい。あまり仲良くはなかったようだ(相手があまり友好的ではなかった)が、幼少期よくついてまわっていたらしく、名前の似ている"イナサ"を頻繁に呼び間違える。一時は"夜嵐くん"に変えていたが、密かに好意を寄せているイナサにとってはおもしろくも何ともないので、「間違ってもいいから名前で呼んでほしい」と申し出たのだ。

「いや!俺頑張るから!!」
「? 何を……? あ、そういえばねー、伊佐奈くんが水族館のチケット送ってくれたの!イナサくんも行こ!」
「す、水族館」
「うん!」
「で……デート!!だ!!!!」
「えっ?」
「ん?!」

よっしゃああ!と、両手を高く突き上げて、これでもかというくらい喜んだイナサだったが、なまえのきょとんとした表情に集中線が突き刺さるほど停止した。

「何人か他に誘おうと思ったんだけど……」
「!!!!!!」

なまえの気を遣っているような声色に、ズギャアアンと効果音を浮かべながら絶句した。普段恥ずかしいとは思わないが、さすがに恥ずかしかった。完全に手放しで舞い上がってしまった。

「…………」

真っ赤になったイナサの隣で、なまえも真っ赤になっている。二人して視線を外して押し黙っていると、なまえがちらりとイナサの方を見て、「ふはっ」と噴き出した。

「イサナくんが黙るなんてめっずらしー!」
「みょうじさん!!!名前!名前!!」
「はうっ!!」
「俺は、夜嵐"イナサ"!!そいつよりみょうじさんのこと好きなんだから、他の男の名前、言わないでくれよ!」
「…………」
「はっ!!!」

続けざまに「ミスった!!!」と叫んで、後ろに体を反らした。どうやら口に出すつもりはなかったらしい。

さっき言っていた「俺、頑張るから!!」というのは、"伊佐奈"ではなく"夜嵐イナサ"が、いつかなまえの頭の中を大きく占められるように頑張る、という意味だった。イナサが思うに、こうもよく名前を間違われるのは、自分がなまえにとってただのクラスメイトだからだ。

「ごめんみょうじさん!!今の忘れて!!!」

ぐりんと反らしていた体を、今度は前に倒した。ガァン!と頭が勢いよく道路にぶつけられた。そんな騒々しいイナサに慣れているのか、少しも動じず、なまえは照れながら口を開く。

「………えっと、わ、私と行ってもつまんないかもしれないけど、」
「……!!」
「とりあえず、デートでも……する?」
「する!!!!」

それから、なまえがイナサの名前を間違えることは減ったという。